マフィアの日


 ~ 三月三十日(火) マフィアの日 ~

 ※身から出た錆

  意味:自分が犯した悪さで自分が苦しむ。




 俺に課せられた春休みの課題。

 残されているものは趣味探しと。


 旅行費用稼ぎ。


「桜餅を店内でサービス中でーす。是非お立ち寄りくださーい」


 この、後者の方が。

 どうにもままならず。


 土日も働いて。

 ようやく財布に。


 一万五千円ほど貯まったわけなんだが。


「いらっしゃいませー。春のキャンペーン企画、第三弾。『花より団子、団子よりお餅がお好きでしょなの祭り』開催中でーす」


 こんなペースじゃ。

 旅行で豪遊ってわけにはいかないぞ、きっと。



 ここは駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガーの店先。


 せめて、十円でも多く給料をもらうべく。


 派手な仕事ばかり選んで猛アピール。


 大っ嫌いな客寄せを頑張ってこなして。

 普段の倍くらいのお客さんを店内に押し込んでいる俺。


 やっぱ、何やっても天才だな。


 あるいはひょっとして。

 客寄せの才能があるのかもしれん。


「美味しい桜餅をサービス中ー。桜餅が手ぐすね引いてお客様をお待ちしておりますよー」


 なんだか、人を食べちゃう巨大桜餅が待ちかまえていそうな言い方だな。


「いらっしゃいませー。あ、これ引換券です。レジで出してくださいねー」


 でも、例え食べられちゃったとしても。

 食料の心配はなさそうだがな。


「カンナさん、桜餅の引換券配り終わったぜ」


 まるで初夏のような陽気に吹き出した汗をぬぐいつつ。

 店の中に入った俺を手招きするカンナさん。


 いつもなら、ご苦労さんの一言くらいありそうなところに。

 頂戴したのは身も凍るような恐怖。


「なんの真似だ」


 首に腕を回されて。

 カウンターの下に、強引にしゃがまされたんだが。


 こんなことされたら。

 口にできる言葉なんか一つだけ。


「金なら無い」

「バカ野郎、そういうんじゃねえ」

「じゃあ、どういうんだよ」

「ちょっと金かせ」

「そういうんじゃねえか」


 白昼、それなり堂々。

 とんだカツアゲが現れた。


「おい秋乃。助けるかパトカー呼ぶかしろ」


 そんな無人レジの隣で。

 俺を見下ろすこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のさらさらロング髪を。

 今日はサイドテールにしていたはずなんだが。


 店の帽子の中に押し込んでるから観賞できん。


「助ければいいの?」

「おお」

「では遠慮なく……」


 そう言いながら、こいつはガニ股でしゃがみ込んで。

 俺のあご先から、ガラの悪い目でしゃくりあげるように何度も見上げてきた。


「うはははははははははははは!!! そっち助けてどうする気だお前は!」

「お、お金を貸して欲しい……、な? ダメ?」

「セリフと態度が合ってねえ!」


 和まされて、笑い声をあげてはみたものの。

 前と横と、ものすごいプレッシャー。


 俺はこう見えてビビリだからな。

 そうは見えねえように、誰かを巻き込んで早いとこ脱出だ。


「すいません雛さん。二人組のマフィアから助けてください」


 良識派の雛さんは。

 俺の頼みにため息をつくと。


 厨房からレジに出てきて。

 俺の望み通り。




 胸倉をつかんできやがった。




「こわわわわ! ちょっ、何の真似だ!」

「申し訳ないですけど、お金を貸してください」

「どうしてみんなしてどいつもこいつもなの!? あと、すげえ怖い顔で丁重にお願いされてもな!」


 この世界の監督よ、聞いてるか?

 お前のせいだからな、妙なことになったのは。


 演技の指導を先にして。

 役者の選出を後回しにするからこうなる。


「ちょっと金かせ。五千円でいいから」

「お、お金貸して……。五千円でいいの」

「ほんとにスマン。五千円、なんとかならんか?」

「どうしてみんな揃って五千円なんだよ!!!」


 申し合せてたの!?

 こんな状況でも笑いそうになっちまったじゃねえか!


 とは言え、怖い顔した三人に囲まれて。

 さすがに漏らしそう。


 必死に頭を回転させろ!

 なんとかこの状況を打開する手を考えるんだ!


 えっと。

 善良な市民がマフィアに対抗する手段。


 悪事を働く者が誅されて。

 善なる者が幸せになるその方法は。



 …………はっ!



「お、お金なら店長に頼んで! 同じ迫り方したらすぐ出してくれるから!」



 うん。

 

 我ながら最低。



 こういう時って。

 人間、本性が出る。



「三倍にして返すから」

「五倍にして返す……」

「十倍にして返しますから」

「いっそマフィアの方がすっきり貸しやすいわ! なんだそのしょーもない言い訳!」

「よし手下ども。こいつの手をねじ上げろ」

「へいあねご」

「へいあねご」

「いでででで、放せこの野郎! あ! 財布盗るな泥棒!!! お巡りさん、見て見てここです! 10-17A、大絶賛発生中です!」


 秋乃と雛さんに両腕をねじ上げられてる間に。

 カンナさんに財布を取られて。


 ほんとに三人分、一万五千円。

 全財産をむしり取られた財布を。


 目の前の床に放り捨てられた絶望感な。


「ちきしょう! さすがに天罰が下るぞお前ら!」


 泣き叫ぶ俺を背に。

 分け前を三等分した三人組。


 そんな俺たちの前に。

 救世主が現れた。


「おお、昨日のお兄さん! ちょっと聞いてくれ、今、マフィアの三人組が……」


 溺れる者の心境。

 俺は何の関係もないお兄さんにすがりつこうとしたんだが。


 事もあろうに。


 三人のマフィアは。

 お兄さんに、手にした五千円を恭しく上納した。


「ドン・オニイサリーノ現る!!!」

「なんだそりゃ」

「あるいは、お兄さんのアニキ……」

「ややこしい。……ほら、これが昨日話してたブツだ」


 よく見れば。

 工務店のお兄さんの手にはビニールの手提げが三つ。


 それぞれを手下に配ると。

 下っ端たちは喜び勇んで中身を検め始める。


「…………それ、なに」

「金の生る木の苗だ。知り合いの花屋で買って来た」

「はあ!?」


 あるわけねえだろそんなおとぎ話!

 もし存在してるとしても。

 一つ五千円で買えるわけがねえ。


 でも、下っ端トリオは惚けた顔して。

 手提げの中身を見つめながら。

 揃って休憩室に行っちまった。


「こ、これで店は安泰だ……」

「これでパラジウムリアクターを作る夢が……」

「あいつ、稼ぎねえだろうから家計の足しに……」

「夢から覚めろ。あと仕事しろ」


 やれやれ、バカだなあいつら。

 とは言え一番の悪人はこいつなわけだが。


「あんたも。詐欺で捕まるぞ」

「なんでだ?」

「だって、あの苗から金が生るとか騙して」

「生るわけねえだろ、ただの縁紅弁慶フチベニベンケイだ」

「……いや、会話が成り立たんのだが」

「あの木、カネノナルキって名前なんだよ」

「ほんとか?」

「すぐそこの店で、四千円で買って来た。ぼろ儲けだ」


 胡散臭いと思いながら。

 携帯で調べてみれば。


「お?」


 ほんとにカネノナルキって名前で売ってやがるんだが……。



 あれ?



 通販サイトで。

 三千円で売ってるんだけど。


 この事実を教えたものか。

 それとも、三人から千円ずつ巻き上げた小さな詐欺師の嬉しそうな笑顔を大切にするべきか。


 悩む俺の目に。

 もう一つの手提げが写る。


「……その、最後の一個は?」

「ああ。元々、嫁さん怒らせたから詫びに買って来いって言われたんだ。小遣いすくねえってのにこんな高いもん……。流行ってるのか?」

「うはははははははははははは!!!」

「何が可笑しい」

「ぜ、全員そろって千円損してる……!」


 悪だくみするからそんな目に遭うんだ。


 俺は、今頃二万円分の札束を扇に持って。

 左側の頬に風を送る花屋の姿を想像しながら、腹から大笑いし続けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る