ドラマチック・デー


 ~ 三月二十五日(木)

   ドラマチック・デー ~

 ※蛇に噛まれて朽縄くちなわじる

  意味:一度失敗すると臆病になる




 さて。

 明日は終業式だから。


 今日の授業が。

 年度最後ということだ。


 授業と言っても。

 進路に関する話をすることになってるから。


 進学しか考えてない俺にとっては。

 無駄な時間でしかない。



 だからこそ。



 春休みの課題はひとまず置いておいて。

 授業の内容もスルーの方向で。


 一年生最後の機会に。


 なんとしてでも。

 授業中に笑わせると誓いを立てて来た相手。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日は、まとまり辛いと嘆くさらさらロング髪を。

 珍しくアップにして編み込みなんかしてあるんだが。


「美容院にでも行ったのか?」

「お、お隣りのお兄さんがね? やってくれて……」

「へえ、スタイリストの勉強してるって人だよな。いい腕だ、似合ってるぜ?」

「うん。でも、完成形と違くて……。恥ずかしいから抜いてきた……」


 そんなこと言いながら。

 鞄をポンと叩いた秋乃なんだが。


 なにを抜いたって言ってるんだろう。



 まあ、そんなこと気にしてる場合じゃねえな。


 授業中にこいつを笑わせるために

 まずは場をあっためておかないと。


 下駄箱から校内へ入ったあと。

 俺は、いつもと違う方向へ。


 秋乃は、ちょっと怪訝な気配を醸し出したが。

 素直に後ろについて来る。


 それなり人の行き来がある体育館へのアーケード。

 自動販売機が並んだところ。


 俺は早速。

 一つ目のネタを披露した。


「あ、しまった。金が大きすぎて自動販売機に入らねえ」


 そう言いながらお札の挿入口と戦わせたのは。


 A3サイズのおもちゃ紙幣。


 二、三人ほどの笑い声が聞こえたんだが。

 肝心のこいつは、ピクリとも頬を動かさずに。


「こ、細かいの……、あるよ?」


 慌てる様子もなく。

 鞄から。



 でかい石のお金を出した。



「うはははははははははははは!!! なに時代だよ!」

「意外と重い……。これで五百円以下だったらコスパ悪い……」

「うはははははははははははは!!!」


 連絡通路は。

 爆笑の渦。


 悔しいが初戦は俺の負けだ。

 だが、勝負はここからだぜ。



 再び校内に入って人混みの昇降口。

 俺は、おもむろに足を止めて。

 手袋を装着。


 五本の指それぞれに。

 ねじり鉢巻きの、五人の大工さん。


 それが、口をパクパク動かして。

 『第九』の五重奏。


 徹夜で作ったこの装置を見て。

 ちょっと目を丸くさせた秋乃だが。


 これまたまったく慌てず。

 猫の顔したパペットを右手に装着。


 そして。

 驚くほど見事な口楽器で。

 大工たちの歌声に合わせて第九の演奏を始めたんだが。


 ギャラリーが集まってきたところで。

 急に演奏をやめると。


「あ、いけないニャ。また爪立てて楽器に傷入ったから新品買わないとニャ」


 口で奏でた楽器の音色。

 猫が持ってるその楽器。



 三味線。



「うはははははははははははは!!!」


 そんなブラックジョークに。

 昇降口が、どっと沸く。


 悔しいがここも負け。

 でも、さすがにお前はネタ切れだろう。


 寄り道したから、教室に入るとほぼ同時に先生が来て。

 すぐに授業が始まったところで。


 いつのもように。

 俺は小声で話しかけた。


「おまえ、飛ばしすぎ」

「ひ、他人事みたいに言わないで……、ね?」

「まあ、そうなんだが」


 先生も、冒頭に口にした。

 一年生最後の授業という言葉。


 やっぱりお前も。


「明日、終業式だし。悔いのない一日にしないとって……」


 俺と。

 同じことを考えてたんだな。



 そういう事なら。

 真剣勝負。


 ここで勝ってこそ。

 秋乃を笑わせてこそ有終の美。


 でも。

 同じこと考えてたってことは。


 お前も、まだネタ持ってきてるのか?


 

 ……何を出しても返されそう。

 すっかり怖気づいた俺に。


 秋乃は、ちらりと視線を向けると。


 すげえイヤミな笑顔で。


「そんなに警戒しないでも……、私は、二つしか準備してない……、よ?」


 ええい、忌々しいこと言いやがって!

 臆病風に吹かれるな、俺!

 二連勝して調子に乗らせたままって訳にはいかねえぞ!


 ここは、最強のネタを披露して。

 ドラマティックな逆転勝利を決めてやる!


 俺は、ポケットからネタを取り出して。

 顔に装着。



 さあ、秋乃!

 こいつを見て。



 無様に笑いやがれ!



「やれやれ。今日は、花粉すげえなあ」


 そんな花粉用マスクの。

 耳紐にぶら下がる札。


 上向きに描いたハサミの絵と。

 その下に、でかでかと書いた文字。



 『ここ、弱点』



「ぷっ! …………ふふっ」


 おお!

 爆笑とまではいかねえが。

 笑わせてやったぜ!


 ここは一気にまくしたてるチャンス。

 俺は二の矢として、鞄から一回り小さな鞄を引っ張り出そうとしたんだが。


 ネタ切れと言ってた秋乃が。

 なにやらごそごそやってたかと思うと。


 急に立ち上がって。


「先生。今日は花粉が酷いと立哉君が言うので、窓を閉めていいですか?」


 そう口にした。

 秋乃の頭。


 編み込みに挿さった。



 十数本のアルストロメリア。



「「「わははははははははははは!!!」」」



 くそう!

 俺を踏み台にしてクラス中の笑いを独り占めにしやがって!


「うはははははははははははは!!! てめえが発生源じゃねえか!」

「……なんだか分からんが、騒ぎの元凶は保坂か?」

「こら待て」

「立っとれ」

「一年最後の授業にいつもの展開じゃ盛り上がらねえだろう。ドラマなら、意外な展開から第二章に続くもんだぜ?」

「残念だったな。俺はニュースか時代劇しか見ない」


 と、言うことは。


「予定調和の、何も面白くねえお約束展開?」

「結構面白いぞ?」

「……そんなに言うなら、今度見てみるよ。今日はいい」

「そう言わずに。今すぐ試せ」



 こうして俺は。

 一年生最後の授業も。


 廊下で過ごすことになった。




 三月二十五日(木) 十四センチ

 アルストロメリアの花言葉

 小悪魔的な思い

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る