きっとこの物語の真のヒロインじゃない私のコイバナ

七四六明

私のコイバナ

 初めて会ったのは、小学五年生の時。

 同じクラスになってからしばらくしての席替えで、隣の席になった事がきっかけで、友達になったし、好きになった。


 一目惚れ、とも少し違う。だけど、特別好きになるきっかけとなるイベントがあったわけでもなくて、いつの間にか――直感的に好きになっていた。

 それが私、薬師寺やくしじ実里みのりの、医王いお涼真りょうまに向けた初恋。


 だけど、彼は私以外の女子からも好かれていて、クラスでいつも中心にいるような女子からも親しまれて、何人かから告白もされていたけれど、彼が首を縦に振った事はなく、他の男子から言い寄られるような女子からの告白さえ、首を横に振ったと聞いた。


 私には告白出来る勇気も無ければ、受け入れて貰える自信さえなくて、私は自分の居場所を、彼の友達と言う位置に定めて置き続けた。

 置き続けたまま中学生になって、同じ高校に行って、高校二年生になった。


 彼の側にいたい一心で彼と同じ高校入試を受けて、何とかギリギリ合格した。そのために彼と一緒に勉強したのは、今でも良い思い出だ。

 高校一年、二年と同じクラスにもなれたし、このままの関係性でも良いとさえ思っていた私の平穏は、突如として打ち壊された。


 彼女――假屋かりや真衣まいの転入によって。


「は? 海? だらしない。鼻の下伸ばして、水着の女子でも眺めたいだけなんじゃないの?」

「被害妄想が甚だしいなぁ。心配しなくても、おまえの水着とか期待してないから大丈夫だ」

「はぁ?」

「何だ? 何か文句でもあるのか? ん?」

「ま、まぁまぁ……」


 こんな風に、最初は仲が悪かったのに、次第に二人の空気は良くなっていって、私が喧嘩の仲裁を取り持つ傍ら、二人を繋ぐ役になってしまって、友達として仲良くなってくれるのは嬉しかったけれど、でも――


「私、涼真の事……好きかもしんない」


 真衣の口からそんな台詞が出て来た時には、心境は複雑だった。

 二人が仲良くなってくれるのは嬉しい。けれど、二人がもしも付き合って、好き合っていく関係になると、胸がきぅ、と絞られるみたいで痛くなる。


「実里も真衣くらい押していかないと、医王君取られちゃうよ? もっと積極的にアプローチしないと」

「小学校の頃からの片思いだもんね! 頑張れ!」

「う、うん……ありが、と……」


 相談に乗ってくれた友達は私を勇気づけて、励まして、アドバイスもくれた。

 時々大胆過ぎる水着を着せて来たり、胃袋を掴めと彼に手料理を振る舞う機会を与えてくれたり、文化祭の買い出しの名目で二人きりで出掛けさせてくれたり。

 私では踏み出せない一歩を踏み出させてくれた。


 けれど、スタイルなんて真衣の方がずっと良い。

 料理の腕は最初、私の方が少しだけ上だったかもしれないけれど、負けず嫌いの真衣は私と一緒にたくさん練習して、気付けばあっという間に抜かれてた。

 文化祭でも、真衣がクラスの中心となって、医王くんと一緒に盛り上げてくれていて、私は、彼の隣にさえいなかった。


 思えば夏休み、友達みんなで海に行くことが決まった日から、真衣は医王くんの事を意識していたんだと思う。

 水着でも誰より、医王くんに似合うと言われて嬉しがっていたし、料理の腕だって、医王くんに認められたいからで、文化祭だって、医王くんと一緒だったから頑張れたって本人で言っていた。


 そして医王くんもまた、真衣の事を意識しているみたいだった。

 医王くんの事はずっと見て来たし、ずっと一緒にいたからわかる。視線が真衣の事を追い始めて、自然と身を寄せる距離が近くなって、近過ぎると照れて顔が赤くなって――直観的に、わかってしまう。

 彼の事を知っているから、彼の事を好きだからこそ、わかってしまえる。なんて皮肉な話なんだろうと、悲しくなり、空しくなった。


「落ち込む暇あったら、さっさとケジメ付けて来なきゃ。告白するの? しないの?」

「した方が良いよ! 絶対後悔するよ!」


 そう、しなきゃ絶対に後悔する。

 した方が良いのはわかってる。しなきゃ前に進めない。

 七年間もチャンスがあって、ずっと出来なかったせいだ。出来たはずなのに、ずっとしようとしなかったせいなのだ。

 七年もの間、一歩踏み込めなかったせいでこの結果に至ったのであれば、やっぱり、自分の責任せいだ。

 友達の言う通り、ケジメを付けなきゃいけない。フラれるにしても、せめて自分の気持ちをきちんと伝えて、消化して、今後の自分の成長の糧とするべく、昇華しなければならない。


 けど、怖い。

 彼に嫌厭される事、遠ざけられる事が怖くて言えなかったのに、自分じゃない誰かを見ているから怖くないなんて事はない。

 今まで彼に告白して、フラれて来た子達と同じだなんて慰めにもならない。ただ空しいだけだ。悲しいだけだ。切ないだけだ。


 だけだけれど――このままだと私は、彼が好きなままで終わってしまう私、薬師寺実里を嫌いになってしまう。

 それだけは嫌だった。そんな私はきっといつか、私自身が壊してしまう。

 そんな衝動はないと思いたいけれど、こうして悩んでいる間も、胸が張り裂けそうだ。


 私は漫画とか得意じゃないけれど、友達に言われる。

 あなたの立ち位置は、順番さえ間違えなければ恋が実っていたと。

 ずっと隣にいて、ずっと側にいて、ずっと想いながらも言い出せないまま、真のヒロインが登場してから最後の場面まで盛り上げる引き立て役。


 長い間想って来たのに、実らない恋。そんなのは切な過ぎると言われたけれど、直観でわかる。わかってしまえる。

 そうした位置に置かれた少女達の中はきっと、切なくなど無い。

 例え自分と結ばれなくても、自分が恋を謳歌出来た事実と、彼に約束された幸せと、今後も確約された繋がりさえあれば、充分、幸せなのだと。


 重い、と思われるかもしれない。

 けれど構わない。それだけ私が、あの人の事を想っていた証だから。


 高校二年生最後の冬。

 終業式が終わった後、私は彼を誰もいなくなった教室に呼び出した。

 メールには、『話があります』とだけ書いておいたけれど、何となく察してくれただろうか。


 告白と思ってくれているだろうか。そうなら嬉しいと思ってくれるだろうか。それとも、面倒がっているだろうか。嫌がっているだろうか。

 彼の事はずっと見て知ってるはずなのに、全然わからない。

 感覚的にもわからない。ちょっと頭が痛いのも、体が熱いのも、鼓動が早いのも、全部自分の事だ。彼の事が、まるでわからない。


「薬師寺?」


 来た――あぁ、この顔はきっと。


「話って、何かあったのか?」

「……うん。来年から三年生でしょ? だから、言っておこうと思って」


 さようなら、私の恋。


「好きだよ。医王くんの事。私はずっと、医王くんの事が、好きでした」


 やっと、言えた。

 七年も掛かった。掛かってしまった。

 後は――受け入れるだけだ。


「……やられた」

「え?」

「いや、悪い。その、変な意味じゃなくて……うん」


 何で顔を背けるの?

 何で顔が、耳まで真っ赤になって。夕日のせい? いや、多分違う。

 でも、その反応は違う。想像してない、出来てない。だって、そんな顔は今まで一度もされた事がなかった。何よりそれは、あの人との間でしてた顔だったはずで。


「白状すると、な? 先週の日曜、告られたんだ、假屋に……けど、

「え……」

「俺には、好きな人がいてさ。でもなんか、色んな人にして貰ってる癖して、自分でするってなったらやり方とかわかんなくって、嫌われたらヤだなとか、このままの関係が続けばいいのにとか、色々考えてたら、今になってた……カッコ悪」


 そんな、そんな事。


「俺もおまえが好きなんだ、薬師寺。假屋の事を考えた日もあったけど、やっぱり、俺はおまえを好きでいたい。だから俺から告白しようと思ってたのに、そっかぁ……嬉しいけど、なんか悔しい気もする。なんか情けなくて、ごめんな?」

「謝らないで、いいよ……情けなくなんか、ないから……嬉しいから……」


 彼の事はわかると思っていたのに、とんだサプライズ。

 でもこれからは、もっと、彼の事を知れる。いや、知りたい。知れる関係になりたい。


「薬師寺。俺は、おまえとのこれからの関係を変えたい。だから……結婚を前提としたお付き合いを、俺と、してくれませんか」

「はい……はい……う、うぇぇぇ……」

「おいおい、泣かないでくれよ。好きな女の子を早速泣かせただなんて、これ以上は、俺が耐え切れない」


 あぁ、彼に抱き締められている。

 彼の鼓動、彼の腕の温もりは、確かにまだ知らなかった。

 直観だなんておこがましい。直感だなんてまだ早い。

 この人を知るにはまだ、私は何もしてなさ過ぎる。


 これからだ。

 これから、この人と全てを始めていこう。


 そんな関係に、やっと、なれたのだから。


「好きだぞ、実里」

「うん……うん……私も、涼真が、好き、だよ……」


 そんなわけで、私は今、彼と結婚を前提としたお付き合いをしている。

 結婚を前提だなんて言ってはいるけれど、結婚なんてまだ遠い未来に感じられて、イマイチ実感が湧かない。


 漫画の定番からは外れてしまったらしいから、幸福は約束されていないのかもしれないけれど、誰にも文句なんて言わせない。

 だってこれは、私の話だ。これから、私達の話になるかもしれない話だ。誰かの作った物語じゃないのだから、例え約束なんかされていなくても、私は彼となら――医王涼真と一緒なら、幸せになれると信じてる。


 そう、私の直観が告げている気がするから、私は今日も、彼の隣にずっといる。

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