エイプリルフール


 ~ 四月一日(木)

       エイプリルフール ~

 ※目は口ほどに物を言う

  意味:視線は、言葉と同じくらい

     気持ちを伝える。

     転じて、今じゃ視線でバレるって

     使われ方の方が多いよな。




 バイト終わり。

 真っ暗な道。


 いつものように。

 俺の隣を歩くこいつは。


 舞浜まいはまあ……。


「あ! 流れ星!」

「……こんなに曇ってるのに?」


 今日、一体何度目だろう。

 飴色のさらさらロング髪が地面につきそうなほどうな垂れたんだが。


 それでもあきらめずに。

 暗闇の中でも輝く笑顔を俺に向け。


「あ! タヌキ!」

「……ほんとにいてどうする」

「え!? どこ?」

「うそ」


 こうして、俺に反撃されては。

 これでもかと頬を膨らませてやがる。



 秋乃曰く。

 毎年、この日を楽しみにしているのに。


 春姫ちゃんはまったく騙せないし。

 舞浜母はその逆に、すべてを信じるだけだから。


 一度も楽しく過ごしたことが無いとのことだ。


 だから今年は。

 たっぷり楽しめそうと。


 そんな皮算用を胸に。

 朝からウキウキしていたようなんだが。


「お前は、分かれ道で出会ったウソつき村の住人か」

「み、右側が私の住んでいる村です……」


 もの知らずなくせに。

 マニアックなことはよく知ってるな、ほんと。


「どうしても旅人をウソつき村に連れて行けない……」

「ウソつく時。目がバタフライなんだよ」

「そ、そんなにスイミング?」


 それはもう。

 高速の疲れ目体操。


 しかも。

 連発し過ぎなんだよ。


「騙すも何も、全部がウソでどうする」

「ぜ、全部なんてはず無い……」

「ウソ」

「くぅ……」


 もう、ほんとに毛先が地面擦ってるほど腰曲げちまったけど。


 お前には向いてねえんだって。


 たった一つ。

 カンナさんが警察に連れていかれたって騒いだ時だけは。

 危うく信じかけたけどな。


「あのなあ。生まれてこの方、エイプリルフールで一度も騙されたこと無いこのへそ曲がりを騙せるわけねえだろ?」

「ほ、ほんとに?」

「ウソ」

「むうううう!!!!」


 つい楽しくなって。

 意地悪ばかりしちまうけど。


 それには一つ。

 理由があって。


「……いいなあ、秋乃は」

「え?」

「楽しんでるものがいっぱいあって」


 俺の言葉に。

 きょとんとしてやがるが。


 これはウソじゃねえ。


 春休みの課題の一つ。

 ずっと考えてた、俺の趣味。


「……なんだその目?」

「だ、騙されない……、よ?」

「いや、ウソ言ってねえだろ。お前、趣味がいっぱいあるだろうが」

「ない……、よ?」


 いやいや。

 そんなウソつかれても。


「実験とか工作とか。あと、絵本とかもそうだよな」

「そ、それは趣味じゃなくて、普通にやってるもの……」

「それを趣味って言うんだよ」


 友達の定義もよく分からんこいつだ。

 趣味の定義もよく分かってなかったんだろ。


 秋乃は、そうなんだと、何度か口の端で繰り返すと。


 急に嬉しそうに微笑んで。


「よ、よかった……。立哉君みたいに、趣味を手に入れなきゃって思ってたから……」

「は? なに言ってんだよ。何が俺の趣味?」


 どうせ、勉強だとか。

 料理だとか。


 ほんとは投げ出したいものを言われて。

 がっかりさせられるんだろう。


 ……そう思っていた俺の耳に届いた。

 予想もしなかった秋乃の返事は。



「部活探検同好会……」



 考えてもみなかったその単語に。

 今度は俺の目が丸くなる。


「あれはなし崩し的に入っただけだ。それに、趣味が部活探検っておかしいだろ」

「だって、フィールドゲーム愛好会とか、脱出ゲーム同好会の時とか……」

「ああ、楽しかったな。そのふたつには、またお邪魔しようぜ」

「うん」

「特にフィールドゲームは良かった。フォトオリエンテーリングっていったっけ」

「夢中になってたよ……、ね?」


 スタート地点から。

 順番に撮られた写真を頼りに歩いてゴールを目指すフィールドゲーム。


 それが、校舎内に書かれた落書きとか。

 ロッカーのへこみとか。


 信じられない程小さなものを探して探して。

 冒険気分を満喫できたんだ。


「二年になったら、活動日を増やそうか」

「うん」

「他にも、面白い部活が見つけられるかもしれん」

「…………ね?」

「なにが?」

「それ……、趣味、だよ?」


 舞浜家に着いたから。

 足を止めたわけじゃない。


 秋乃に言われて。

 やっと気が付いたなんて。



 まさか。


 俺も趣味の定義を分かってなかった?



 似たものどうしの俺たちは。

 同じ劣等感を抱えていて。


 だから、お互いに。

 相手を羨ましく感じていたようだ。


 だったら。

 自分が羨ましく思うことを。

 素直に秋乃に伝えたら。


 秋乃も。

 俺のなにが羨ましいのか教えてくれて。


 長い間、俺を縛って来た重たい鎖を。

 外してくれるんじゃないだろうか。



 ずっと一人でいた過去。

 友達がいなかった過去。


 どうしてみんなには。

 悩みが無いんだろう。


 そんなことを考え続けてきた俺に。

 ようやく見つかった答え。


 友達って素晴らしい。

 秋乃と、もっと話していたい。


「…………なるほど。じゃあ、趣味を見つけるのが、俺の趣味だ」

「うん」

「それを分かりやすく言えば」

「立哉君の趣味、部活探検同好会……」


 いつもなら、秋乃の家に着いたら。

 すぐに引き返すところなんだが。


 今日はどうにも。

 足が動かない。


 俺の心境を察したのか。

 秋乃は、小さくわたわたすると。


「こ、この先にね? 山の中腹に、町明かりが見えるベンチあるでしょ?」

「ああ」

「そこにいかない?」

「おお。いいね」


 それは願ったり叶ったり。

 早速歩き出した俺の背後で。


 秋乃は、急に頭を抱えだす。


「……何やってんだ?」

「うむむ……」

「なんか用事でも思い出したのかよ」

「そ、そうじゃなくて……、ね? ……ウソだったの」

「は? 今の、ウソ?」

「うん。……だから、ようやく騙せたんだけど」

「おお」

「私も行きたい……」

「うはははははははははははは!!!」



 やっぱり。

 お前には誰も騙せねえよ。


 でも。

 折角のエイプリルフール。


 一つくらい騙したいよな?


「じゃあ、逆のこと言えばいい」

「んと…………。じゃあ、私だけ家に帰る、ね?」

「ああ。そんじゃまた明日」

「ふにゃっ!?」

「……ウソ。用事あるけど付き合ってやるよ」


 膨れながら背中を叩く秋乃には。

 もちろん言わないけど。


 やっぱり。

 お前には誰も騙せねえし。

 騙すの簡単過ぎだ。


 だって、最後のウソにも。

 気づいて無いようだからな。


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