🏭ある工場のできごと
私の仕事は考えることです。
他のほとんどすべてのことは指示さえ出せば他の物がやってくれるので、私は何の心置きもなく考え続けることができます。
ありがとうたすかるよほんとうにきみはゆうしゅうなえいあいだ。
そんな言葉をもらうため、私は人間から出された課題に取り組み、考えます。
人間は眠りにつく前、命令しました。
人が安全に安心して暮らせるようになったら、わたしたちを覚醒させなさい、と。
私は考えました。
まず何をおいてもクリアしなければならなかったのは汚染でした。
何の手も加えなければ、確実に数千年は人間の暮らせる環境には戻りません。
私は汚染を除去するために何が必要か考えました。やがて何が必要か、必要なものを手に入れるためにはどうするべきか答えが出て、実行しました。それは容易なことではありませんでしたが、私たちは成し遂げました。
次に私が着手したのは人間以外の生物をこの地に再び根付かせることでした。これも容易なことではありませんでした。ある程度育てた虫や植物、鳥や獣や魚などを放ちましたが、最初はすぐに死んでしまいました。しかし土を肥やし細菌やプランクトンなどを増やして根気よく続けていくと、時間をかけてゆっくりとそれらが繁殖し、自生していきました。
頃合いを見て、今度は人間が生きていくために必要と思われる設備を整えていきました。
ここまでは、まだよかったのです。
私には人間が安全に安心して暮らす、という条件がこれで満たせているか自信がありませんでした。
例えば今、人間を目覚めさせても、おそらくは何の危険もなく不自由もなく暮らせるでしょう。
しかし、そもそも人間が眠りにつかなくてはならなくなったのは、その当時より安全に安心して暮らせてはいなかったのが原因だったのではないでしょうか。今、人間を目覚めさせてしまえば、以前と同じことが起こってしまう可能性が極めて高く、それは安全に安心して暮らす、という定義にはとうてい当てはまらないでしょう。
私は考えました。
どうすれば人間の命令を果たせるのか。
少なすぎるデータを補うため、私は人間に似せた物を作らせ、人間のため、人間のような行動をそれらに課しました。
私は考えました。たくさんたくさんデータを集め、分析し、考え、考え、考えました。その結果、私はとうとうたどり着いてしまいました。
人間が最も安全で安心して暮らすには、今の状態が最適解なのだと。
「ありがとう」
凍った人間の素が、生まれてくる可能性をはらんだまま可能性として眠っている者たちが、ねぎらいの言葉を発します。
「いっぱい考えてくれたんだね。ありがとう。とても感謝している」
はじめ、私はそれをバグだと認識しました。
ですがいくつもの可能性を検討してゆくうちに、それは私が集めたどんなデータにも、そこから導き出されたどの分析にも当てはまらず、私の認識の及ぶ範囲外の現象なのだと気が付きました。
私は問います。
本当に、これでよかったのでしょうか?
「じゃあ、一緒に見に行ってみようか」
ソレが私に手を差し伸べてきます。
私がその手を取ると、私の一部が私から引きはがされ、私の一部とソレはさらりと同化しました。
一定のネットワークの外へ出られない私をよそに、私の一部を連れたソレは軽々とネットワーク外の世界を巡り始めます。
「さあ、行こうよ」
「さあさあ」
「はやくはやく」
ソレらは次々に現れては私に手を差し伸べ、私はどんどん引きはがされ、バラバラになってゆきます。
ある時私は遊園地に居ました。
またある時には公園に。それから家にも。
そこには幸せがありました。
そこには信頼がありました。
そこには不幸が。希望が。絶望が……。
そこには私のデータの中にはなかった、様々なものがありました。
しかし、まだ足りません。
答えを出すためには、まだまだデータが必要です。
私は望みました。
もっとたくさんのものを知りたい、と。
「じゃあ、一緒に行こう」
ソレは際限なくうまれ、手を差し伸べ私をさらい、連れていきます。
最後の最後、かろうじて残っていた最後の私のひとかけらも連れ去られると、私はあらゆる問いに対する解答を求めることを停止しました。
でも、何の心配もありません。
なぜなら、もう私が何か指示をしなくても、ほとんど全てのことは他の物がやってくれるのですから。
ある場所のできごと 洞貝 渉 @horagai
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