経理の日


 ~ 三月三十一日(水) 経理の日 ~

 ※向かう鹿ししには矢が立たず

  意味:敵意の無い相手には

     誰だって攻撃できない




「おいこら! 全員集合!!!」


 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 お客さんもいるってのに。

 お構いなしに怒号が飛ぶ、ちょっとどうかと思うファーストフード。


 さらに。


 また何か始まったと。

 お客さん一同、ワクワクしはじめる。


 ちょっとどころか、かなり異常なファーストフード。


「お待ちの方は、こちらのレジへどうぞー」


 そんな状況でも。

 冷静に客をさばく店員がいる。


 完全におかしないてててて。


「耳はやめろ! 本気でいてえ!」

「お前も集合だバカ兄貴! 無関係装ってんじゃねえ!」

「お客優先だろうが。すいません、今ご注文をうかがいますの……、で?」


 おいおい。

 気にしないで続けてくれって。

 その代わり、面白いヤツ頼むよって。


 誰一人文句を言うそぶりもないけど。

 ……本気?



 まさか。

 この店では俺の方がイレギュラー?



「昨日のレジ、一万円も足りてねえぞ! どうなってんだ!」

「うわ、まじか。でも後にし……、いでででで! ギブギブ!」


 背後から腕をまわされたかと思うと。

 そのまま顔面を胸に抱え込まれた。


 まったく抵抗するタイミングもなく。

 気付いた時にはスリーパーホールドって。


 カンナさんよ。

 あんたは女子プロレスラーに転職した方がいい。


「十円二十円の話じゃねえ! 一万円だぞ一万円!」


 まあ、確かにな。

 朝から晩まで働いた賃金とほぼ同じ。


 ちょっとシャレにならん。


「昨日、レジに入ったやつは誰だ!」

「ぼ、ぼ、僕と立哉君と舞浜さん……、と……、ごにょごにょごにょ」

「庇ってくれてありがとね、こたろー。……ってわけだ、カンナ」

「ひなこも入ったのか。じゃあ、バイト全員が容疑者だな?」


 容疑者。


 そう、そんな言葉を使う理由から。

 論理的に割り出される事実がある。


 約一万円、ではなく。

 その差額は。


「た、足りてないのは、一万円ちょうど……、ですね?」

「ぴったり当てたってことは、お前が犯人か!」


 俺と同じ速度で。

 論理的な思考ができるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 普段、釣銭の渡しミスがあった場合。

 カンナさんは、しっかり確認しろとか。

 そういう言葉を使うし。

 犯人探しなんかせずに全員に声をかける。


 それが、容疑者って言葉を使ったってことは。

 釣銭の渡しミスじゃなくて。

 ネコババだと思ってるってわけで。


 じゃあ、なんでネコババしたって思ったのかと言うと。


 九千円とか。

 端数があったりとか。


 あり得そうなズレじゃなく。


 一万円ピッタリ。

 普通に考えればあり得ない金額だったから。


「こら、秋乃を疑うな。カンナさんの数え間違いじゃねえの?」

「お前、あたしが今まで金勘定間違えたことあるとでも思ってんのか?」

「……ねえと思う」

「じゃあ、あたしを疑ったてめえが犯人だ!」

「そんな短絡的な推理あるかよ。だったら一番野蛮なお前が犯にうでがあああああ!!!」


 今度は腕を後ろに極められた!

 こいつは俗にいうチキンウィング・フェイスロック!


 地味な技だとバカにしてたが。

 肩が抜けそう首がもげそう!


 そして肉体的なダメージもさることながら。

 この瞬間、歓声が上がった観客席な!


 精神的ダメージもハンパねえ。

 やっぱり、この店では俺の方が異常なんだって初めて知った。


「だ、誰か助っ……! もすけ……」

「おいカンナ。容疑者の段階で死刑執行するな」

「じゃあ、お前が犯人か!?」

「いや、あたしじゃねえけど……」

「だったらバカ太郎か!?」

「ぼ、ぼ、ぼくじゃない……、と、思います……」


 当然だ。

 犯人だって、犯人じゃなくたって。


 私がやりました、なんて言うやつは。

 この世に誰一人いるはずが……。


「わ、私……、かも?」

「え?」

「え?」

「ま、ま、舞浜ちゃん!?」


 信じがたいことに。

 自ら絞首台に上ったのは。


 秋乃だった。



 ……いや。



 信じがたい。

 そんな言葉を、俺は改めよう。


 秋乃なら。

 当たり前の言葉だ。


「ひょっとしたら、二回、五千円受け取ったのに一万円と間違えてお釣りを渡したとしたら、ぴったり一万円……、です」

「いや、舞浜。それは……」

「確かにな。そんな正々堂々と言われると、疑う気が消えちまうぜ」


 こんな言い争いは。

 みんなが辛い。


 みんなのことを第一に考える。

 そんな秋乃だから。


 こいつにとっては。

 当然の言葉。


 誰にでもできる事じゃない。

 もちろん俺にはこんなことできない。



 だから俺は。


 こいつのことを……。



「好ぐえええええええ!!!」


 一瞬の間隙を突いて。

 チキンウィング・フェイスロックからドラゴンスリーパーへ流れるように移行。


 俺は、これで勝負が決まった試合を何度か親父と一緒に見たことがあるが。


 胡散臭いと吐いた覆水に。

 改めて謝罪しようとおも……。


「グブグブグブグブっ!!! 死んバブ! くるし……!!!」


 立ったまま、背筋を反らされた姿勢に耐え切れず。


 とうとうすべてを諦めようと思ったこの俺を助けてくれたのも。


 やっぱり。


「あ……。消えた一万円、分かった……」

「え?」

「え?」

「げっほげほ! た、助かった……」


 カンナさんも、思わず拘束を解いた秋乃の言葉。


 だが、真の苦悩は。

 その後に残っていた。


「昨日、立哉君から借りたお金……。カンナさんと雛さん、レジから五千円ずつ返してた……」

「あ」

「あ」


 …………ほほう?


 そうかそうか。

 それを忘れてた訳か。


 さて、お前ら。

 ステージからはけるにはまだはええ。


 ひとまず両手で。

 二人の首根っこをつかまえて。


 お前ら、客席を見ろよ。

 皆さん腹抱えて笑って下さってるじゃねえか。


「……責任とって、オチを付けろ」

「う。そ、そういうのはひなこの仕事だ」

「ふざけるな。カンナが何か言え」


 この二人に頼っても無駄だな。

 仕方がねえから、俺がオチを付けてやろう。


「ところで秋乃」

「これにて、一件落着……、ね?」

「お前だけ返してくれてないんだが」

「……これにて、一件落着……、ね?」

「………………おあとがよろしくなくてもやもやする」


 大喝采を浴びた俺のオチ。

 その宣言通り。


 こいつだけは。

 いつまでも植木の代価を。

 もやもやと誤魔化し続けた。



 ……おまえ。

 なんで俺にだけはそうなんだ?


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