第9話 中級魔人シルク

 ルイとシルクは広大なソアラの屋敷の東側にある広場にやって来ていた。ここは一種の訓練所のようにもなっており、他の広間がいろいろな植物が植えられた憩いの空間として作られているのに対し、東の広場は飾り気がなく地面は平らに整地されているだけ。運動するのに最適な場所であった。


「さて、ルイ。このわたしから教えを受けられることに感謝しなさい」


「シルクセンパイ、マジ最高」


「棒読みをやめるのだ!」


 ぷくっと頬が膨らむシルク。それを見たルイはくっくと笑う。


「いや、素直に感謝するのが照れくさいけど、本当に助かるよ。強くならないことには俺の願いは叶えられないから」


「…急にまじめになられると調子くるうのです。コーハイはコーハイらしくセンパイに頼っていればいいのです!」


「ははっ。そうさせてもらうよシルクセンパイ。頼りにしてる」


 顔を赤くしたシルクは、ぷいっとそっぽむいてしまった。ルイもなんだか照れ臭くなってきて、さっさと本題に入ることにした。


「じゃあ、どうすれば【魔装】ができるのか教えてくれるか?」


「簡単なことなのだ。普段体のいちぶに使っている【魔装】を、全身に使うだけなのだ。とはいえ、集中力が必要なのでたくさん練習するのだ」


「ちょっとまて、俺はそもそも【魔槍】自体使えないんだが……」


「なに? 魔人にとっては【魔装】がつかえるのはあたりまえのことなのだ。魔人は生まれたときに【魔装】の使い方も知っているはずなのだ。ルイは覚えていないのか?」


「覚えてはいる。発動できるのはできるんだが、全然使い物にならなそうなものにしかならないんだよなあ」


「ふむ、ものはためしだ。ちょっと発動してみせるがいい!」


 シルクの言葉に頷き、ルイは魔力を手に集めていく。


「【魔装】」


 ルイの手に纏わりついた漆黒の魔力は、グニャグニャとうごめくばかりでなかなか形が決まらない。


「ふっ……見ての通りだ」


「まじかコーハイ」


 絶句するシルク。可哀想なものを見る目でルイを見る。


「魔人のひっす技能なのだぞ? 手すら具現化できないやつなんて初めてなのです……」


「そう言われてもなあ、どうも苦手なんだよ。なぜか」


【魔具召喚】の魔法は得意なのだが、その感覚とはまるで違うのだ。


「もしかしたら、俺が元人間ってことも関係してるのかもしれないな。体の一部を変化させるっていう概念がよくわからないんだよなあ……」


「ふむ、そういえばルイは前世の記憶がある変わり者だったな。じゃあまずわたしがお手本を見せるのだ。手に【魔装】が使えるようになるまで特訓なのだ!」


 シルクはそういうと、手に魔力を集めていく。


「【魔具召喚】が体の外に魔力を集めるのに対して、【魔装】は体の中で魔力を集めていく感じのイメージなのだ。」


 シルクの体から染み出した白い魔力が両手を覆い、一つ一つが身の丈もありそうなほどの白い手を形作る。指先は鋭く尖り、手の甲には赤い宝石のようなものが一つ埋め込まれている。


「うおお、すげえ」


「ふふん。もっと褒めるがいいのだ。こんな感じで、自分のなりたい姿をイメージしながら魔力を纏うのだ。やってみるがいい」


「ああ! 【魔装】」


 ぶおんと音を立てて魔力が集まる。先ほどよりも多くの魔力が、手の形を作っていく。そして現れる、いびつな粘土細工のような巨大な腕。それはまるでタコの足のようにうごめいている。


「きめーのだ!」


「ガぺッ!!」


 シルクの鋭い手がルイの腹を強打する。治りかけていた腹の傷がまた広がる。


「いってええ! あにすんだよセンパイ!」


「あ、悪いのだ。でもその手はキモすぎるのだ……。早くしまえコーハイ」


 シルクはルイの右手が軟体動物のようにグネグネ動くのを見て、思いっきり顔をしかめる。生理的嫌悪を催す姿だった。


「まったく……。魔剣を糸状にするほどの魔力操作の技術があるのに、そんな手しか作れないのはどういうことなのだ!? 意味わからんのだ」


「俺もわからん。【魔具召喚】との難易度の差がこんなにあるとは思わんかった」


「わたしからしたら何が違うのかわかんないのだ……。これは思ったより難航しそうなのです」


 うーんと腕を組み考えるシルク。


「言われた通りやったはずなんだけどなあ」


「できてないです! まあ、練習が足りないのかもしれないのだ。とりあえず何回もやってみるのだ、ルイ」


 びしっと親指を立てるシルク。


「そうだな、練習あるのみ、か。やってみるか」


 再び魔力を手に集めるルイ。体の中の魔力を感じながら、強そうな手をイメージして……


「どう見てもタコの足なのだ!」


「ゴパァ!」


 再びはっ倒される。


「ぎぎ……まだまだ、【魔装】」


 イメージ力を高めろ!


「今度はイソギンチャクになったのだ! さっきよりキモすぎるのです!」


「ぶへええ!」


「なんかもう生理的に無理なのです! おうち帰るのです!」


 脱兎のごとき逃げ足で屋敷に帰っていくシルク。そんなにキモかったかと軽くショックを受けるルイ。


「ま、まってくれ……」


 必死に手を伸ばすがもうそこにはシルクはいない。結局【魔装】は覚えられないまま、ルイは次の試合を迎えるのだった。


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魔界の住人 微糖 @shinokanatsu

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