ランデブー[3]

「——ぃぃぃぃんんん!!」


 あ、終わりましたね。


「ちはーっす! さくら参上!」


 大爆発のような喧騒とともに、勢いよく教室に飛び込んでくる生徒。せっかく綺麗にした椅子が、既視感と共に吹っ飛ばされた。おい。


「今日も三度寝、成功しましたー!」


 そう言って、誇らしげに胸を張っている。お前それ、全然誇れるようなことじゃないからな。遅刻してないだけいいけど。


「おーい、さーくん。壊さないでねー」


 と、間延びした声が彼女の後ろからかけられる。ひょこっと小さな顔が肩の後ろから飛び出した。


「お、新しい先生じゃん」


「お前たちは……?」


「はいはいはーい! 2年C組の畠田さくらでーす!」


「OK、ちょっと黙ろうか」


「むがーっ!?」


 朝から爆音を垂れ流す畠田を、笹音と蘭雲の二人が連行していった。お疲れ様です。あいつ、漫画みたいにじたばたもがいてるなあ。


「2年C組の篠崎菜々美です。みんなからは、なーちゃんって呼ばれてます」


 後ろのちびっこい生徒にも挨拶をされる。あ、見た感じこいつも常識人の風格だね。


「あ、なーちゃんなーちゃん。お前も今日の夜スマブラな!」


 さんごがスマホをピコピコしながら言った。何普通にスマホで遊んでんだよ。


「え? 私、スマブラ持ってないんだけど」


「だってなーちゃんリアルファイトだと一番強いじ――イッタァ!?」


 以下、観戦していた如月による解説です。


 まず、さんごが篠崎をスマブラに誘う。篠崎はやんわりと拒否。


 ここで、さんご強硬手段に出る。リアルファイトについて意気揚々と語りだした。


 リアルの戦闘力の話を持ち出した途端、篠崎の裏拳がさんごの頬にクリーンヒット。そのまま目にも止まらぬ速さでのどぼとけを捉えた。


 篠崎のKO勝ち。


「リアルファイトがなんだって?」


 あー、こいつもそっち側の人間か。把握。


「ちょっ、なーちゃん首はまずいって! 首はダメ首はダメ」


「……?」


「とぼけるなって、ちょガチで死んじゃうぅぅ!」


 こいつら、メンタル強いなあ。


 遠い目をしながらそんなことを考えてみる。なんか、めっちゃしっくりきたわ。


「はいはい、暴力はやめてなー」


 保育園の先生気分で暴力沙汰の仲裁に入る。割とガチの目をして威嚇する篠崎と、離れた途端に煽り散らかすさんご。どっちもどっちだな、こりゃ。


「……っていうか、さんごの本名ってなんだ?」


 ふとそれが気になり、手元の名簿を再度確認してみる。


「パブロ=ゴ=サンって……え、お前外国人!?」


 今日イチ驚いたわ。こいつガチで何者?


「そうっすよ。留学生で生徒会長の超絶有能さんご君っす!」


「留学生って、生徒会長になれるのか……?」


「あ、それは――」


「こいつの言ってるの全部ウソだよ。両親どっちも日本人だし、生まれも育ちもジャパン」


 脇から正しい情報を流してくれるにくまん。じゃあ名前どうしたんだよ。


「——でさー、そしたらまたあふらっくパイセンがケンタッキーの職員に連れてかれてさー」


「あいつもうケンタで働けばいいんじゃねえの」


 教室の端では、まだ女子たちが世間話を続けていた。だから、所々ヤバそうな単語が混ざるのは何なの? 俺事情知らないからすっごい恐怖。アフラック生命保険株式会社とKFCコーポレーションの企業戦争かな。池井戸潤に出てきそう。


「おいさーくん、お前プライムもう使うの禁止な。使ったら叫ぶから」


「そんな理不尽な」


「おっしゃスクイク全部カンストした」


「は、お前ふざけてんの?」


「しょうがないじゃん神様の意地悪だよ」


「さんごお前それ言えばなんとでもなると思ってんだろ。解決になってないからな」


 エトセトラエトセトラ……。いつの間にかたむろっていたもうひとつの集団をちらっと覗いてみる。


 おい、スイッチやってんじゃねえよ。スプラかよ。分かるよ楽しいもんなでも流石に学校ではまずいんじゃないか。


「お前らなあ……ちょっとは高校生らしく振る舞ってくれよ」


 嘆息しながら俺はそう諭した。常識を疑いたくなるような行動に、頭を抱えたくなった。


「せんせーい! 高校生らしいって何ですか?」


「そりゃあ……えっと」


 だが、月影のその一言に頭を殴られたような衝撃を覚える。


 高校生、らしい……?


 考えてもみなかった。俺が高校生の時ぐらいから漠然と胸にあっただけで、一度も自分で査証しようなんて思わなくて。


「……なんだろな、高校生って」


 予想だにしなかった感傷に、素直に身を任せる。


「あ、先生もしかして泣いてますぅ?」


「ちょっとさんご、やめなさいよ」


 ニヤニヤとこちらを見つめてくるさんごと、慌ててそれを引き戻す笹音。今回ばかりは、さんごの突飛な行動も許せてしまいそうだった。


「……いや、俺は泣いてない。まだ来てない生徒はいるか」


 目尻に浮かびそうになった水滴をこらえ、俺はジャケットのボタンを外す。火照りを誤魔化すように、ジャケットをそのまま脱いで教員机に乱暴に放った。


「まだあと5人くらいいないよ」


「了解」


 果たして、残りのやつらはどれだけカオスなのか。


 少し期待もしながら、俺は教卓に身をもたれさせた。

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