最終話 こどもの本の日

 ~ 四月二日(金) こどもの本の日 ~

 ※物は宜しき所有り

  意味:物には相応しい使い道がある




 舞浜まいはま秋乃あきのプロデュース。

 家族だったりクラスメイトだったりごちゃまぜミステリーツアー。


 その前日。


 俺は、たった一つ残った宿題を何とかするために。


 みたび。

 踏み込んではいけない沼へ、この身を落としていた。



「ガラクタばかりですね、お客様」

「やっぱそうか……。これなんかどうだ? 結構いい時計のはずなんだが」

「ん? これなら六……、ごほん。二千円で買い取りましょう」

「言い直すんだったら控えめにな!? ぼったくりすぎなんだよ!!」


 舌打ちしながら、じゃあ三千円とか言い出すこいつは。

 黒崎くろさき萌歌もかさん。

 本名は、西野にしの良子よしこさん。


 自称、フリママスターという萌歌さんに。

 買取の査定をしてもらっているところなんだが。


 多少うさん臭くても。

 背に腹は代えられねえ。


「多少?」

「勝手に頭の中であたしを値踏みしたようですね。罰として時計の評価額を下げましょう」

「すまなかったよ。また二千円にされたらたまらん」


 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 今日はいつになく機嫌が良さそうな舞浜母による監視のもと。


 テーブルの上に並べたがらくたの数々を。

 この場でお金に変えてもらおうと思ってる。



 でも。

 友よ、兄弟よ。


 絶対にこいつだけはダメだから。


 萌歌さんに関わったら。

 二度と日の当たる場所を歩くことができなくなるから。


 それだけが、お兄さんの願い。


 約束だ!


「ひのふの……、こんな金額でいかがでしょう、お客様」

「うわ、思ったより安いんだな」


 口座はもっている。

 預金はある。


「あたし目線に立てば分るでしょう、売れなかった時の保険を含んでおかないと」

「確かに。よくわかる」


 お年玉とか、まとまった金はそこにいれて。

 引き出すことをせず、ずっと貯め続けている俺の口座。


「では、この金額を……」

「ああ、たすかった」

「借金から引いておきます」

「いや待て勘弁してくれよ!! 今すぐ金が要るから頼ったのに!」


 あれに手を付けると。

 歯止めが利かなくなりそうだから。


 そんな思いで頼ってみた。

 地上に現存する悪魔のひとり。



 信じた俺がバカだった。



「そういうセリフは、清い体になってから吐くものだと思いますけどね、お客様」

「借金が曖昧過ぎなんだ! 一生たかられるの確定じゃねえか!」

「なんと、その手がありましたね」

「白々しいんだよ!」


 ステージじゃ、あんなにかっこいいくせに。

 すげえ人数のファンに愛されてるってのに。


「萌歌さんになら、一生たかられたいって男性、山ほどいると思うんだよ」

「そうでしょうね」

「だったら、俺をいびらねえでもいいだろ!」


 そんな文句を。

 目くじら立てながらぶつけると。


 お隣りから。

 

「も、目的はお金じゃなくて、立哉君の苦々しい負けフェイスだと思う……、よ?」

「最悪だ」


 秋乃の指摘。

 すげえ説得力。


「お? お客様のお連れ様、これはご慧眼」

「あの顔……。ごはん、三杯いける」

「あたしは携帯にフォルダー作ってコレクションしています」

「わかる」

「今知ったよ。お前らがまさか同じ村の生まれだったなんて」

「でも……、そんなにお財布事情苦しいの?」

「今、お前から返してもらった五千円しか入ってねえ」

「なんで?」


 日払いの給料って。

 心が豊かになるとか喜んでたけど。


 それがトラップだったんだ。


 明日もお金が手に入るからと。

 調子に乗って浪費し続け。


 無計画な男の末路まっしぐら。


「では、お連れ様の品も査定させていただきましょう」


 旅行中の小遣い。

 軍資金を手に入れることが出来なかった俺が。


 いよいよもって、預金に手を付ける覚悟をする中。


 秋乃は、舞浜家でよく見かける唐草模様の風呂敷を広げると。


 そこから現れたのは……。


「絵本か?」

「うん」


 どこの国の言葉だろう。

 随分と古めかしい、海外の絵本。


 これを見るなり。

 萌歌さんは片眉をピクリとさせて。


 タブレットで確認し始めた。


「コレ、秋乃三才ノオ祝イニト、オ父サマノ取引先クレタモノ」

「そうなんだ。手放していいものなのか?」

「うん」

「お前、絵本好きだったよな」

「持ってるの、これだけ。大好きな絵本」


 え?

 なに言ってるんだこいつ。


「大好きなのに売っちゃうの?」

「大好きだから、売っちゃうの」


 いやいや。

 意味分からん。


 高級そうだけど。

 ボロボロになったこの絵本。


 白い手袋をはめた萌歌さんが。

 全てのページを確認し終えると。


 信じがたいことを言いだした。


「こちら、十万で買い取りましょう」

「十万!?」


 なんだそれ!?

 これ、そんな高価なものなの!?


「保存状態が良ければ、倍はいっていたと思うのですが」

「大好きだから……、連れまわしてたから、ね?」

「なるほど。それは仕方ありませんね」


 そして萌歌さんは財布を取り出して。

 舞浜母に、キャッシュを手渡してるけど。


「ちょっと待て! お前、どんだけマージン取る気なんだ!?」

「さすがにこれで儲ける気はないですよ、お客様」

「うそつけ!」

「強いて言うなら、手数料はお連れ様から既に頂きましたので」

「は?」

「あ、ありがとうございます、師匠……」

「今日はただの質屋さん。師匠と呼ばれても困りますよお連れ様。ではこれで」


 王子くん曰く。

 本当の自分が分からなくなってしまっている萌歌さん。


 今日は終始、イタズラモードのまま。

 店を出て行った。



 しかし。

 手数料は秋乃から貰った?


 イタズラモードのままだから怪しいとしか思えんのだが。

 どういう意味なんだ?


「よかった。十万円。どうしても、七万五千円必要だったから……」

「なんだそりゃ。全部使うなよ? いくらなんでもほどほどにな」


 言葉通り。

 本当に嬉しそうにしてる秋乃が。


 舞浜母からお金を受け取ると。

 そこから一枚のお札を取って。


 俺に差し出してきた。


「じゃあ、旅行のお小遣い、貸してあげるね?」

「ほんとか、助かった! ……あ、いや、しまった」


 つい反射的に受け取っちまったが。

 これは返さなきゃいかんだろう。


 お金を借りる。

 その行為の背徳感は、もちろんある。


 でも、素直に借りたくない理由は。

 他の所にあって。


「……お前がこれを貸してくれた理由、聞かせてくれるか?」

「だって、立哉君にも旅行を楽しんでもらいたい……」


 やっぱりだ。


 こいつには。

 それが当たり前な行為なんだろう。


 誰かのために。

 その生き方は、美しいと思う。



 でも。

 それで本当にいいのか?



 『大好きだから、売っちゃうの』



 秋乃はそう言った。


 その理由が。

 萌歌さんが、手数料は秋乃から貰ったと言った理由が。


 今なら分る。



 こいつは。

 他の誰かに楽しんでもらいたくて。


 自分の大切なものを手放したんだ。



 ……だから俺は。

 今にも実現しそうな未来予想図が脳裏に浮かんで。



 ぞっとしたんだ。



 秋乃は、誰かを好きになった時。


 好きになったから。

 他の誰かのために差し出しちまう。


 そんなことをしそうな気がする。



「……いや、お前は旅行で思う存分豪遊しろ」

「でも、立哉君は?」

「俺は我慢すりゃいいんだから」

「い、一緒の方が楽しい……」


 こいつの感覚。

 どうにかして変えて行かないと。


 きっと大変なことになる。



 大好きだから、売っちゃうの。


 大好きだから、売っちゃうの。



 何度もリフレインする言葉を耳に。

 俺は、席を立った秋乃へ。

 強引に一万円札を突きつける。


 でも、秋乃は後ずさり。

 どうにか受け取らないように、わたわたする。


 進む俺。

 後ずさる秋乃。


 土俵際一杯。

 秋乃は、自動ドアを背にしたところで。


 急に俺の手を掴んで引っ張って。


「おわっ!?」


 開いたドアの外に放り出した。



 顔面から地面に落ちた俺は。

 首だけ振り向いて猛抗議。


「なんのまねだっ!」

「……大好きだから、うっちゃるの」

「うはははははははははははは!!!」



 ほら。

 これだよ。


 こいつは、いつも。

 誰かを笑わせる。


 自分は笑わずに。

 誰かを笑わせる。



「…………よし、分かった」

「え?」

「この一万円で、お前を無様に笑わせてみせる!」


 俺の宣言に。

 目を丸くさせた秋乃が。


 少しだけ悲しそうな顔をした後。

 笑顔の仮面を被って、小さくため息を吐く。


 ……このやろう。

 俺にはできねえって言いてえのか?


 本気になった俺を見くびるんじゃねえ。

 覚悟しとけよ?



 明日からの旅行で。

 俺はお前を絶対に。



 心の底から笑わせてやるぜ!





 秋乃は立哉を笑わせたい 第11笑


 =気になるあの子と、

  趣味を探してみよう!=



 おしまい!

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秋乃は立哉を笑わせたい 第11笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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