マンネリゲームの楽しみ方

四方山次郎

マンネリゲームの楽しみ方

 古風な洋館を前にして、開拓部部長は部員たちを見やった。

 全員が在学中に装う学生服を身に着けている。どんな姿にもなれる没入型VR空間で彼らが現実に即した姿をしている理由は、これが部活動であるからに他ならない。


「本日の部活動を始める。念のため確認だが、ここは一般的な没入型VR空間、そのなかでもクローズドワールド『古風な洋館エリア』と呼ばれる場所だ」


 みんながうなずく。部長が人差し指を立て「ひとつ問う」と言った。


「例えば古びた洋館、謎の招待状、山奥の隔たれた地、これらの条件から君たちは何を想像する?」


 何人かが顔を合わせたのち、代表して赤毛の部員が挙手して発言する。


「連続殺人事件、クローズドミステリーってやつですかね?」


 部長が満足げにうなずく。


「結構。おそらく多くの人が君と同じ結論に至ると思う。没入型VRゲームのひとつであるここでは、人が感覚的に、経験的にイメージされるものならばすべて実現可能だ。そのなかでもこのエリアは、推理物を読み込んだ多くのミステリーファンが好んでいる場所だ。凝った密室殺人や入り乱れた人間関係による複雑な犯行動機が日々考案され、初心者が一緒になじみにくい場所でもある。だからといって初心者だけでやったら誰もが聞いたことあるような設定でゲームに臨むことになり、毎度毎度似たような殺人トリック、犯人像が横行し、結局ビギナーは飽きて立ち去ってしまう始末だ。皮肉にも、人の思考でなんでも創造できる場所であるゆえに、経験的に植え付けられた固定観念のせいで何度やっても同じようなイベントが繰り返されるばかりだ」


 部員たちは黙って聞いている。

 厳しい顔をしていた部長は一転、顔をほころばせる。


「だが我々には秘策がある。我らが新しき友、カルミアン星のココミンドラくんだ」


 傍らのアバター、二つの目がついた輪郭がおぼろげな球体の初期アバターが一歩歩み出る。


「は、はじめまして。ココミンドラ・ウンドゥルビルといいます。以後お見知りおきを」

「我々地球人とは違う感性を持った彼がいるからこそ、このグループでは新たな楽しみ方ができるのではないかと思っている。誰もが踏み込んだことがあるこの地で、我らが新たな開拓者となるのだ!」

「よっ! さすが部長!」

「ココミンドラくん期待しているよ!」


 部員たちが各々歓声を上げる。


「では、さっそくだがココミンドラくん。君たちの星では洋館、古い館に複数の人々が集められとき、何が起こると思う?」


 部長がココミンドラに向き直り、問う。


「ヨウカン、フルイヤカタ。……なるほど、客人を招く建物、別荘地。意味を把握しました」


 同時通訳システムにより意味を理解し、やや片言っぽく言葉を発する。




「我々の文化ではまず、分身体を作ります」




 地球人の部員たちがざわめき始める。


「分身体を、作る……?」

「そんなの作ったことないぞ!?」

「みんな、落ち着け!」


 部長の一声で全員が鎮まる。


「今回はココミンドラくんの感覚をコアに状況が形成されるよう調整してあるから、分身がどういうものかわからなくとも実現可能だ。さらには、そこに遺伝子的知能的にどのようなものなのか君たちの意思が追加され、これまで誰も見たことないようなものが見られるはずだ!」


 そういっているうちに、一人の部員が「何か出てきた」と声を上げた。

 その部員から光の靄のようなものが分離し、形を成していった。それに続いて各部員たちにも同様な現象が起こる。そして、それぞれが本人の体に似たものから似ても似つかないものまで出現していった。


「これが、分身体……」

「紅、君のは犬のように見えるね」


 紅と呼ばれた赤毛の男は首肯する。


「俺にとって分身と言われてイメージするのは、ファンタジー世界であるような自分の精神を別生物として現した存在だ。犬なのは俺が犬を飼っていること、そして俺自身が犬年であることが原因かもしれない」

「素晴らしい考察だ。緑、君は?」

「やっぱり分身は分身じゃないですか? 自分と同じ精神・細胞でできた瓜二つの存在だと考えています」


 緑と呼ばれた女子部員はもうひとりの自分とてのひらを合わせながら答える。


「俺はなんかの球体、か? 魂を表している、と思う」

「ペットの九官鳥だ。こいつとは昔から一緒だから」

「野球部にいたころにバッテリーを組んでいた相棒だ。相棒は一心同体っていうからな」


 各々が自身の分身についての考えを分析している。部長は笑みを浮かべる。


「カルミアン星人の考えにみんなのイメージが混ざったものが出現している。いい傾向だ」

「部長、ひとつよろしいですか?」

「なんだ?」

「なんでみんな腕が一組余分に生えているんですか?」


 人間であったら脇腹のあたりから、四足歩行の動物は前足と後ろ足のちょうど中間あたりに関節を持つ筋肉質の部位が生えている。


「ふむ。確か、カルミアン星人は腕が四本あるんじゃないか?」


 部長が訊ねると、ココミンドラは大きくうなずいた。


「おっしゃる通りです。我々の種族は人間でいうところの足二本、腕二本とは別に適応肢というものがあります。これは最初から腕と決まっているものではなく、その個体ごとの生活によって腕になったり足になったり、はたまた両方の機能を持ったりします」


 みんなが感嘆の声をもらす。


「球体に腕だけ生えているのはなかなかシュールだな」

「人間に腕四本あるのは、うん、なんか違和感あるな」

「キモイ」

「率直に言い過ぎだ!」


 それぞれの分身体が洋館のエントランスへと入り、各々が階段を上ったり部屋へ向かうなど個別の行動をとり始めた。部員たちはエントランスで自分たちの分身の行動を見守っていた。


「これから何が起こるんだ?」

「私たちの星でも、ここは休息地のようなものです。自分たちのそれまで経験、知識を宿した思念体を館に授け、それぞれの住みやすいような形に作り替えるのです。外敵から身を守るような防御機能も追加されます」

「個人の生き方に沿ったシェルターに自動で改造されるのか。すごいな」

「俺の球体は何を作るんだ……?」


 自身の分身、左右に腕の生えた銀色の球体がころころ転がっていく様を見て男子部員はつぶやいた。


 すると、目の前を何かが素早く横切った。

 次の瞬間、球体の一部がえぐられていた。


「な、なんだ!?」

「見ろ!」


 九官鳥がドリルのようなくちばしを掲げ直進と急激な方向転換を繰り返し、洋館中をえぐりまわっていた。


「あれは、攻撃か? 防御機構が働いているのか?」

「あっちも見て!」


 一階突き当りの部屋の前に人型の分身が見えた。両の掌を合わせ、続けて地面につけた。その瞬間、土の壁のようなものが隆起し、姿を隠した。別の方面では牛の咆哮とともに足元から放射状に草木が生え始めた。


「まさか、みんなそれぞれの環境を作っているのか……?」

「とりあえず逃げろ! 巻き添えを食らうぞ!」

「こっちだ! 食堂のほうに!」


 うごめく植物、鳥類の追撃から避難しようと全員が食堂に駆け込む。最後に飛び込んだ金髪の男子部員が入り口で振り返る。両手を合わせ強く床に打ち付けた。すると、先ほど人型の分身がやっていたように床から壁が盛り上がり、追跡者たちの進行を遮断した。

 しばらく様子を見たが、どうやら壁を破られる心配はなさそうだ。


「小金井、今のはなんだ?」

「分身がやってたことを、見よう見まねでやってみた。おそらく古典漫画であった錬金術ってやつだと思う。古典文学を学んでて正解だったぜ」


 小金井がほっとしながらいった。



「まさかミステリー物ではなくサバイバル物になるとはな」

「そのうちジャングルになりそうだ」

「もうなってるぞ」


 窓から外を覗いていた部長が答える。洋館二階の一部屋ではツタのようなものが窓を突き破り、その先に派手な色の花を咲かせていた。


「……鋼田はどこだ?」


 誰かが疑問を口にした。

 みんながはっとして顔を見合わせる。部員が一人足りていない。男性部員が苦い顔をする。


「確かおれの九官鳥が飛び回っているなか、倒れているのを見た。とっさのことで連れてくることができなかった」

「まさかあそこに置き去りに……」

「そういえば、やつの分身、球体は九官鳥に貫かれていたな。鋼田は自身の分身を魂だといっていた。つまり、分身がやられて強制ログアウトさせられたのかもしれない」


 だとすると救出は厳しいか、と誰もが理解し口を閉ざす。

 ココミンドラが申し訳なさそうに声を絞り出す。


「申し訳ありません。わたしの星ではこんな争いにはならないはずです……。いくらそれぞれの環境があるといっても脅かし合うようなことは……」

「俺たちが無意識のうちにイメージしてしまっているからだろう。環境とは自然、つまりそれは弱肉強食の世界ってな」

「だが、そうすると分身人間たちの世界も残っているんじゃないか。緑と小玉と小金井は人型の分身だっただろう。生き残っていたら人の環境もどこかの部屋にあるのだろう」

「脱落者が出たのは予期せぬ事態だが、これはこれで開拓部として本望ではある。我らはここに新たな可能性を見出せたのだ!」



 そこで「あの」と一人が声を上げる。緑だった。


「わたし、分身のほうの緑なんですけど……」


 みんなが緑に視線を集中させる。確かに声を上げた緑は本来の人間ならありえない場所から腕が伸びていた。


「な、なんてこった」

「何で気づかなかったんだ! 腕の数が明らかに違うだろ!?」

「いや待て、もしかして双子トリック、もしくは刑事事件物の勘違い誘拐のイメージが反映された?」

「確かに似た人間がいる物語でありがちなストーリーライン。想像にたやすい」


 紅がはっとして部長を見る。


「はぐれた仲間、囚われの女子。部長、この後の展開はまさか……?」

「かもしれないな。見てみろ」


 気づけば部長は迷彩柄の服に身を包まれ、手元には突撃銃が握られていた。


「救出作戦を決行しろ……ということだろうが、ココミンドラくん、君はどう思う?」


 おぼろげなともしびだったその体は甲冑に身を包んだ大柄なアバターとなっていた。地球人が固唾をのんで見つめるなか、異星人は顔を上げ、ぎこちない言葉で答えた。


「仲間を救うための冒険! それは我々の星でも等しいものです! いざ、出陣しましょう!」

「よし、決まりだ! 緑を救出するぞ!!」

「おおーッ!!」


 小金井が壁に手をつけると道が開けた。日光が遮られたエントランスの中で、成長を続ける植物がうごめき、六足歩行の動物たちが目を光らせている。

 最初に部長が、続いて宇宙服を着てレーザー銃を腰持ちする紅、ローブを身に着け杖を掲げる魔術師の女子部員、各々が戦闘を目的とした衣装に身を包み、雄たけびを上げながら闇の中へと飛び込んだ。



 〇〇〇



 次の瞬間、部長は目を覚ましていた。装着していたヘルメット型感覚送受信器を脱いだ。先に起きていた鋼田は携帯端末をいじくっている。部室内にいる各部員も順々に起き始める。

 それぞれが目を合わせたりそらしたりしている。


「どうして強制終了されてしまったのでしょう……?」


 傍らにあったスピーカーからココミンドラの声が響く。地球の周回軌道上の船に乗っているココミンドラはリモートで参加していた。

 囚われだった緑も無事に戻ってきており、何があったかわからないような顔をしている。

 部長はため息をついて部員たちを見まわした。


「誰だ? “俺たちの冒険はまだまだこれからだエンド”なんか想像したやつは?」



 しばらくの間、みなが口を閉ざし気まずい雰囲気が続いた。

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マンネリゲームの楽しみ方 四方山次郎 @yomoyamaziro

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