ウサギのゴマちゃんから、大好きな家族のみんなへ

無月弟(無月蒼)

ウサギのゴマちゃん

 アタシ、ウサギのゴマちゃん。

 ネザーランドドワーフって種類で、まん丸でプリティなウサギなの。


 つぶらな瞳にグレーな毛並み。

 そんなアタシが今いるのは、お家の一室。ケージの中でお昼寝中だったの。


 だけど部屋のドアをガチャって開ける音がして、目が覚めたの。

 帰ってきたんだよ。アタシのご主人様の、ユミちゃんが。


「ただいまゴマちゃん。いい子でお留守番してた?」


 ユミちゃんは小学五年生の可愛い女の子。

 長く伸ばしたツインテールが、まるでアタシの耳とお揃いみたい。


 ユミちゃんはケージのふたを開けると手を伸ばして、アタシの体を包み込む。


 ふわふわでふかふかな毛並みが、優しく撫でられる。ユミちゃんの撫で方は、とても丁寧で気持ちがいいの。

 ほわわ~んな気持ちになっていると、ユミちゃん今度は、おやつを差し出してきた。


 リンゴの味がする、ウサギ用のドライチップス。小さくちぎられたそれを、カリカリカリカリ。

 ユミちゃんはそんなアタシを見て、幸せそうに笑っている。


「ふふふ、美味しいゴマちゃん?」


 うん、とっても。それにユミちゃんが笑ってくれてるから、より美味しく感じるよ。


 おやつを食べ終わった後、ユミちゃんはゲージの掃除をしてくれた。


「ゴマちゃん、ちょっとの間大人しくしててね。お家をキレイにしてあげるからねー」


 アタシを外に出してから、中をキレイにしていく。

 優しいし可愛いし面倒を見てくれるし。こんな素敵なご主人様と一緒にいられて、アタシは幸せだよ。




 そんなわけで、アタシにとってユミちゃんは自慢のご主人様なわけだけど。

 ユミちゃんはたまにとても元気がなくなることがあるの。

 何でも学校で、意地悪されることがあるとかで、泣きそうな顔をして帰ってきたことが、今まで何度もあったの。


 こんな優しいユミちゃんに意地悪するなんて、許せない。アタシが学校についていけたら、そんな酷いやつなんてやっつけてあげるのに。ピョンと跳びはねて、ウサギキックでKOだ!


 だけどついて行くなんてできなくて。アタシは泣いているユミちゃんに寄り添って、慰めるしかなかったの。


 今日もまた嫌なことがあったのか、しょんぼりしながら帰宅したユミちゃん。

 せめてアタシをもふもふして、少しでも元気出して。


「ゴマちゃん、慰めてくれるの? ありがとう」


 涙を拭って、少しだけ笑顔になってくれる。

 アタシにできることなんてこれくらい。だけど忘れないで。アタシはいつでも、ユミちゃんの味方だから。




 それから時が経って、ユミちゃんは中学生になったの。

 ツインテールだった髪を下ろして、制服姿で中学校に通うユミちゃん。

 だけどそんな日々は、そう長くは続かなかった。ユミちゃんが学校に、行かなくなっちゃったの。


 朝になっても家から出なくて、お部屋でお勉強してる。

 おかげでユミちゃんと過ごせる時間が長くなったんだけど、複雑だなあ。


 毎日のように学校から電話が掛かってきて、先生がサボってないで登校するように言ってくる。けど、先生何も分かってない。

 ユミちゃんは意味もなくおサボりするような子じゃないんだよ。きっと学校でとても辛いことがあって、それで行くのが嫌になっちゃったんだ。


 だけど、ユミちゃんは偉いよ。ちゃんと嫌なことから、逃げ出せたんだもの。

 逃げるのって戦うのと同じくらい、勇気がいるの。だから逃げ出せたユミちゃんは強い子。さすがアタシの、ご主人様だよ!


 そしてそのまま、不登校の日々が続いていて。だけどアタシのお世話は、今まで通りやってくれるユミちゃん。

 この先もずっとユミちゃんと一緒にいたいなあ。だって二人いれば、悲しいことは半分、嬉しいことは二倍だもんね。



 だけど、そんな願いは叶わなかったの。


 その日アタシはいつものようにニンジンをカリカリかじって。お腹いっぱいになったからお昼寝しようって思ったんだけど。

 目を閉じたとたん、何故か体に力が入らなくなっちゃった。


「ゴマちゃん、ゴマちゃん!」


 ああ、泣いているユミちゃんの声が聞こえてくる。どうしたの? まただれかに、いじめられたの?

 早く慰めてあげたかったけど、目は開かないし体も動かない。この時になって初めて、アタシはもう、ユミちゃんと一緒にはいられないんだって気がついたんだ。


 寿命だったの。

 ユミちゃんと出会ってから、もう何年も経っているし、いつこんな日が来てもおかしくなかったけど、それはあまりに突然だったの。


 目も見えないし、体を動かすこともできない。大きな耳は、まだユミちゃんの声を拾っているけど、それもだんだんと小さくなっていく。


 ごめんねユミちゃん。もっと一緒にいたいんだけど、サヨナラしなくちゃならないの。


 アタシがいなくなったら、ユミちゃん悲しんじゃうかな。

 だけど、きっと大丈夫。本当はユミちゃんは強い子なんだって、アタシ知ってるから。だから、心配なんてしないよ。


 今までありがとう。ユミちゃんのこと、大好きだよ。


 喋ることはできないけど、心の中でお礼を言ったの。

 ユミちゃんにちゃんと、届いたかな?


 ……さあ、もうそろそろ行かなくちゃ。

 バイバイ、ユミちゃん。



 ◇◆◇◆



 ユミちゃんとサヨナラしてから、どれくらい時間が経ったかな。

 気がついたらアタシは、暗い暗い闇の中にいたの。


 一筋の光もなくて、微かな音すらしなくて、暑くもなければ寒くもなくて。

 苦しいことも嬉しいことも楽しいことも何も無いこの場所で、アタシはひとりぼっち。


 寂しい……寂しいよ。

 ユミちゃんともう一度会いたいよ。


 そんなことを何千回、何万回考えていたかな。そしたらある日何も無いこの場所に、光が生まれたの。


 とっても眩しくて、暖かな光。それはどんどん広がっていって、そして気がついた時には、アタシは知らないお部屋の中にいたの。


 机の上にちょこんと座っていて。いったいいつの間に、移動してきたんだっけ?

 ここがどこなのか確かめたくて、お部屋の中を探検したかったんだけど、何故か不思議と体が動かない。


 どうしてだろうと思って、自分の体を見てビックリ。

 なんとお手々もお腹も、お顔もお耳もぜーんぶ、布と綿でできていたの。

 つまり何が言いたいかって言うと、アタシはウサギのぬいぐるみになっていたんだよ!


 グレーでまん丸な、ネザーランドドワーフ。だけど本物のウサギじゃなくて、ぬいぐるみの体。


 何で? どうしてぬいぐるみになっちゃったの? 

 動こうとしても、ぬいぐるみだから動くことはできない。それに何だか、背中がスースーする。


 ああ、今気づいたんだけど、背中の布がパックリと裂けていて、中に入っている綿がむき出しになっちゃってる。

 どうやら糸で縫い付けられるべき部分が、縫われていないみたい。


 ガチャーー


 あ、誰かが部屋の中に入ってきた。

 それは、手にビニール袋を下げた、髪の長い女の子……ううん、女の人って言った方がいいのかな。

 可愛らしく、優しそうなお顔のその人は、手にしていたビニール袋から糸と綿を取り出して、アタシのすぐ横に置いてくる。


「ごめんね、途中で糸が切れちゃって。待っててね、もうすぐ完成させてあげるから」


 女の人はそう言いながら糸を針に通すと、その先端をアタシに向けてくる。


 キャー、やめてー! 刺さないでー!

 それをブスって刺しちゃったら、きっと血がぶわーって吹き出ちゃうってば!

 って、今のアタシはぬいぐるみなんだから、血は出ないか。ああ、でもやっぱり、痛いのはイヤだよー! 


 だけど……あれ、痛くないや。

 針を刺されてるのに、ちょっとくすぐったいだけで。女の人は丁寧に一針一針、優しい手つきで背中を縫っていく。


 そして最後に玉結びをして糸を止めると、彼女は両手でアタシを抱えて、ニッコリと微笑んだ。


「やっと完成。……お帰り、ゴマちゃん」


 ゴマちゃん……。

 とっても懐かしくて、愛しい声。それを聞いて、アタシ気づいたの。


 可愛らしい笑顔と暖かな声を、アタシはよく知っている。

 そっか、君はユミちゃんなんだね。


 アタシが知っているユミちゃんよりも髪が長くて、ずいぶん大人になっているけど、それでもあの頃の面影はあって。

 昔と同じ優しい手つきで、アタシを撫でてくれるの。


 ずっと仲良しだったユミちゃん。

 あれからどれくらい経ったかはわからないけど、ユミちゃんは死んじゃったアタシとそっくりな姿をしたぬいぐるみを、作ってくれたの。


 フェルトを切って、綿をつめて、一針一針、愛情を込めて縫っていって。

 だからかな。そんなユミちゃんの想いに吸い寄せられるみたいに、アタシの魂はここに呼ばれたの。

 生まれ変わりだよ、生まれ変わり。

 自分とそっくりなぬいぐるみに、魂が宿ったの。


 これでまた、一緒に暮らせるね。

 ぬいぐるみの体じゃ動くこともできないけど、それでもいいの。だってユミちゃんとまた、一緒にいられるんだもの。それだけでとっても幸せだよ。


 ぬいぐるみになったアタシを、ユミちゃんはとても大切にしてくれて。

 今はリビングにある棚に飾られている。


 そしてアタシのすぐ隣には、白いウェディングドレスに身を包んだユミちゃんと、タキシード姿の素敵な男の人のツーショット写真が置かれているの。


 ユミちゃん、素敵な人と出会えたんだよ。

 学校に行けなくなってたユミちゃんだったけど、お家でたくさんたくさん勉強して、少しずつだけどお外に出られるよう努力して、そうして今の旦那さんと巡り会えたんだって。

 たくさんたくさん、頑張ったんだね。やっぱりユミちゃんは、強い子だよ。


 そんなユミちゃん、最近はお腹が大きくなってきて、もうすぐ新しい家族が増えるんだって。

 ふふふ、可愛い赤ちゃん、楽しみだなー。


 ユミちゃんと旦那さんと、産まれてくる赤ちゃん。それからアタシも、みんな仲良しの素敵な家族。


 アタシ、これからも大好きなみんなのことを、見守っていくからね。

 ずーっとずーっと、一緒だよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウサギのゴマちゃんから、大好きな家族のみんなへ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ