当たるとも 当たらずとも

いちご

当たるとも 当たらずとも


 ここは総合アミューズメントパーク内にある占いの館。タロット、占星術、四柱推命、姓名判断、手相に顔相、カバラ――それはそれは多種多様な手法を用いて常駐している占い師たちが迷える者たちへの指針を示す場所。


 信じる者もいれば、疑う者もいる。


 これから先の運命など正しく分かる者など本来はいない。

 選ぶのは本人。

 後悔も成功もその者だけのもの。


「あの、あの」

「はい」


 ヨレヨレのスーツに歪んだネクタイ。小太りで眼鏡の男は若いともそうでもないとも判断しがたい見た目をしていた。

 丸顔に団子っ鼻。大きな四角い眼鏡の奥の目は円らで、閉園間際の時間帯であるのに口周りが髭もなくつるりとしているところを見ると存外と年若いのかもしれない。


「僕、起業しようと思っているのですが!いつ頃がいいか占って欲しくて」


 どういうジャンルの職種なのかは知らないが、今のご時世で動くということはかなりの自信があるのか、それともただの無謀な男なのか。

 しかも「起業しても大丈夫かどうか」の相談ではなく「いつが相応しいのか」という内容で、紀恵きえはベールの下で薄く笑った。


「それは年内で、ということでしょうか?」

「そうですね。できればその方がいいのですが、一番いい時期があるのなら数年先でも構いません」


 よろしくお願いしますと頭を下げた男から手渡された個人情報に紀恵はさらっと目を通す。


 名前は北澤 祐介。生年月日は1995年〇月〇〇日。出生日時。出生地。


(おっと、これはちょっとよろしくない感じだわ)


 残念ながら仕事運が悪い。失敗、裏切り、天災ときたら紀恵は起業することを諦めるようにう促すべきなのだろう。


 無邪気に成功すると信じている相手に「上手くいきませんよ」とはっきり言うのは心苦しい。

 元々感受性の強さや相手を尊重するといった人としての魅力は備えているし、基本的に真面目で努力家であることからもそこそこ上手くはいく可能性はあるが。


 いかんせん総各が大凶で人生の終盤に波乱が起きると出ている。


 四柱推命でも似たような結果で、そこそこの成果しか望めなさそうだ。


「手を拝見しても?」

「あ!はい」


 出そうとした手を一旦引っ込めて北澤はズボンで手を拭ってから紀恵の前にずいっと差し出してきた。

 指をぐんっと広げて。


「どうですか?」


 ふっくらとした手を見ながら少しでも良い線がないかと探していると随分と近くで北澤の声がした。びっくりして顔を上げると恋人の距離に相手の顔があった。


 思考が止まる。


 小さな目の向こうに紀恵の姿が映っていた。その中にいる紀恵がなにかを言っている。


(なに?なんなの?)


 読み取ろうにも北澤の瞳は小さすぎてイラついた紀恵はぐっと近づいて――四角い眼鏡に額をぶつけた。北澤が「うわっ」と叫んで目を閉じたのであの紀恵がなにを伝えたかったのか分からなくなってしまう。


「痛たたっ……あの、で、どうなんですか?」

「分かりません」

「え?」


 眼鏡を外して北澤は鼻パッドの当たっていた場所を擦る。そうしながらこちらを見た北澤の目はさっきよりも大きくてどきりとした。


 そこにまだ。

 紀恵がいた。


 今度こそ分かる。


 だがそれを伝えるべきかどうか。

 激しく悩む。


 北澤は中盤から晩年にかけての運勢がすこぶる悪い。人が好すぎて人に騙され多額の借金を背負う。離縁という結果が待っていることも紀恵には分かっている。


 だけれどそれがなんだ。

 分かっているのならやりようがある。


 それが紀恵にはできるのなら彼のために一肌脱いでもいいだろう――なんて決意したことを未来で後悔するかもしれない。


 でも本来占いは「当たるも八卦、当たらぬも八卦」である。


 今、感じたことを紀恵は信じたい。

 だから北澤の手をそっと両手で包んで。


「結婚を前提にどうか私とお付き合いしていただけませんか」

「え?え?ええええええええええ!?」


 戸惑いからの絶叫にそれは当然の反応だろうと被っていたベールを脱いで紀恵は笑った。



 


 

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