ランデブー[2]

「おはー」


 間延びした声と共に最初に教室に入ってきたのは、二人連れ立った男子生徒たち。一人は長身で、もう一人は特徴的な三日月のバッジをつけている。


「おはよう。新任の如月だ、よろしく頼む」


「おお、新しい先生すか!? いいっすねー、ヨロシクです! あ、俺は月影っていいます」


「ほぇー。また変わったのか先生。あ、俺は拓斗です。迅拓斗」


 愛想よく会釈してくれる二人。おや、この二人は今までと違って少し常識的なところがあるようだ。


 そんな失礼なことをぼんやりと考えながら、俺は手元の生徒名簿に目を落とす。月影涼太と、迅拓斗か。


「二人は仲良しなのか?」


「え? まあ、よく一緒に登校はしますね、うん」


 ふと疑問に思い訊いてみると、拓斗が若干しどろもどろになりながらも答えてくれた。


「——こいつらはいっつも一緒だからなー」


 とそこへ、ぼさぼさ君が横槍を入れてくる。えーと、こいつはにくまんって呼ばれてたやつか。本名は……二久山、楓奏? なんじゃこりゃ、下の名前が読めねえ。にくまんのまんまでいいか。


「おいにくまん! そういえばお前昨日また俺にスタ連しただろ!? 今日こそ許さないからなあ!」


 にくまん少年に触発された拓斗が、背負っていたリュックを放り出して掴みかかった。それをひらりと躱し、縦横無尽に逃げ回るにくまん。んな、あほな……。まあ、正直驚きはしないけどもね。


「ったく、朝から元気だねえ……」


 隣の月影が呆れているのを見ると、やはり拓斗もどっちかというとそっち系の枠らしい。ああ、常識人が減っていく……。


「あ、ムーンさん、今日の夜スマブラ一緒にやろうよ」


「把握」


 何その業務連絡みたいな会話。


 にへら、と笑う茶髪君に、理事長のとは比べ物にならないくらいかっこいいウインクを返す月影。こいつもムーンでいいか、面倒くさいし。


「はーい、さっさと席につけー。まだ生徒は来るんだろ?」


「来ますー」


 やっぱ緑のリボンの生徒は信頼できるね。名前はっと……れ、零翠? 苗字わかんないから、さっき呼ばれてた笹音でいいか。


 おっし、大分名前覚えたぞ。ちょっと嬉しい。


 割と生徒たちに引かれそうな感じで小躍りしていると、またもや扉が開いた。


「——おはよーございますぅ」


 いかにも眠そうな表情を抱えて入ってくる男子生徒、真面目そうなメガネの男子生徒、そしてなぜかポケモンのヤドンのキーホルダーを大量につけた女子生徒が、一緒に教室に入ってくる。


「おはよう。新任の如月だ、軽く自己紹介を頼む」


「んぁ……大葉玲ですぅ」


 ゴシゴシと目をこすりながら頭を下げる生徒。大葉か、覚えやすくて助かる。


「佐藤舞太です。学級委員長をやっています」


 見た目通り真面目に自己紹介をしてくれる、黒メガネの生徒。佐藤か、ポピュラーですね。別に日本全国の佐藤さんをディスってるわけではないです。


 第一印象は、笹音の男子版みたいな感じか。

 

「おあざいまーす、福獅子舞です。三度の飯よりヤドンが好きですはわわあああああかわいすぎいいいいいいいぃぃぃぃぃ」


 ごめん、大葉と佐藤。福獅子のインパクトが強すぎてお前ら二人とも吹っ飛んでしまった。


 急にリュックからヤドン人形を取り出してはすはすし始める始末。こいつはやべえ。ブラックリストに載せておこう。


 荒ぶる福獅子を引きずりながら、佐藤が席へと赴いた。大葉は既に着席してるな……いや、あの感じは机に突っ伏しておねんねしてますね。最悪。


 と、その前に座る蘭雲を見てとあることに気がつく。


「あれ、なんか……笹音と顔似てね?」


「うちら、双子ですから」


「は?」


 まさかの事実。お前ら双子かよ。道理で気が合うやつらだなあって思ったわけだ。あ、てことはこいつら二人ともあの読めない苗字なのか。よし、こいつも名前呼びで決定だな。


「これで9人……てことは、まだあと10人ぐらいいるのか」


 名簿を確認すると、まだ来ていない生徒が複数名いることがわかる。頼むから、これ以上ヤバいやつを増やさないでくれ。


 そう神に念じていた俺の努力もむなしく、廊下から何やら騒がしい声が聞こえてきた。


「——ぃぃぃぃんんん!!」


 あ、終わりましたね。


 諦念に支配された俺の横の扉が、勢いよくガタンと開かれる。




「ちはーっす! さくら参上!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る