本能と直観の狭間で

真偽ゆらり

私は、それを後に運命とよんだ

 あの人と出会った時、私の直観は『この人と一緒になると大変』だと囁いた。

 その一方で、私の本能は『この人を一緒になるのは私』だと叫ぶ。



「どうしたネコナ、具合でも悪いのか?」

「ううん、なんでもないよタイガ。ただ、あなたの隣は落ち着くな〜と思って」


 ネコナは私の名前。で、あの人の名前がタイガ。

 今は冒険者でコンビを組んでの一仕事を終えて、新しくできた食事処で打ち上げ中。

 二人組専用店って触れ込みで丁度いいと思い入店したけど、失敗だったかも。

 4人掛けのテーブルを中央で仕切り、衝立の木板を設置する事で隣り合う二席を二つにしたテーブルの片側に並んで座って料理を待っている。

 料理を注文して周囲の席を見回す前に気付くべきだった。この店、カップルか新婚の客ばっかりだ。

 私の【直観】も気を向けてなければ働かないな。


「そうか。人の心が読めるネコナには人が多過ぎるかもしれんと思ったが要らぬ心配だったか。あと、その……俺もだな、ネコナの隣は落ち着……いや、なんでもない」


 彼はそう言って外方そっぽを向く。

 だが、少し朱がさした頬と嬉しそうに動く虎耳が感情を隠せていない。

 これは私のスキル【微表情感知】がなくても彼が照れているのが分かる。可愛いとこあるじゃない。

 

「ふふ、心配してくれてありがと。それより、後になるほど聞きづらくなるから聞くけど」

「それは早く聞いた方がいいな。なんだ?」


「心が読めるの不気味に感じたりしないの? 普通はその事を知ると遠ざかるんだけど……」

「何故だ? そんなどうでもいい事より飯が来たぞ食べよう。ネコナのも美味そうだな、後で一口……もらうと間接キスになっちゃうか。うぅむ……」


 私は実際に人の心を読む事はできない。

 冒険者になる前から持っていた【直観】のスキルと冒険者になった時授かったスキル【微表情感知】を上手く連動させる事で相手の思考を推測しているだけだ。


 初めは嘘が見破れる程度だった。


 でも慣れてくると相手の思考がなんとなく分かるようになり、『心を読む女』と噂される程へ。

 身体目当ての下衆な男冒険者は寄ってこなくなるまでは良かったが、そうでない男冒険者や女冒険者も気味悪がって寄って来ない。

 事情を知らない人としかパーティーが組めず、仮に組めても直ぐに解散か追い出される。


 その悩みをこの男は「どうでもいい」とのたまうか。

 直観が囁くようにこの男と一緒になると大変かもしれない。


 あぁでも待って! この人、間接キスを想像しただけで照れてる。なんて愛らしいのかしら……私の本能を刺激しないでちょうだい。


「どうしたネコナ? 美味いぞ、食べないのか?」


 こっちの気も知らないで……こうなったら!


「はい、あ〜ん」

「あむ。うん、美味い! あ……」


 ダメよ、気をしっかり持つのよ私!

 少し野性味のある丹精な顔立ちで体格も良く背が高い男なのに、なんでそんな初心な反応するのよ。

 その意外性でどれだけの女を落としてきたの!?


 私と同じ経験無し?


 【直観】スキルもなんで答えたの!?

 ああもう! この料理、美味しいわね!


「あ……」

「なに!?」

「いや、えっと間接……」


 ダメ、ダメよ……抑えるのよ私。

 この料理、香辛料効きすぎじゃない!? 顔が、顔が熱いのはそのせいよね。


「そ、そうよ! 私も一口貰わないと——」

「そ、そうだな! あ〜ん」「ぁむぐ!?」


 なんで、自分で掬って口に運ぶはずの料理が既に口の中にあるのかしら。


「どうだ? 美味いだろ」

「そ、そうね」


 味なんて分かんないわよ! だから……。


「もう一口貰えるかしら?」「……あ〜ん」

「俺も、貰えるか?」「……はい、あ〜ん」


 その後も、なぜか……なぜか! 何度もお互いの料理を食べさせ合った。この時の事はよく覚えてるのに料理の味は二人して覚えていない。


 料理も食べ終わり食後の飲み物を待つ間、お互いに食事中のやり取りを思い出してなんとも言えない雰囲気の中にいた。

 横目で彼の様子を見れば目が合い、声を掛けようとすれば声が重なる。

 周囲にたくさん人がいるはずなのに、この場に彼と私しかいないと感じてしまう。


 無造作にテーブルの上に置いていた私の右手に彼の左手が重なる。その感覚に思わず彼の方へと顔を向ければ、再び彼と目が合った。


 蒼と紅の瞳が同じ色同士で見つめ合う。

 私の紅い右眼に彼の紅い左眼が、私の蒼い左眼に彼の蒼い右眼が映る。時が止まった気がした。


「食後のドリンク、お持ちしました」

「あ、どうも」「お、おう」

「「って、なにこれ!?」」


 時を再始動させた飲み物は二つではなく一つ。

 二人分を一つにした量が優に入るグラス。

 でも問題はそこじゃない。途中でハートを描き、二つの飲み口に枝分かれするガラスのストローだ。

 これ、ものすごく顔を近づけないと飲めない。


「こんなの頼んでないわよ!?」「そ、そうだ」


「こちら、店長からのサービスです。もしドリンクを二人で飲み干せたら食事代も割引きます!」


「割引だと!? お、俺は……ネコナが嫌じゃないのなら別に飲んでも構わない。と、言うか……」


 わ、私もタイガが相手なら嫌じゃない……でも、そこは少し強気に迫って欲しかったかな。


「あ、そうだ! 飲む前に伝えたい事を言ってから飲むと更に割引くそうですよ?」


 つ、伝えたい事!? ま、まだ早い。

 いや、えっとそうじゃなくて……そうだ! 私が先に何か伝えれば彼も何か喋らないといけなくなるはずよね。だったら、何か当たり障りのないことで先制しないと!


「あ、あのね!」「お、おう」

「本当は心が読めるわけじゃないの」


 なんで、私はこの話題を選んだんだろう。

 もしかしたら、【直観】の導きだったのかな。

 いや……恋愛方面に持っていくのに日和っただけだよね。でも——


「なんだって!? じゃ、じゃあ、俺が君を初めて見た瞬間に一目惚れしたのも、一緒にいられるだけで幸せを感じるのも、今この瞬間にも君の事をどうしようもなく好きだって気持ちが募っていく俺の心はバレてなかったのか!」


 ——こんな反撃をくらうなんて思わなかった。

 この時ばっかりは私の虎耳も真っ赤に染まったんじゃないかってくらい顔が熱かった。

 声、大き過ぎよ……。


「そうね、今この瞬間まで分からなかったわ」

「え? ……あ!」


 自分の発言に慌てふためく彼を見て思わず笑みが溢れる。どうして私の【直観】は『彼と一緒になると大変』だと告げたんだろう。

 彼は私と同じ虎耳だけの獣度合いが低い虎人族の獣人で、他の男冒険者と比べて粗野じゃない。

 むしろ育ちが良いくらい。良過ぎる?


 試しに彼と幸せな家庭を築けるか【直観】に尋ねてみれば、大肯定の返事がくるから不思議。


「ネ、ネコナ!」「はい」

「結婚を前提に俺と……俺と付き合ってくれ!

 ただ、その……俺は次の族長になるかもしれないから一緒になると大変かもしれない。でも、その分絶対に幸せにする! だから、だから——」


 彼がその先の言葉を紡ぐより先に、彼の唇を私の唇で塞いで黙らせてあげた。

 顔近づけて一つのドリンクを一緒に飲む、なんてまどろっこしく思えて仕方ないから。

 大勢の人が観ている中だけど気にしない!

 それどころか見せつけて、『彼と一緒になるのは私』だと思い知らせたかった。


「『私を幸せする』じゃなくて、

 『私と一緒に幸せになる』じゃないと

 許さないから!」


 私は【直観】に従って生きる道より、【直観】を従えて生きる道を選んだ。彼とならどんなに大変な人生だって乗り越えて行ける。それだけは【直観】も本能も意見が一致している。






 それから数年後、族長となった彼との間に子供ができた。彼と私の眼を合わせたかのような綺麗な紫の瞳をした可愛らしい女の子。


 宣言通り幸せな家庭を築いている。


 そして、大きくなった娘が異世界人の男の子をひい……引っかけてきて新しい家族が増える。けど、それはまた別の物語。めでたしめでたし!

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本能と直観の狭間で 真偽ゆらり @Silvanote

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