作業服の日

 ~ 三月二十九日(月) 作業服の日 ~

 ※俎板まないたの鯉

  意味:なすがまま




 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 春のキャンペーン企画、そのおまけ。

 

 店の外。

 古典的な紅白のひさしから。


 ちょっと高級感のある。

 緑色のひさしに模様替えだ。


「あちい……」


 工務店の人と、俺と二人で。

 朝からずっと大工仕事。


 休憩は一度挟んだが。

 不慣れな俺には、そろそろ疲労の限界が迫っていた。


「よし、ひと段落。じゃあ、メシにするか」

「助かった……。ちょっと疲れて集中力切れてたんだ」

「だらしねえな」

「あとは骨に紐結んで終わり?」

「その紐を加工するんだ。ほどけねえように」


 俺が支えてた梯子から下りて。

 袖で汗を拭ったデザインひげのお兄さん。


 作業着の上だけめくって。

 黒いタンクトップ一枚になってるけど。


 ガテン系を目指す俺じゃねえが。

 正直、その姿をかっこいいと思う。


「それじゃ、店の中の休憩室使いましょう」

「いや、外の方がいい。ここで食おうぜ?」


 おお。

 それ、いいね。


「中は借り辛い。なんか買わなきゃ体裁悪いしな」

「じゃあ、弁当なんだ」

「ライバル会社に仕事取られたから節制中。またコンペでもやってくれねえかな、あの学校」

「学校お抱えだったのか。それ失ったのでかいな」

「分かるか?」

「おお。うちの高校も、いつも工事してるし」


 部活探検同好会やってるせいでよくわかる。

 意味分からねえ同好会ばっかりなのに、予算かけすぎ。


 俺は店の中に声をかけて。

 まかないを外に持ってきてもらうようお願いすると。


 お兄さんは、花壇の縁に腰かけて。

 鞄から、でかい包みを取り出していた。


「コンペって、なに作るんだ?」

「ロボット」

「は?」


 あれ?

 工務店って、そういう仕事なのか?


 だとしたら。

 向いてるやつに一人、心当たりがある。


「お、お待たせ……。ここで食べるの?」


 そう言いながら。

 トレーに乗せたまかないセットを持ってきてくれた工務店向き女子。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 帽子を取って、飴色のさらさらストレート髪をなびかせながら出て来たってことは。


 こいつも、俺たちと一緒に昼前の休憩に入るつもりだろう。


「ピクニック気分……」

「そりゃ、お前はな?」

「え?」

「こっちの男子チーム二人は、ワイルドに外メシって気分なんだ」

「…………はあ」

「だからハンバーガーじゃなくて、巨大なお結びこそふさわしい」


 力仕事には握り飯。

 普段はなに言ってるんだと一蹴するような話も。

 実際にやってみるとよくわかる。


 昆布にシャケ。

 梅におかか。


 しょっぱい具で、がっつり飯を食いたい。


「大きいお結びがいい……、の?」

「おお」

「ち、小さい方が、いろんな具が楽しめる……」

「そういうこっちゃなくて。憧れじゃん、昔話みたいなやつ」

「昔話?」


 あれ? 知らなかったか。


 でも、そりゃそうか。

 昔話なんて、俺みたいなマニアじゃないとなかなか目にしねえだろうからな。


 小学生の時、凜々花に買ってあげた絵本。

 そこに描かれてた、でかいお結び。


「簡単に言えば……、そうだな。昔の食い物って、なんか魅力あるだろ?」

「昔の……、あるよ?」

「は?」


 どこから持ってきたのか。

 いや、どうして持っているのか。


 秋乃は、棒の先端が金属になってる道具を引っ張り出して。

 バーガーの包みを開く。


「む、昔はね? こんな農具の上で牛肉を焼いて……、ね?」


 そしてバーガーから中身を抜いて。

 金属部分に乗せてるけど。


「お前さ。それ、何て料理か言ってみ?」

「すこ焼き……」

「まあな。偶然だが、合ってる」


 炉端焼きみてえに俺の前に差し出すな。

 ちゃんと拭いてあるんだろうな、そのスコップ。


「昔のって。そういうこっちゃなく」

「お結びがいいの?」


 しょうがねえから、手づかみでハンバーグを口に押し込みながら。


 俺は改めて、お兄さんの方を見ながら常套句を口にした。


「男のロマンだ」

「それ……。くだらない頃を正当化するための免罪符……」


 秋乃はため息をつきながら。

 今度はスコップの上にハンバーガーの残り部分を乗せようとしているんだが。


「お兄さんは分かるよな?」

「当然だ。そんなお前さんにはこれをやろう」

「出たっ! でかいお結び!!!」


 やるなあ兄ちゃん!

 そうそう、その海苔が何枚も貼ってあるやつ!


 でも……。


「くれるも何も、一つしかねえじゃねえか」

「半分に割ってやる」

「それを割るなんてとんでもない!!!」

「……ほんと分かってるな、お前さん」

「いやいや、お兄さんこそ」


 巨大お結びは。

 そのままかじりついてこそ価値がある。


 妙なことで意気投合したけど。

 合わせてくれてるのか?

 だとしたら、おもしれえ兄ちゃんだ。


 そんな俺たちを見て。

 どういう訳やら、秋乃がわたわたし始めたんだが。


「ん? お前、どうした?」

「と…………」

「と?」

「友達を、取られる……」

「なに言ってんの!?」


 やきもちなのか?

 そんなバカな。


「変なこと言い出す奴だな。お兄さんに迷惑だろ? なんかスイマセン」

「……ふっふっふ。勘がいいな、スコップ女。その通りだ」

「なに言ってんだあんた?」

「い、胃袋を掴む作戦……、ね?」

「いまさら気付いたところでもう遅い。こいつはおれのお結びに夢中だ」

「すげえおもしれえ人だな」


 でもあんた。

 ほんとにお結び半分に割ってんじゃねえ。


 指輪してんじゃねえか。

 奥さんに申し訳ねえよ。


 そんな思いで見つめてたお結びの中から出て来たのは。


 これまたでかいハンバーグ。


 ああ、そいつはいけねえ。

 奥さんにゃ悪いが。


「風情がねえ。なんで洋風のもんが出て来た」

「いや、これで完璧だ」


 お兄さん。

 秋乃に見せびらかすようにハンバーグを突きつけると。


 下唇をかみしめながら、わなわな震えてた秋乃が。

 膝から崩れ落ちた。


「ハ、ハート型……」

「これでこいつのお腹もハートも俺の物だ。諦めて帰るんだな、スコップ女」

「そ、そんなことできるわけ……」


 おいおい。

 なんだよそのおもしれえ遊び。


 俺も混ざりてえけど。

 どうにも手出しできやしねえ。


 秋乃は、悔しさの余り。

 ハンバーグ抜いたバンズを握りつぶしてるけど。


 いや?

 両手でぎゅうぎゅう握って。

 小さなお結びにしてる?


 お前、それをどうする気……。


「えい!」

「もがっ!?」


 こいつ!

 口に突っ込んできやがっ……、ふんがあ!


 硬いっ!!!

 なんてバカ力!


「ぶへっ! こら秋乃! 何の真似だ!」


 手の上に、デラックス超合金お結びを吐き出した俺は。


 怒り心頭で秋乃を怒鳴りつけたんだが。


 こいつはすました顔で。


「ハ、ハート形に対抗するために……」

「ために!?」

「ハード型」

「うはははははははははははは!!!」

「……なるほど、今回は俺の負けだ。やるな、スコップ女」

「お、お兄さんも……、な」

「うはははははははははははは!!! なんだそりゃ!」


 こうして俺は。

 丸一日、この訳の分からないやり取りに巻き込まれて。


 散々遊ばれることになった。


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