直感男と直観女
薮坂
チョッカン
「チョッカン、て言葉あるやんか」
「鈍感? いきなり自己紹介かいな。お前のことやん、それ」
「ちゃうわ、どんな耳してんねん。チョッカンや、チョッカン。それにウチは鈍感ちゃうわ」
「チョッカン? ああ、あれな。直管コール・サンサンナナビョーシ! のヤツか。ファン、ファン、ファァァン! バイクのアクセルワークで音を奏でる、凄腕スキルのことやん。なんやお前、教えてほしいんか」
「いやどう考えてもちゃうわ。なんでチョッカンて聞いて直管を想像するんよ。あんた、暴走族でもやってたん?」
「まぁな。若気の至りいうヤツや」
「ウソ吐かんでええから。あんたバイクの免許持ってへんやん。ていうかチャリにも乗られへんやん、ウチ知ってるで。たぶん三輪車も危ういんちゃう? 絶望的なバランス感覚やもんな」
「うっさいな。今までチャリ乗る必要に駆られんかっただけや。バランス感覚はばっちりや。綱渡りもできるしな」
「ていうか人としてのバランスがまず狂ってるやん。まぁ、あんたの人生は綱渡りみたいなもんやけど」
「人間には得手不得手があんねん。オレがバイク乗れんのは確かやけど、代わりにお前には乗れんもんに乗れるで」
「どうせ調子とかいうんやろ。それもええから」
「先いうなや。あと、波にも乗れるで」
「サーフィンなんかしたことないやろ」
「海の波ちゃうわ。オレの波や。オレ自身がビッグウェーブ、ってとこがミソやな」
「クソの間違いやろ」
「相変わらずクチ悪いなぁ、お前。女やのにそんなクチ悪かったら、友達おらんなるで。ほんで、そのチョッカンがどうしたん?」
「あぁ、そうそう。チョッカンの話。チョッカンって、二通りの漢字があるやん。直感と直観。これさぁ、何がちゃうんかな。今日な、小説読んでたら出てきたんよ。ウチ、チョッカンは直感だけや思てたから、直観て何なん? ってなって。まぁどうせあんたに聞いてもわからん思うけど、次の電車来るまでやることないやん。暇つぶしにちょうどええかな、思て」
「直感と直観の違いなぁ。それ先生には聞いたんか?」
「いや、だれ先生に聞いたらええんよ。国語の先生ビジネス教師やし、こんなしょーもないこと答えてくれんやん」
「アホか。先生いうたらクークル先生しかおらんやろ。オレはなぁ、人生に大事なことは全部クークル先生に教えてもろたんや。わからんことがあったら、オレはとりあえずクークル先生に聞くことにしとる。ちょっと聞いてみるわ」
「それ検索してるだけやろ」
「うっさいなぁ。あ、出たで。直観とは、知識の持ち主が……あかんわ。漢字が読まれへん」
「それ熟知や。ジュクチ、て読むねん。高校生でそれ読めへんってだいぶヤバイで。まぁ知っとったけど」
「ウレチかな思てたわ。言わんでよかった、危うく恥さらすとこやったわ」
「そう読む方が難易度高いし、もう恥さらしまくってるから。ちょっとそれ貸して。ウチが読むから」
「読めんかったら恥ずかしいで」
「あんたが言うな。ええと、なになに? 直観とは、知識の持ち主が熟知している知の領域で持つ、推論、類推など論理操作を差し挾まない直接的かつ即時的な認識の形式である。やって」
「……何いうてんのか全然わからん。日本語で頼むわ」
「いや全部日本語やから。でもあんたのいう通り、これやと何いうてんのか全然わからへんな。あ、わかりやすいのもあるわ。直感は『なんとなく肌で感じる』やって。ほんで直観は『哲学的に心の目で直接観て取る』らしいわ」
「いや余計わからんわ。何なんその『哲学』て。学校で習ってない学問やん。そんなんわかるわけないわ」
「あんた、学校で習ってるヤツもわかってないやん。ていうか日本語自体が怪しいやん。注意力散漫やって先生に注意されてた時、『僕は五万です』って言うてたんは噴いたで、ほんま」
「うっさいな。今は五十三万や、オレの注意力は。ほんでその直感と直観やけど、結局どういうことなん? いわゆる勘ってヤツが直感やろ? なんとなく肌で感じる、いうんは」
「まぁそうやと思うけど」
「それは何となくわかるわ。例文をカッコよく出せるくらいにはわかるわ」
「ほな言うてみてよ。チェックしたるから」
「ええで。オレの直感が告げている。お前はオレに惚れてると」
「それ完全に勘違いやから。ほんでそのキモいキメ顔やめぇや」
「え? キモい? これオレの中ではかなり上位のカッコええ顔やねんけど。まぁ一番ではないんやけどな」
「まだ上があると思ってるのがヤバいな。逆に見てみたいわ。あ、もっとわかりやすく書いてるのがあった」
「何て書いてるん」
「直感は、感覚的に感じ取る力。直観は、過去の経験に基づいた、即時的・論理的認識やって」
「……なるほどな。ほなこういうことか。お前がオレに惚れてるんは、直感でもあり直観でもあると」
「なんでやねん。いつウチが、あんたに対して好意あるようなマネしててん。いつも一緒なんは、家が近い幼なじみってだけやろ。幼なじみが好意持ってるなんて、それマンガか小説のハナシやで」
「えー、オレのこと好きなんやと思てたわ。お前、いつ誘っても付いてきてくれるやん。それに毎年バレンタインのチョコレートくれるやん。そやから直感的にそう思てたわ」
「それ過去の経験則に基づいて言うてない? それなら直観的に、やで」
「あー、そうかこれが直観か。思い返したら他にもいろいろあったわ。お前がこの高校選んだんも、オレがここに行く言うたからやろ? それとお前がいつもその髪型なんは、オレはショートボブの女の子が好きやってずっと言うてるからやろ。あと貧乳なんも」
「貧乳いうな。関係ないやろ」
「そやからオレは直観で思うねん。オレの理想の外見で居てくれるお前は、やっぱりオレのこと好きなんやな、って。もちろん中身は最悪やけどな」
「……ウチの直感が告げてるわ。あんた、本気でそう思てるんやなって。終わってるわ、人として」
「その直感の使い方は正しいな。ほんで、オレの直観は正しいんか?」
「正しないわアホ。さっきも言うたやろ。ただの幼なじみやからそうしてるだけや、って」
「えー、ちゃうんか。ショックやな」
「言うほどショック受けてないやん」
「いや、こう見えてだいぶ受けとるで。お前がオレのこと好きとちゃうかったら、この世にオレのこと好きなヤツなんておらんことになるやん。ていうかこの先も現れへんやん。直感でわかるわ」
「その直感は正しいやん。だんだん使い方わかってきてるやん」
「この直感だけは外れてほしかったんやけどな。過去思い返してみても、オレの直観が告げてくるわ。オレのことを好きな人間はおらへんって。あれ? ほんならやっぱり直感と直観ってやっぱ同じちゃうん? どっちにしろオレのこと好きなヤツなんておらへんのやし」
「過去の経験則から言うんが直観やろ? で、なんとなく未来はこうなるかもってのが直感とちゃうん。過去を見て知るのが直観で、未来を見て思うのが直感。やっぱり微妙に違うやん。まぁ、あんたの場合結果は同じやけど」
「世の中、結果主義なんやで。過程を評価してくれるんは学生時代だけや。って、アニキが言うとったわ。結果が伴わんかったら努力してないんと同じや。つまり、直感でも直観でも、オレのこと好きなヤツがこの世におらへん言うことは、オレの中ではその二つがイコールや言うことになる。そうオレの直感が告げてくるわ」
「その直感の使い方は正しいん? なんかウチまでわからんようになってきたやんか」
「あんまり自分のチョッカンを信じたらあかん、いうことやな」
「なに上手いこと言うた、みたいな顔してるん。そのキメ顔キモいで、ほんま」
「キモい言うなや。これでもカッコええと思っとる人もおるんやぞ」
「いやいや誰よそれ。もしかしてオレとか言うんやないやろな」
「ようわかったな。なかなか鋭いやんか」
「うわー、引くわ。さすがにドン引きやわ、ドン引き」
「うっさいわ、この鈍感女」
「……あんたの方が鈍感やろ。結局ウチの気持ち、全然わかってへんやん。なんであんたとこんなしょーもない会話してるんか、全然わかってへんやろ。この鈍感男」
「──え? それどう言う意味なん?」
「知らんわ。それこそあんたのチョッカンに聞けや、アホ」
【終】
直感男と直観女 薮坂 @yabusaka
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