ランデブー[4]

 なかなか最後の生徒のグループが来ないので、俺は少しけだるげに教室内を見まわして退屈をしのいでいた。


 以下、2年C組の動物園からお送りします。


 ~笹音たち女子生徒~


「最近推しが尊すぎてヤバい」


「それな」


「まじ一生推せるわ」


「尊すぎて最近、一周回って安田大サーカスのクロちゃんに親しみ覚えてきたんだけど」


「蘭雲それはイミフすぎて笑えん」


「あ? やるのか?」


「いいよ」


 感想:お前ら文脈無視すんなや。


 ~男子生徒&畠田~


「さーくん次プライム使ったらぼこすから」


「嫌です」


「ねー拓斗はやくコーヒー買いにいこーよ。今ならまだギリ間に合うって」


「んごぉぉぉぉ! Brand New Daysのエキスパートまじ親指勢無理ゲーなんですけどぉぉぉ」


「ムーンさん、自分で行ってきて。俺ここで寝なきゃいけないから」


「あ、にくまん。今度それ俺のチャンネルで紹介させてくんろ」


「はいさーくん雑魚乙! お前曲射狙いすぎワロタ」


「いいけど、俺音ゲーごみだよ」


「萎えたんでスプラやめますね」


「勝手に萎えてろ」


「悲し」


 感想:話題飛び過ぎてひとつもわからん。


「お前らなあ……あと5分で移動だから、ゲームすんのもほどほどにしとけよ」


 ここへきてC組の生徒の扱いを段々と理解してきたので、適当にそう告げて最低限の防衛ラインを構築する。ほーい、というやる気のない返事が、随所からちらほらとあがった。


 軽く嘆息して、教師用の日誌の内容に考えを巡らせていると、タッタッタッと生徒が廊下を走る音が聞こえてきた。C組は廊下のつきあたりだから、うちのクラスの生徒だな。


 ガラガラ、と扉が開けられる。


「おはようございますっ! あれ遅刻!? みんな結構来てるし……」


「おはよー」


「おはざーす」


 パタパタと音を立てながら、小柄な女子生徒が最初に入ってきた。その後ろから続々と女子生徒が入室してくる。え、女子生徒ってこんなに多いのか……?


 慌てて手持ちの名簿を開き、その内まだ投稿を確認していない生徒をリストアップしてみる。よく整理してみると、確かに残りの生徒は全て女子だった。マジかよ。


「あ、俺が新任の如月だ。まだみんなの顔と名前を憶えられてないから、自己紹介を頼む」


「あ、了解でーす」


 先頭の小柄な生徒がぺこりとお辞儀をした。


「遠山さくらです、よろしくです」


 このクラスにはさくらが二人いるのか。


「遠山か、よろしくな」


「はい」


 礼儀正しくお辞儀をもう一回してくれた後、遠山はパタパタと席へ急いでいった。失礼だけど、なんか小動物感が……。


「外狼唯花でーす! よろしくお願いしますっ」


 後ろにいたメガネの子も続けて挨拶をしてくる。また苗字が難しいのが……。


「なあ、えっと……外狼? 苗字で呼ばなきゃダメか?」


「ええっ!?」


 俺がそんな提案をすると、お手本のようなリアクションで驚いてくれた。あ、すごい。


「そ、そんな……アプローチが熱烈っ!!」


「あ、いやそんなんじゃないんだが……」


 だがどうも誤解しているらしく、頬を赤らめて体をクネクネさせている。違うってば。ガチだったら俺、捕まるから。


「あー……先生、コイツは結構妄想激しめなんで。これが通常運転ですよ、気にしなくて大丈夫です」


 こちらの苦労を察してくれたのか、佐藤が横から小声でそうアドバイスしてくれた。そうだったのか。変質者と間違われてなくて良かった。


「あー、えっと……唯花、よろしくな」


「きゃーっ!!」


 疲れる……。


「ええと、次は……」


「あ、宮永燈華ですっ」


 隣のツインテールの女子生徒が、笑いかけてくれた。あ、マトモそう。


「宮永か、よろし……んん?」


 パッと見わからなかったが、宮永が何かを頭に乗せていた。


「あ、この子ですか! この子はウチのおとーふですよお!」


 と、宮永が嬉々として頭のヤツについて語り始める。いや、どう見てもそれ、人形なんだけど……。


 またもヤバいのを引いてしまったかと悟り、佐藤の方を見る。ため息をつきながらも、佐藤は解説してくれた。


「宮永の家は由緒正しい豆腐屋さんです。大目に見てやってください。普段はいいやつですから」


 由緒正しい豆腐屋さんとは。俺、その単語人生初エンカウントだわ。


「——それでこの子の好きな食べ物その二十九はですね、」


 いや、共食いアリなのかよ。


「はいはい燈華ちゃん、続きは後で」


 隣の女子がぎゅうぎゅうと宮永を押しのけている。キャラ濃すぎな。


「うちら、移動まで時間がないんでまとめて言っちゃいますね。うちが睦月紫音」


 宮永を押し出していた生徒が、少し早口にそう名乗った。


「んで、こっちが本川翔子、しょーらちゃん」


「よろです!」


「こっちは戸塚のあ、のあち」


「のあちだよー」


 あ、こいつが例のヤバいやつか。


「んでこっちが新蕎麦ひまり、蕎麦茶が好きな新蕎麦で覚えてあげてください」


「雑だね」


 菩薩の笑みでそう新蕎麦に突っ込まれる睦月。赤い髪のラインを入れてるのが睦月で、ぶちメガネが本川で、だぶだぶ制服が新蕎麦か。


「わかった。三人とも、よろしくな」


「はーい」


 実は外見の特徴と結びつけた方が覚えやすいと学習したので、意図的に全員の特徴に傾注していたのだが……。まあ、効果はなくはなさそうだな。


「じゃ、時間もないから手早くホームルームは終わらせるぞ。俺は如月彰造、今日から2年C組の担任になる。今年が教員一年目だから至らぬことも多々あると思うが、大目に見てくれ。これから一年間、よろしくな」


 全員が集まったことを確認して、俺は手早く自己紹介を済ませた。


「せんせーい! 青山がまだ来てません」


 ――確認したはずだったが、笹音によるとどうやらまだ来ていないやつがいるらしい。誰だ。


「ええっと……青山、なんだこの下の名前は?」


あひるです。DQNですよ」


 毎度のごとく佐藤が補足してくれる。ありがとう、友よ。


「青山は、いつも遅刻してくるような生徒なのか?」


「いや、特に……」


「あひる、なんか言ってた?」


「いや」


「誰にも連絡していないのか。わかった、この件はこっちで処理する。お前らは、始業式があるから移動してくれ」


「はーい」


 この場に姿を見せていない青山の欄に遅刻と書き加え、俺は名簿を閉じた。


「あとさんご、お前はスイッチは置いてけよ」


「ちぇっ、バレたか」


「畠田、お前もだ」


「え、なんのことっすか――いったぁ!? ねーにくまんやめてよ!」


「草」


「おい涼太、草生やすなや」


 相変わらず騒がしい畠田を一喝する。おとなしく隠し持っていたスイッチを差し出してきた。お前、ホントに持ってたんかい。


「じゃ、移動しようか」

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2年C組、カオス組! おとーふ @Toufu_1073

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