私がどうして怒っているかわかる?

結葉 天樹

導き出せ、直観で

「私が何で怒っているかわかる?」


 帰宅した俺の前に仁王立ちした妻が待っていた。開口一番、先の台詞を言われ俺は固まる。

 ついにこの時が来てしまったか。世の旦那たちが最も恐れる質問を自分が経験する日が来ようとは。


「私が何で怒っているかわかる?」


 さて困った。というのもこの問いには明確な答えががないからだ。もし「わかってるよ」と答えればどうなるか。


「わかってるのに何で直さないの!」


 と返ってくる。火に油だ。そもそも原因をわかっていないのでバレたら余計に面倒なことになるに違いない。

 ならば「わからない」と答えればどうなるか。


「そんなだからあなたは!」


 このように怒り狂うだろう。まあ、そもそも自分が至らないからこそこのように妻を怒らせてしまっているのは確かだ。そのことについては不甲斐なく思う。大いに反省すべきだろう。

 だが、問題なのは今である。さて、どう返すべきなのか。とにかく謝るべきなのか。いや、謝った場合はこうなる。


「謝ったってことはやましいことをしたってことでしょ」


 逃げ場がない。

 こうなったら怒っているのは確かなのだから思い当たりそうな原因を述べてみよう。ただ謝るのではなく、原因と思われるものを挙げていき、直観的に答えを導き出すのだ。


 この質問をして来る場合、これまでも俺に苦言を呈していた可能性はある。しかし弱ったかな、記憶をたどっても該当するものが出てこない。ならば家のこと関係ではないかと思考を巡らせる。


 ゴミ捨て……は今日やった。

 分別もちゃんとやっているし切れたゴミ袋も買ってきた。

 ならば食事関係だろうか?

 いや、朝食はちゃんと作ってるしお弁当の栄養バランスも考えた。夕食も妻が好きなものを作る予定だ。

 掃除は昼に終えているし、芳香剤やトイレットペーパーの補充も欠かさない。

 車も妻が使う車のメンテは欠かしていない。今日は車体にワックスもかけて窓の曇り止めも施している。

 そろそろ雪も溶けて春めいてきたので、タイヤ交換は明日にでもする予定だ。

 俺の実家とも義実家との関係も良好。

 子供もすくすくと育っている。入学前だから必要な物品の購入も済ませ持ち物への記名も全部終えている。


 一体何が、何が彼女を怒らせている原因なんだ。


「……ごめん、わからない。どこが悪かったのか教えてください」


 俺は泣く泣く白旗をあげた。どれだけ考えても答えが出ない。ここは甘んじて叱責を受けよう。


「君が仕事に集中できるように家のことは全部やってきたつもりだったんだが至らないところがあったんだな、すまない」

「……それよ」

「は?」


 俺は首をかしげた。いったい今、俺が述べたことのどこに問題があったというのだろうか。


「全部あなたがやっちゃうのが問題なの!」

「は?」

「ゴミ捨ても、洗車も、買い物も料理もお迎えもぜーんぶあなたがやってるじゃない」

「いや、それは君が仕事に集中できるようにと……」

「それには感謝しているわよ。でも少しくらい私にも任せて」

「いや、それじゃ……」

「ご近所で私がなんて言われてるか知ってる?」


 自慢になるが彼女はバリバリのキャリアウーマン。仕事もできるし毎日俺がアイロンをかけ、クリーニングも手がけたスーツを着こなし、かっこよさは非の打ち所がない。そんな彼女が悪く言われているとでも?


「旦那をこき使ってる鬼嫁って言われてるのよ!」

「ええー……」

「せめて、早く帰ってきた今日くらいは夕ご飯作らせて」

「じゃあ、俺も手伝うよ」

「そこーっ! そういうところーっ!」


 言われたそばから家事に手を出そうとしてしまった。

 何かしてもしなくても怒られるなんて……夫婦生活は難しいものだ。

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私がどうして怒っているかわかる? 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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