プレミアムフライデー
~ 三月二十六日(金)
プレミアムフライデー ~
※穂に穂が咲く
意味:稲がよく実る。
……え? それ以外に
意味なんかねえ。
修了式の直後。
そんな俺たちには。
あまり選択肢はない。
「さすがに今日は失敗だったと思うぞ?」
「九十分で、二枚しか食べれなかった……」
チーズの香りとみんなの幸せな笑顔をおかずに。
パンを食えるいつもの店。
学校の最寄り駅前。
食べ放題のピザ屋さん。
そこを打ち上げ会場にする生徒数は。
店のキャパを遥かに凌駕した。
空いていて。
何枚もピザを食べることができても。
混んでいて。
二枚しかピザを食べれなくても。
料金は一緒。
世の不条理を感じた、店を埋め尽くす我が校の生徒一同。
だが、みんなと違って。
ピザの耳より断然美味いポテトを。
思う存分食べることができた俺は、大満足。
是非とも次回も。
混んでるといいな。
「…………調教、とは」
「え? なに?」
駅から家への道すがら。
いつもの右側で不満げな顔をするのは。
飴色のさらさらロング髪を春風になびかせながら。
もっと食べたかったと。
物足りないと呟くこいつを。
不機嫌顔のままで。
帰すわけにはいかねえよな。
「もう、昼メシって時間じゃなくなったけど。何か食ってくか?」
「それなら、ワンコ・バーガーで……、あれ?」
もうじき家に着くって頃合いで。
秋乃が気付いた二人組。
保坂家のはす向かい。
地べたに安っぽい屋根だけ張ってるレストラン。
そこから出てきたのは、凜々花と……。
「あれ? どうしたんだ平日に?」
東京にいるはずの。
お袋だった。
「どうしたもなにも。プレミアムフライデーって言葉、知らないの?」
「いやいや。何時に上がったら東京からここまで来れるんだよ」
「あんたがいつまで待っても旅行の行き先決めないから来たんでしょうが」
「そんなことのために!?」
「ほんとは、明日こっちで商談があるから戻って来ただけ」
ああびっくりした。
お袋が仕事より遊びを優先するなんてあり得ねえからな。
でもまあ。
帰って来てくれてありがたい。
お袋大好き凜々花が。
子猫みたいな顔してお袋にまとわりついて。
嬉しそうにしてるからな。
「そうよ、今のやり取りで思い出した」
「何を」
「とっとと決めなさい」
そうだった。
結局今日も。
ピザ屋で決めようってことになってたんだが。
あまりの混み具合に、みんな文句ばっかり言ってて。
誰もがすっかり忘れてた。
よし、ここは。
上手いこと言って、仕事を秋乃に押しつけちまおう。
「そうだな、俺が考えてるうちに夏休みになりそうだ。秋乃、行きたいところあるか?」
「私が?」
「おお。お前が一番楽しい場所にしよう」
「私が一番楽しい……」
秋乃が腕を組んで考える。
よし。
こいつ、仕事を押しつけられたことに気付いてねえ。
だが、お前は気付けよ。
肘で小突くんじゃねえよ、ご母堂。
「気の利いた言い方できるようになったじゃないのよ、あんた」
「よせ。すげえ胸が痛い」
「どこだろ……。もうちょっと考えていい?」
「もちろんだ、だんだん不憫に思えて来たからな。決まったら教えてくれ」
「別にあんたに言わなくても。直接秋乃ちゃんに聞くからいいわよ」
確かに。
秋乃がみんなに連絡すれば済む話だな。
「じゃあ、秋乃。決まったら直接お袋に言ってくれよな」
「うん。立哉君には内緒」
「うはははははははははははは!!! なんでやねん!」
そう突っ込んだところで。
俺は、はたと気付く。
「いや? そりゃいいな。ミステリーツアー気分を味わえる」
「ミステリー?」
「そうだ。どうせだったら、参加者の誰にも行き先言わないでくれ。お袋も」
「いいわよ?」
これはいい。
タスクも一つ終わった上に。
面白いイベントが一つ生まれたわけだ。
今日はいいことづくしじゃねえかと思った俺は。
また気づく。
行き先については。
押し付けられた仕事が消えただけ。
ピザ屋については。
そもそも耳ばっか食わされてるのがおかしい。
「……調教」
「え?」
「まあいや。それより、こんな得体の知れねえとこでよく食う気になったな」
この、青空レストラン。
信じがたいことに。
家のはす向かいにあるってのに一度も入ったことがない。
入ってみたいと思う時は営業していなくて。
たまに営業してるときに通りかかると。
決まって腹がいっぱいという不思議な呪いがかかっている。
「美味いのか?」
「ヤバいレベルよ。シェフ、可愛い顔してやり手だわ」
「うんまかった! 特に目玉焼き!」
目玉焼きなんて誰が焼いても同じだろうが。
でも、凜々花の感想はともかく。
「お袋が言うんじゃ本物だな。よし、俺も食ってみよう」
ちょうど、秋乃が物足りねえって言ってたし。
俺は、一緒に行こうぜって気持ちで店を指差しながら秋乃に振り返ると。
後ろから。
お袋が変なことを言いだした。
「残念。シェフなら、帰っちゃったわよ?」
「は? ……え? お袋と凜々花、今出て来たんだろ?」
「料理出したら、じゃあねって。おかげで食い逃げ状態」
なに言ってんの?
そんな馬鹿な話、ある?
「うそつけ」
「ほんとよ? ねえ、凜々花」
「コックのお姉ちゃん、すげえ巨大なじいちゃんと一緒に黒塗りの車で帰っちった!」
「落ち着けお前は。車が大きいんだろ? 今のじゃ、じいちゃんが巨大になっちまう」
「うん。でけえのはじじいの方」
「まじか」
「巨大なじじい、凜々花が五神合体したくれえなサイズ感」
「パーフェクトDX凜々花と同じサイズか。そりゃすげえ」
黒塗りの車でお出迎え。
そして巨大なじじい。
いいとこのお嬢様か?
それが、なんでこんな場末の飯屋でコックやってる?
どうしてだろう。
イヤな予感がする。
「それにしても、ほんと美味しかったわね、目玉焼きピザ」
「凜々花、もう二枚は食えたかも!」
「あんた、ママの分も半分食べちゃったくせに。……お! そうだ! それじゃ、料理修行中の秋乃ちゃんと一緒に今のピザ再現しようか!」
「い、いいんですか? 丁度食べたかった上に、料理の練習もできるなんて……」
「喜んでくれるんなら願ったり叶ったりよ! じゃあ、作りましょ!」
「凜々花、あれやりてえ! いつもより多めに回してますってやつ!」
大盛り上がりで家に入っていく姦しいピザ職人を見つめながら。
俺は、イヤな予感が的中したことを悟った。
一時間後のダイニング。
俺の皿の上が。
見慣れたパン祭り。
せめてこいつに合うように。
牛乳を注いでこようと席を立つ。
「ちょっと秋乃ちゃん。なんで立哉に端っこちぎって渡すの?」
「た、立哉君、ここが一番好きって……」
「うそでしょ?」
「ほ、ほんと……」
なんだろう。
テーブルに戻ってきた俺に向けられる。
すげえ怪訝な目。
よくわからんが、俺は文句も言わずに。
自分に催眠術をかけながら、味気ないパンをかじる。
そう、これはすっげえうんめえものだ。
だって秋乃がこねた生地で。
秋乃がオーブンのスイッチ押して焼いたパン。
すっげえうんめえものだ。
すっげえうんめえものだ。
「立哉、あんた。……それ、美味しい?」
「すっげえうんめえ」
こうして。
俺の皿には。
凜々花とお袋の耳まで積み上げられた。
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