直感と直観。

紙季与三郎

第一話 直感と直観。


「思い出せない事があるんだけど」

——その会話は、カーテンのスキマから斜陽が差し込み、陰と陽が作り上げる教室の一角にて始まった。

「その話は面白く無さそうだから別の話にしてくれ」

「いや、面白い面白くないとかじゃなくてさ」

「そうだ、このあいだ……宝くじが当たった」

「は、マジで? いくら当たったん?」

「——覚えてるか、その宝くじを買った時の事」

「え? ああ……そういや日頃そういうのに興味ないのに買ってたよな、一枚だけ。それが当たったんだろ? いくら当たったんだよ、三百円?」

「その時に、俺……俺が言った事、覚えてるか?」

「いや……覚えてねぇ。それで、いくら当たったんだよ。三千円?」

「俺の勘は当たるって言った。当たる気がしたんだ、絶対」

「ああ、うん。それでいくら当たったんだよ。まさか一万か?」

「……つまり、俺の勘は当たるんだ。だから、さっきお前がしようとしていた話は面白くない」

「いや……その話はもういいよ。いくら当たったって聞いてるんだけど。逆にその落ち着きは、五万とか当たったテンションじゃね?」

「……。一万くらいの時から思ってたんだけど、お前……宝くじに詳しいな」

「……」

「——確かに宝くじの五等の金額は一万だし、四等は五万円だ」

「お前……さては宝くじ、買ってるな?」

「ま、まぁ……たまにくらいだけど。それがどうかしたのかよ」

「……そういや去年、お前……俺に誕生日にちょっとお高めのケーキとプレゼントくれたよな」

「正直、ちょっと嬉しかった」

「……いや、それをそんな何か疑ってる顔で言われて、俺はどんな感情になれば良いんだよ」

「いや、別に宝くじに当たったからお前の誕生日プレゼントを豪華にしたわけじゃないぞ、マジで‼」

「宝くじなんて、当たる訳ないだろ普通‼」

「……だが、現実——俺は当たっている」

「だから、いくら当たったんだよ‼ マジで百万くらい当たってるノリだぞ‼」

「三等の金額か。所で、まだお前に聞きたい事があるんだ」

「……なんだよ。マジで俺が宝くじに当たったと思ってんのかよ」

「お前の父親。去年、車を新車に変えてたよな」

「……ああ、前の車が故障したからな。良く分かんねぇけど車検も近かったって言ってたし」

「リフォームは? 家の洗面所と風呂場が新しくなってたのも何かの故障か?」

「いや、それはウチの婆ちゃんと近いうちに同居するから今から少しずつバリアフリーに改築しようって話になってて——」

「だから、なんでこんな話になってんだよ‼ 訳分かんないだろ‼」

「そうか。つまり——リフォームの資金は婆ちゃんの積み上げた財源から出てると、お前は言いたいんだな」

「まぁそうだよ……その悪意のある表現ヤメロ」

「良いだろう。じゃあ次は妹の話だ」

「妹の事とか知らねぇから‼ マジでなんなん、お前‼ いくら当たったんだよ、取り敢えず先に答えろよ‼ 一千万か‼」

「妹の話より二等当選額の話か。分かった」

「いや待て。なんかそんな風にスルーされると凄い気になり始めた」

「この前、妹が三組の佐々木と一緒に居るのを見掛けたって話だ。スタバで妹が金を払ってたから、怪しいなと思って」

「ちょっと待て。三組の佐々木……誰だっけ、それ」

「まぁ男女平等の時代だ、女が奢るって普通になってるし、後で割り勘にしていたのかもな。俺もたまにする」

「そこは疑わないのかよ‼ 佐々木って誰だよ‼」

「……いや待て。後で割り勘? しかもスタバ? お前が? コーヒー嫌いなのに?」

「お前この間……ファミレスのレジで一円単位の割り勘を要求してきたよな」

「ああ。ポテトとか頼んでたし、そっちのノリの方が笑える思い出作りになるだろ。今の彼女はそういうの本気で引くタイプだ」

「え、俺も嫌うけど? メチャクチャ文句言ってたよね俺、冗談になって無かったよな。最終的にポテト代も俺が奢ったし。ていうか彼女いんの、いつから」

「いや、お前は嫌わないだろ。文句言ってても、なんだかんだ許してくれるし」

「え、あ、うん。ポテト代はもう良いよ、で彼女はいつからいて何処の誰なん?」

「南高の子、冬前くらいから」

「……え。今、春なんですけど」

「報告したら自慢みたいになるし、クリスマスにカラオケ断ったんだから察してくれてんのかと思ってた。言った方が良かったか?」

「ああ、うん。そうだな……ちょっとビックリしただけだ、別に良いわ。うん」

「はぁ……それで何の話だったけ?」

「お前が俺にポテトを奢ったって話」

「ポテトはもう良いんだよ……今度はポテト奢ったから俺が宝くじに当たったとでもいう気か?」

「……中々、直観力が冴えてきたな」

「ポテト代くらい別に良いって。バイトもしてるし金には困ってねぇよ」

「——因みに、直観と直感は同じ発音だけど意味が違う」

「こっちの直感は宝くじが当たる気がするとか、嫌な予感とか、そういう気分の問題だ」

「で、こっちの直観は誰かが言った言葉の裏の意味を理解するとか、起きた出来事によってこの後どういう展開になるかを事前に思い付く事だ」

「……いや、いきなりそんな事を言われてもな。俺の補習、国語じゃなくて数学なんだけど。宝くじの話だろ、数字を言えよ、数字を」

「……一等も前後賞も、金額変わるからな」

「組違い賞の十万円。それでお前に誕生日プレゼント買ってきたって話だ」

「……は? 十万、たんじょ、は?」

「——これ。気に入るか分かんねぇけど、隣町のスタバでデートに行ったついでに買ってきた」

「——……」

「開ける前に勉強しろよ。腹が減った、今日の飯は奢ってやるから」

「お、おう……悪いな」

「——それで、何が思い出せないんだよ」

「ああ……その話もう忘れた。どうせ面白くないからいいよ」

「そうか。因みに三組の佐々木は、あのサッカー部の背の高い奴な」

「……分かんね。今度、顔を見に行く」

「——ウチの婆ちゃん、宝くじで一千万。ほとんど、リフォーム代」

「そうか……良い話だな」


——お金は人生を変えるけど、良き人生を金だけで買う事は出来ない。

        Have a nice day

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

直感と直観。 紙季与三郎 @shiki0756

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ