第8話 魔人の力
10戦目を無事に終えたルイは今、屋敷に戻っているところだ。帰ったら仕事が待っている。
「いってえ……ちくしょうあのゴリラ、おもっくそ蹴りやがって」
ルイはソドムの街の大通りを歩いている。腹部には大きな傷があるが、さっきまでバレーボール大の風穴が空いていたことを考えればだいぶ治ってきている。
「魔人の不思議。ほんと便利な身体だよあ」
魔人の体は魔力でてきているらしい。アルがそう言っていた。だから切られても血はでないし、身体に風穴があいても死なずにいられる。
いや、前までだったらここまでのケガをしていたら今頃ボフッと消えていたかもしれない。だが、コロシアムで勝ち上がってきたことで魔力量が増え、それに伴い生命力も上がったらしい。ちょっとやそっとじゃ死なない身体になっていた。
「しかし、魔人なのになんでゴリラが出てくんだよ……。ほとんど獣だぞあれ、魔獣っていうべきだろ」
ぶつぶつと独り言を呟いて歩く。この世界に来てから1人でいる時間が長かったこともあり、つい独り言を言ってしまうことが多かった。
今日闘った相手は、強かった。自分の倍以上はあろうかという巨体に、はちきれんばかりの筋肉。熊と戦っているようなものだ。単純にフィジカルが違いすぎて、搦め手なしでは勝つことはできなかっただろう。これから先ああいう相手がたくさん出てきたらいつか負けると思う。
あれが自分と同じ魔人扱いされているなど、反則のようなものだ。
「魔獣という存在もいるのはいますがね。今日闘った相手はれっきとした魔人ですよ」
「どひゃい!」
急に聞こえてきた声にびびるルイ。振り返るとそこにはイケおじ執事。アルだ。隣にはシルクもいる。
「び、びっくりさせないでくださいよアルさん。シルクセンパイも。今日はコロシアム来てたんですか?」
「ええ。ルイの活躍、お見事でしたよ」
2人はルイと獣のような魔人との試合を見に来ていたようだ。それは別に珍しいことではないが、ソアラお嬢様の元についていなくていいのだろうか。
「ああ、ご心配なく。お嬢様は少し用事にでかけていまして。……上級魔人に護衛などつけても意味がないでしょう?」
心を読んだかのようなアルの言葉だったが、ルイは納得する。たしかに、自分よりも弱い護衛など不要だ。人間の常識では偉い人には誰かそばについているのが普通に感じるが、ここは魔界だ。
「ぶつぶつ独り言いってたから声かけづらかったのだ。キモいぞコーハイ」
「ひでぇ」
シルクの言葉が胸に突き刺さる。少女にキモいと言われるのはなかなか堪える。
「しかし、あれが魔人と呼ばれてるんですか。獣の姿をした魔人って結構いるんですか?」
今日闘ったのは、どう贔屓目に見てもゴリラとしか言えない生物だった。全身毛むくじゃらだったし、大きさも人の範疇ではない。
「少ないですね。あのような姿になるのは、かなりの魔人を倒し成長したものの証ですから」
「へ、魔人をたくさん倒したらあんな姿になるんですか?」
「あれは【魔装】なのだぞ」
そんなことも知らないのか、という顔でルイを見るシルク。
「へ、【魔装】? あれが? でも【魔装】って体の一部を変化させる魔法じゃないのか?」
ルイのシルクへの口調は、当初と比べて変わっていた。一緒に働いていく間に生まれた絆。そこで2人の仲を深める出来事もあり、気安い関係になっていた。
「それなりの魔力量と技術があれば全身にできるのだ。むしろ、ルイが使えないのが不思議なくらいだぞ」
「俺が使えないのが不思議?」
「普通はルイほどの魔力量と魔力操作技術があれば、できるものなのですよ。誰に教えられらまでもなくね」
「そうだぞ。実際ゴリザルみたいなバカザコでもできてたのだ。ルイの魔力量からいってもできていいはずなのだ」
「バカザコて。でも、あんな姿になるのはなあ」
かなり抵抗がある。いくら強くても、あんな姿になるのは生理的に無理だ。
「望まぬ姿になることはありませんよ。【魔装】を極めることはつまり『魂レベルでの魔力との同化』を成すということですからね。魂の姿が【魔装】に現れるのです」
急に出てきた抽象的な概念に戸惑うルイ。魂? そんなものが存在するのか。
「いや、あるんだろうなあ」
ルイは前世の記憶を持ったまま魔界に生まれた。それを可能にしたものは、やはり魂なんじゃないだろうか。
「魂レベルでの魔力との同化」か。なるほどなあ、ゴリザルの魂はやっぱりゴリラだったんだな。
「アルさん、俺に【魔装】のやり方を教えてもらえませんか」
ゴリザルとの戦いで見えた課題。【魔装】を使えるのと使えないのとではその戦闘力に大きな差がつく。工夫によって勝ち進むのも限界があるし、コロシアムでルイの戦闘を見た対戦相手に対策されてしまったら勝ちの目は薄くなる。
「ふむ、ではシルクに教えてもらうといいでしょう。私はこれから隣の街まで行かねばなりませんので」
あからさまに残念がるルイ。理論派のアルと、直感型のシルク。どちらに教えてもらいたいかは明白だ。
「ちょっとまてコーハイ。なんだその顔は」
ぷくっと頬をふくらませ、どこからともなくほうきを取り出すシルク。
「ちょ、そのほうきをしまえ。ていうかどこから出した。シルクセンパイに教えてもらえるなら不満はないって」
必死に取り繕う。
「むう」
渋々といった顔でほうきをおろすシルク。叩かれずにほっとするルイ。
「じゃあゆくぞルイ。東のひろばだ!」
シルクが指をビシッと掲げ歩いていく。それがなんだか指揮官ごっこ遊びをしているようで、ルイは微笑みながらその後をついていった。
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