第12話 自由なきシャバ僧 ③
『青少年教育委員会』。その組織は現役の教職員によって構成される。全国の学校という組織全体の中に組み込まれており、普段は生徒たちの悩みを聞き、相談に乗ることをしている。不安定な思春期を過ごす生徒たちの支柱となることを活動目的としている。しかし近年になり、スマホやインターネットの普及もあり、未成年のトラブルが顕在化が問題になっていた。
騒音、喧嘩ですむうちはまだよかったが、最近では半グレ集団とつるむ事案も増え、話を聞いて解決するというそれまでの方法ではさばき切れなくなってきていた。
青教会はこれを重く受け、街に支えられている学校は生徒の面倒を見る必要があるとして「教職員による制裁もやむなし」と職員による鉄拳制裁を認めることにしている。そうして有志の現役職員による街のパトロールを行うことを加えた。
昼は学校で受け持つ職務を全うし、夜は匿名の通報を受け、現場付近に急行し、その場の対処を行う。これが一般的な青教会職員の日常である。
─今時熱血教師なんて流行らないだろ。
桐ヶ谷は有咲に誘われるまでは教師という存在に全くあてにしていなかった。「自分より偉いとおごっている連中」と存在をくくってい嫌悪感を抱いていた。
それは保険教諭になった今でも思っていることだった。
だが現に桐ヶ谷はこうして教職員として青教会に所属している。
あの日交わした約束を守るために。
「そういえば、お前もう終わったって言ってたけどやけに早かったんだな。そんなに楽な内容だったのか」桐ヶ谷透華が一瞬沈黙が流れたこの場の雰囲気を変えるために話を切り出した。
「いや……それはだな……」話題を振られた真桐銘述木は言葉を詰まらせる。
「さっきまでの勢いがねえな、いつかの時みたいなデマだったとかか?」
通報方法は電話で来るものが多いが、最近は青教会の相談センター宛てに届くメールアドレスにも通報のメールも対応し、そのメールが現場周辺に勤務している教職員あてに転送メールが届くようになっていた。
今回の通報はその通報メールを受けてのものだったはず。メールの通報は桐ヶ谷の経験則からデマが多いという結論だった。
青教会に送られる通報は匿名である。そのため送られる内容というのも信憑性もただの噂話に過ぎないものであったり、単なるデマに過ぎないなんてこともざらにある。もちろん本当に問題が発生しているものもある。しかし現状嫌がらせや冷やかし、そういった類の通報が来ることが圧倒的に多い。
「いたにはいたんだ。ただ向かってみたら君を呼ぶほどではなかっただけなんだ」真桐は言葉を選んだつもりだったのだろうが、かえって状況が読めないことになってしまった。
普段の真桐は快活そのものであるが、報告の類になると慎重な言葉選びになるあたり真桐は繊細な機微を持っているように思える。
「話が見えん。つかあたし必要じゃなかったんならその時点であたし向かわなくてもよかったんじゃねーの」
「連絡したさ、すぐにね。疑うなら確認すればいい」
「いわれなくてもそうしてる……」
桐ヶ谷はすぐさまポケットにしまっていたスマホを取り出し連絡しているという証拠を確認する。
電源ボタンを押す。しかし画面は暗いまま起動しなかった。
「電池切れてた」
真桐は額に手を当て「またか」とつぶやく。が、真桐のほうはそれについては追及はせずに話を続ける。
「今回の通報は生徒と名乗る匿名のメールだったことは君も把握しているはずだから省くが、最近この辺で出没する半グレ集団らしき集まりがこの辺であったらしい。で、聞き込みで絞り出した集まりの場所というのが、この廃ビルというわけだ」
「そうだったな」
真桐と桐ヶ谷は正面のさびれて黒ずんだその昔栄華を極めていたであろう廃ビルを見つめる。この廃ビルが釈葉綜繁華街の裏通りに面した休憩所のホテルである。何年か前に休業になり、取り壊しは行われず今ではその残骸を残すのみとなっている。
「君が来るまでの間、あまりにも暇だったものだから中を覗いてみたんだ」
「そして中にいた半グレどもをぼこして家に帰らせたと」
「いや、すでにボコられていた後だったんだ」
とっさに返した皮肉交じりをあっさりと切り返したのにも驚き、その内容がさらに不可解なものであるからさらに驚く。一瞬言葉が詰まってしまっていた桐ヶ谷は聞き直す。
「ほんとにお前がやったんじゃないのか」
「違う。だとしたら、今頃服装がこんなきれいなままでいられないだろう」
「確かにそうだ」
真桐の場合、この発言が単なる見栄でないので妙な説得力を持つ。
「その場で倒れていた半グレの彼をたたき起こして聞いてみたんだ。何があったってね。皆一様に『背の低い女にやられた』と口をそろえて言うんだ」
「何人いたんだ」
「少なかったけど、5人はいたよ」
「その5人だって武装はしてたんだろ。それが1人の女にやられたってことか」
「おそらくは」
桐ヶ谷は一連の報告を受け一息入れた。勝手に1人で行動して突っ込む
─まさか、そんなはずは……。
ないとは言い切れない。あの子は花の妹だ。それくらいのことはできてもおかしくない。
しかしなぜだか、胸騒ぎがするのはどうしてだろう。
まるで何かが始まる前兆のようで、桐ヶ谷にはそれがひどく嫌な流れになってきていることが堪ったものではなかった。
魔が差したるは 鏑木契月 @Keigetsu_K
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