ランデブー[1]

「——おはようございます!」


 精一杯大きな声と共に、俺は教室の扉を開けた。


「——危ない!」


「ほぇ?」


 本日二度目の間抜けな声を出す俺、声を張り上げる女子生徒。


 刹那、目の前の空中を椅子が通過する。そのまま椅子は壁に派手にぶつかり、ガッシャーンと大きな音を立てて落下していった。


 え、なにこれ、ストレスで胃に穴が開きそう。


「おいさんご! 危ねえじゃねえか椅子投げたら!」


 すると、教室の奥から駆け寄ってくるぼさぼさ髪の男子生徒が視界に入った。彼が鬼の形相で詰め寄る先には、茶色がかった髪の男子。耳をほじくりながら、どこ吹く風で受け流している。


「……だって椅子って凶器じゃん」


 さんご、と呼ばれた男子が、外国人らしきイントネーションでそう呟いた。


「お前の頭が狂気だわ!」


 それは全力で同意だな。


 ぼさぼさ君と外国人君の漫才のようなやりとりに、俺は唐突な脱力感に包まれた。なにこいつら、朝から椅子投げて遊んでんの? 頭おかしいんじゃねえの。


「さんご……。今日は新しい先生が来るんだからおとなしくしてなさいって、さっき校長先生に言われたばかりじゃない! ほんと、懲りないわね……」


 すると、先ほど注意を叫んでくれた女子生徒も近づいてきた。特徴的な緑色のリボンを頭につけている。この生徒は面倒見が良さそうな感じだな。俺の勝手な感想だけど。


「えー、だってそういう笹音もめっちゃはしゃいでたじゃん、蘭雲と」


「よき」


「らーうん! 適当に相槌うたないでよ!」


 笹音、と呼ばれた緑のリボンの生徒が、既に席についていた新たな女子生徒につっこんだ。


 やばい。正直、嫌な予感しかしない。


「……えっと、ここ、2年C組であってる?」


 とりあえずそこだけ確認。頼むから違うと言ってくれ。


「そうですよー」


 くそが。


「マジかよ……C組ってこれ、どうなってんの?」


「先生、頑張ってくださいねー。C組は問題児が多すぎるんで、3年間クラス替えなしなんですよ」


 蘭雲と呼ばれていた子にそう諭され、俺はがっくりと肩を落とす。なんだそれ、聞いたこともないんだが。


 ということはつまり、俺は厄介役を綾瀬理事長に押し付けられたわけだ。あのジジイめ。


 ざっと見た感じ、教室内にはまだ4人の生徒しかいないようだった。残る16の席を見て、こいつらが5倍になると気づき軽く絶望する。


「なあ、ひとつ聞かせてくれ」


「なんですか?」


「お前ら、本当に高校生だよな?」


「……」


 ねえ、静かに目を逸らさないで。せめて目を見て何か言ってくれ。ねえ。めっちゃ不安になるんだよ。


「……まあ、それは一旦置いておきましょう」


 あの真面目な緑のリボンの生徒までもが曖昧に返事をしてくるありさま。


「割とさておきたくない事実だけども」


「ほらほらっ、どうせ今日のホームルームで自己紹介しますから、今はさんごを刺激しないでください」


 おお、すごい。なぜかわからんが、さんごという名前を聞いた途端に追及する気が失せた。やばいな、茶髪君。


「……わかった。じゃあ俺は、おとなしくここで登校してくるやつらを見ていることにするよ」


 悟りの境地に至ったので、俺はおとなしく教卓に留まることにする。荒ぶっていた椅子を拾い上げ、もとあった机のところに戻した。


「——なあなあ、にくまん。あっちむいてほいしようぜ」


「えーなんでさ」


 と、一段落ついたと思われたぼさぼさと茶色の論争に新展開が。この二人に関わるとヤバそうだと野生の勘が告げているので、俺は何も言わずに二人の行く先を見守った。


「俺からな。あっちむいて――」


「ちょっ、さんご、お前割り箸で何するつもりだよ!?」


 あ、やっぱりね。もう驚かないわ。


 案の定、茶色はどこからか先の尖った割り箸を出してきて、ぼさぼさにつきつけた。


「何って、あっちむいてほいだけど」


「ぜってえ違えだろ!」


 恐怖で逃げ回るぼさぼさと、満面の笑みで追いかける茶色。俺は、心の中でぼさぼさに同情する。南無阿弥陀仏。


「——でねー、またのあちがいきなり叫んでねー」


「さすがのあちだなー」


 一方の女子二人も、世間話に興じているようだった。でもやっぱりC組らしく、リボンの生徒の口から、叫ぶとかいうおよそ世間話には登場しない単語が聞こえた。うん、知ってた。


「その後はアンパンマンマーチを合唱してたら寝落ちした」


「わかる」


 いやわからねえよ。今どきの女子高生ってアンパンマンマーチ歌いながら寝落ちするの? あとお前も相槌うってんじゃねえよ。絶対わかってないだろ。


 展開が急すぎる生徒たちに心の中で一通りつっこみをいれていると、ガラガラと扉が開く音がした。おっ、次の生徒か。どうせネジ外れてるやつばっかりなんだろうけど、次は誰だろうか。


 そんな思いを馳せて、俺は入ってくる生徒を待った。


 不本意ながらも少し楽しいと感じてしまっている自分に、にやけながら。

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