子爵養女はほくそ笑む
山吹弓美
子爵養女はほくそ笑む
『お前は今日から、うちの娘だ』
あたしを迎えに来たというその人は、いきなりそんなことを口にした。何でも、とある子爵家のご当主様、らしい。
その人の家に養女として引き取られたあたしは、どうやら本気でこの子爵様の娘なりそれに近い関係らしい。ま、説明されても聞き流してたから詳しいことは知らないけどさ。要はあたし、お貴族様の端くれになったってことだもんね。
で、その子爵様はあたしに言い含めた。
『お前を引き取った目的はひとつだ。お前は高位貴族の息子をたぶらかして、その妻に収まれ』
あら、悪くないじゃない。
貧乏暮らしですっかり性格がひねくれてしまった自覚はあるけれど、ついでにいうと男をたぶらかす手管も手に入れている。生まれたときから貴族な人たちには顔をしかめられるかもしれないけれど、そうしないと生きてこられなかったもんね。あんたたちと違って。
貴族のお坊ちゃまをこれで骨抜きにして、適当なところに嫁入りして贅沢に暮らす……ああ、なんて夢のような話。
「うふふ、おまかせくださいませ。おとうさま」
だから、男に見せるような笑顔を見せてみたら子爵様、顔を真赤にして慌ててお部屋を出ていかれたわ。さすがに、義理の娘に手を出すほどおかしな人ではないらしい。
ま、どうせ子爵様は、あたしがたぶらかしたお坊ちゃまの実家に寄生して自分も美味しい汁を吸いたいんだろう。
だけど、別に問題ないわよね。あたしと同じこと、考えてるだけだもの。
貴族の子どもたちは、王様が作った学校に行くことが決められている。そこで他の貴族との交流を深め、あたしみたいに婚約者のいない連中は適当な相手を見繕う場所。いや、表向きは勉強する場所だけど、要はそういうことでしょ?
おとなしい平民上がりを装って、周囲を見回していたあたしの直観に来る相手がいた。
「あ」
さすがのあたしでも、あの人はよく知ってる。この国の王子様、ゆくゆくは王様になるはずの人だ。
……もし、王子様の目に止まることができれば。
いくら何でも正式なお妃様になるのは無茶かもしれないけれど、囲い者にでもなれればそこそこの地位はもらえるはずだし、そうしたら子爵様の目的も達成できるわよね。
ようし、やってみるか。
「あ、あのっ」
「? どうした? 見かけない顔だが」
「そ、その、迷ってしまって……」
不安げにふるふると震え、涙目になって上目遣い。あー、この王子様、乳母とかそこら辺に耐性つけてもらってないのかしら。顔真っ赤じゃないの。
何だ、ちょろいな王子様。大丈夫かしら、この国。
そうして王子様と仲良くなって、ついでに取り巻きの皆さんとも交流を始めることができた。あーでもこいつら、全員婚約者持ちかよ、ちっ。
ま、囲ってもらえりゃいいかな、くらいは思ってたんだけど……一度王子様の婚約者を見たときに、またピンときた。
アレ、側にいてほしくないわ。あたしが比較対象になって、どんどん落ちぶれていく。
いやまあ、王子様の婚約者、ひいてはお妃様予定なんだから当然、いろいろとやることがあるもんね。だから、すごい相手だってのは理解できる。
でも、アレとあたしを比べられたら、洒落にならない。
比べられたくない。
……いなくなれ。
「王子さまあ」
方針変更。
王子様や取り巻き共の関心を引いて、アレを排除してやる。
王妃様のお仕事なんて、他にちょうどいい相手を探してもらってそっちに押し付ければいいんだ。あたしは王子様の腕の中でのほほんと、贅沢な生活をしてやる。
「あの人が、あたしにいじわるするんですう」
涙目うるうる、男相手に媚び媚びなんてアレにはできない芸当だものね。
あたしは、あたしにできることで成り上がってやるの。
あたしの直観、きっと間違ってないから。
子爵養女はほくそ笑む 山吹弓美 @mayferia
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