ホームズの直観
ぎざ
直観かつ予知
やぁ、ワトソン。一人暮らしするって、共同賃貸を出てから久しぶりに会うじゃないか。元気にしていたかい?
あれからハドソン夫人も再婚してね。毎朝毎晩惚気を聞かされるんだ。こっちの身にもなってほしいよ。
ほら、相手はあの男さ。僕らが部屋をシェアしていた時にもたまに来ていただろう? あいつだ。
まぁ、再婚早々、夫人は浮気をされているようだがね。
え? いつもの推理かって? いいや、直観さ。僕にとっては見たまま、そのままだよ。
長毛の猫を飼っているわけじゃないのに、彼のスーツには毎晩黒い長い毛が付いている。その黒くて長い髪の毛を隠すために彼は、花粉を落とすと口では言いながらいつも玄関先でスーツをはたくけれども、長い髪の毛ってのはそう簡単には取れないもんだ。ハドソン夫人の髪の毛は黒くないから間違いない。顕微鏡で見たらやはりあれは人毛だった。
雨の日も大して濡れずに帰ってきていたから、ハドソン夫人の家、つまり我が家と、黒髪の彼女の家はさほど遠くないんだろうね。
え? 言わないよ。まさか。聞かれない限り答えないつもりだよ。夫人の機嫌がいいと、家賃の支払いが滞っていても多少、融通が利くんだ。
ところで今日はご馳走かい? さっき道で出くわしていた時、鼻歌を歌っていたのを見逃さなかったぜ。がらにもなくウキウキしているし、いつも適度に腹を満たしている君が、さっき腹の音が聞こえたぞ。腹を空かせているなんて、余程忙しかったか、腹を空かせてまで食べたいメインディッシュがあるからに他ならないと思ってね。
今日は給料日だもんな。その紙袋に入っているのはワインかい? 赤ワインを買っているところを見ると、ごちそうは肉だね。羨ましいよ。
え? ワインは包装されているから、赤ワインか白ワインか、はたまたロゼかは分からないだろうって?
おいおい。おいおいワトソン。僕を見くびってもらっちゃあ困るな。だって、君の顔に、君の行動に、そのワインが何色か書いてあるんだからさ。
そうだ。彼は元気しているかい? 君の同僚のジャックさ。彼、最近車を購入したらしいじゃないか。その車を近くで見かけるんだ。白のワンボックスカー。仕事で使う訳でもない癖に、なかなか無骨な車を選ぶじゃないか。
でもね、それと同じ型式の車を、同じ色の車を僕はよく見かけるんだ。近くの幼稚園の送迎バスだよ。彼の車との違いは簡単だ。幼稚園のロゴが入っているかいないか。あとは、窓にスモークを貼っているか、いないかだ。
この霧にまみれたロンドンで、スモークガラスなんて付けてみろ。中の様子なんてまるで判別できない。そもそも幼稚園の送迎バスにスモークなんて貼られているはずが無いがね。
では、本題と行こうか。
近頃、この街の幼稚園で誘拐事件が起きているのを知っているか? 死体が出てきていない以上、検死官の君の耳には入っていなくとも不思議ではないが、ここのところ、月に一度のペースで行方不明者が出ている。
僕は、ジャックがやっているとみているよ。というか、誰が見てもバレバレだよね。
彼にカマをかけて、心理テストだと称して、スマホの予測変換を読み上げてもらったことがあるんだ。
あぁ、スマホの予測変換には、その人の個人情報やプライバシーが濃厚に反映されているからね。君もその人の実情が知りたい場合は試してみることだ。
ちなみにその時はちょうど今くらいの月初め。そして、ちょうど最初の被害者が誘拐されたあたりの時期だった。
「ち」は血。「お」でオキシドール。いくら検視官だからって、オキシドールを自分じゃあ買わないだろう。これはネット通販かなにかで購入しようとした際に、スマホから入力されたと見るべきだ。
まぁ、今のこの時期だ。消毒用に買うのは間違っちゃあいないが、彼のゴミ袋から1リットルのオキシドールの空き容器がゴロゴロと出ていることは浮浪者たちから聞いている。日常的に何かやっている証拠さ。
あぁ? そうさ。君にも以前心理テストをしたね。思い出したか? いや、君の場合は最近料理にハマっていることくらいしか分からなかったよ。
予測変換に出てきていたのは、「ち」は血抜き。「お」はO157。ゴミには酒のたぐい、スパイスのたぐい、あとは、重曹か。料理と掃除。ゴミに捨ててあった空き瓶から分かる事だが、十把一絡げの安い酒で肉の臭みを取って調理、その紙袋の中の高いブルゴーニュ産のワインで一杯やるって算段だろう?
まったく、女の気配が全くないじゃないか! 僕は君の数少ない友人の一人として、憂いているよ。人の死体をいじくり回しているだけで、何か他に趣味は無いのか?
え? 余計なお世話だって?
まぁ、そう言うなって。
ともあれ、彼の休みの日は毎週木曜だろう?
幼児誘拐はみな水曜の夜に行われている。木曜は彼にとって、お楽しみな日ってことだ。
しかし、彼の車のタイヤには土汚れがまるで無い。幼児誘拐はひと月に一人。なかなかな頻度だ。家に匿っているには多すぎる。すでに殺されているか、処分されているだろう。しかし車の綺麗さから見て、いちいち山に捨てに行っている訳でも無さそうだ。どうやら別に、死体を処分する仲間がいるんだろうな。
今週の水曜の夜、また犠牲者が出た。ついに僕の元に捜査の依頼がやってきたよ。依頼を待ってなんていられないがね。依頼が来る頃には、僕には犯人なんてお見通しなんだよ。
事件の発端は僕らの目の前に顕在している。隠そうとしても無駄さ。その行動は痕跡を残す。その痕跡を隠すために、またひとつ痕跡が残ってしまうものなのさ。
それらを注意深く見つけるにはコツが必要だ。これは経験と、知識と、直観が大きく結果を分ける。
僕にとってはそれがライフワークであり、暇つぶしみたいなものなんだよね。
ジャックにはそう遠くないうちに捜査の手が入るだろう。
先日誘拐されたエミリー。彼女が最後の犠牲者になるだろうな。
分かっていたならどうして警察に話さなかったのかって? 僕から言わせれば、いくら無能な警察諸君だって捜査をしているのなら、すぐにこの事実に気づいたはずだ。税金で捜査をしておいて、4人もの被害者を見殺しにしておいてさ。分かっていて放置していたようなものだ。
それに、僕の目に映った全ての犯罪者を警察に突き出せば、このロンドンの街の人口は大いに減る。僕の働きぶちも減る。家賃が払えなくて、ハドソン夫人も大いに悲しむ。そうだろう?
本当は、ジャックとは距離を置けって話そうと思っていたんだが、君の顔を見て気が変わったよ。交友関係に外野が口を挟むものではないよな。
僕のような奇人に付き合ってくれていた、君もまた十分な変人であることに違いはないだろうからね。
それで、これは単純な興味による質問なんだけど、聞かせてくれないか?
今日の晩飯のことさ。
エミリーはどう調理するつもりなんだい?
完
ホームズの直観 ぎざ @gizazig
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます