ジャングルジム
旭 東麻
ジャングルジム
きっともう忘れてる。もう、覚えてない。それが約束だから。
もう何年も前のあの日、僕と、幼馴染のヒロと、あの子と3人で“本物”を見に行ったこと。僕は片時も忘れた事はない。忘れられる、訳がない。
ヒロと2人で公園で遊んでいたら、あの子が来た。砂場で遊んでいた僕たちは
「あっちに行こう。」
と声をかけられて、あの子について行った。彼女の指差す方へ。ジャングルジムの中へ。
いつもと変わらないジャングルジムで、でも中に入ると、そこはもう公園じゃなかった。暗くて、青くて、ぐにゃぐにゃしている、なんだか変なところだ。あの子は言った。
「誰にも言っちゃダメだよ?あたしたちだけの、秘密だよ?」
僕らは「うん」と頷いた。
「言ったら、全部忘れちゃうんだよ。」
そう言ってまた、あの子は歩き出した。僕たちもついていった。暗くて青いぐにゃぐにゃの、奥へ、奥へ。
ずうっと歩いていたけど、不思議と疲れなかった。飽きなかった。ただ3人で、奥へ、奥へ。やがて、暗くて青い中でもよく目立つ、もっともっと青いものにたどり着いた。
「これ、面白いんだよ。中、一緒に見ようよ。」
あの子が言って、僕たち3人で、中を除いた。そして、“本物”を見た。
青いものの中には、化け物がいっぱい動いていた。スーツを着た化け物、4本足で歩く化け物、ランドセルを背負った化け物、おんなじ道を動き続けるでっかい化け物。ヒロは「ひぃっ!」っと言ってすぐに離れた。僕とあの子は、面白くってずっと見ていた。あの子は言った。
「これは、“本物”だよ。あなたたちのいるのは、“偽物”なんだよ。」
「そうなんだ。」
「面白いでしょ?」
「うん、面白い。」
怖がるヒロを放っておいて、2人で長いこと中を見ていた。
暗くて青くてぐにゃぐにゃの、暗いのが強くなった頃、あの子が「もう帰ろう」と言った。僕はもっと見ていたかったけど、仕方ないから一緒に帰った。ジャングルジムを出た時、あの子に聞いた。
「また来てもいい?」
あの子は言った。
「うん、いいよ。誰にも言っちゃダメだよ?」
「うん。」
「またね。」
「またね。」
お母さんたちが迎えに来た時には、あの子はいつの間にかいなくなっていた。ヒロがヒロのお母さんに、暗くて青くてぐにゃぐにゃのあの場所の事を、とても怖そうに話していた。ヒロに「だよな!?」と聞かれたけど、忘れたくないから、「知らない」と言った。
次の日から、ヒロはあの場所の事を忘れてしまった。あそこには入れなくなった。
僕はその後も何回か、暗くて青くてぐにゃぐにゃの場所に行って、あの子と“本物”を見た。
いつからか、ジャングルジムには入れなくなった。
でもずっと覚えている。あそこで見た“本物”を。あの子のことを。僕は変わったんだ。あの子に会ったから。ここはどうせ“偽物”だ。何をしたって大丈夫。ここで死ねば、きっと僕は“本物”になれる。なら“偽物”のここで、どんなふうに見られたっていい。
「最後に言いたいことは?」
「あの公園のジャングルジムに、ありがとう、と伝えてよ。」
薄暗い部屋の椅子の上。僕はとってもワクワクしていた。
ジャングルジム 旭 東麻 @touko64022
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます