恋は観をも鈍らせる

浅羽 信幸

恋は観をも鈍らせる

「チョッカンとチョッカンの違いって何さ」

「はい?」

「直感と直観」


 高鍋がわざわざ紙に文字を書きなぐって渡してきた。


「諸説あるけど、例えばガチャとかゲームの召喚とかカードパックの購入とかで『あ、当たるな』って分かる方が直感で、スポーツで『あ、逆転されるな』ってまだ何も起こっていないのにわかったり、ボードゲームで相手の次の手を考えずともわかったりするのが直観じゃない?」

「わからん」

「理論じゃなくてわかるのが直感で、理論的なのがあったりするのが直観。外れないのが直感で外れることもあるのが直観とも言ったりするね」

「あえ?」

「どちらも経験からくるものという話もあるね。羽生善治さんが言った七割当たるだとかは直観の方だったかな」


 思わず、手を引いた。

 さっきまで指があった紙の上に、高鍋の手が叩きつけられる。

 これは、直観だな。多分。


「はっはぁー! 気がおかしくなりそうですよ、くぉれはぁ!」

「勝手に狂いんしゃい」


 高鍋の奇声は今に始まったことじゃないけどさ、と思いつつもスマホを取り出して弄ぶ。

 影がかかったので、机の方に画面を向けてスマホを伏せた。


「なーに人が悩んでいる時にスマホなんか見てるんですかねえ」

「俺は相談を受けに来たの。話題が逸れたのなら、別にいいかなって」

「逸れてないよ。こうなった以上は、チョッカン的にわからせないとと思って、この場合はどっちの字なんだろうなって思っただけだから。気になることができちゃうと進めないでしょ」


 友達甲斐の無い奴だな、と呟きながら、高鍋が椅子に座りなおした。


「直観的にわからせないとって、恋愛相談とは思えないほど物騒な言葉なんですけど」

「そりゃそうもなるよ。こんなに頑張っているのに、何一つ確証が得られないんだから」

「こんなにと言われてもねえ」


 全部を知っているわけではないのですが。


「飲み会の時に終電を逃させたのは知っているでしょ」

「何させてんのさ!」

「お前もいただろ」


 そうだっけ?


「その顔、さては覚えてないな! せっかく終電をなくしたのに、「馬鹿だなー」って笑いながらお前がタクシー代半分出して安達を帰したんだよ!」

「そいつぁ申し訳ねえでやんす」

「思ってもいないな!」


 そりゃあ覚えてないですけえの。反省のしようがねえですわい。


「で、他には?」


 それだけだと、安達が間抜けだという話なだけの気がする。


「遊びに誘う時に、『今日は親、いないんだ』って言っても遊びに来てくれた」

「一人暮らしなんだから親がいないのは当たり前だろ」

「でも有名なセリフなんだから、言われれば意識するものでしょ?」

「そういう意味では良く安達が来てくれたなって感じだけど、高鍋は冗談ばっかり言うそういう奴だと思われている可能性もあるからな」


 その行動だけでは、安達も恋愛的な意味で憎からず思っている、という証拠にはならない。

 友達感覚の延長の線だって濃厚だ。


「二人きりで食事にも行ったよ」

「そっちはもっと普通のことでしょ。友達でも行くよ」

「男女の友情は成立しないって、テレビで言ってた」

「仲いいけど、こいつじゃ勃たないってのはいっぱいあるから」

「もしかして、延岡ってED?」

「そりゃあ性獣みたいな人もいるかもだけどねえ! 逆に美人過ぎても遠慮して、仲が良くても無理っていう狭い人もいるでしょ」


 何という話をしているのでせうか。


「あ、ごめん……」

「なんでいきなり本気で謝るんですかねえ」

「いや……その……必死過ぎたから、あっ、って……。直観的に?」


「その直観は外れているから」と言えば、高鍋の中では逆に俺が不能説が濃厚になっていくのだろう。何て理不尽な。


「で、他には何を仕掛けたのさ」

「他?」


 ううむ、と高鍋が唇に手を当てる。

 これで終わりというあたり、さほどやってはいないらしい。


 仕掛けるってさ、もうちょっと考えて自分の足が出ないようにしてやるべきじゃないの?


「バスケの観戦にも行った」

「うーん……。バスケが好きな人なら行くかもだし、何より中々機会が無い以上は俺も誘われたら行きそうだな」

「クリスマスは」

「お?」

「バラバラだった……」

「おお……」


 それは何とも、何とも……。


「ま、まあね。半ば無理矢理女子とクリパした男も居るから……」

「慰めになってないってば!」


 それだけ、クリスマスを共に過ごしたことが決定打になることはないってことでどうでやんすか?


「あ、映画館デートしたよ」

「バイト先の先輩と映画館デートしたあとにフラれた友達も居るからなあ」


 机が跳ねる勢いで、高鍋が両手を叩きつけた。


「どうしろっていうのさ! こんなの……こんなの、コクハラ待ったなしだよ!」


 わたしゃあ告白しようっていうその勇気をかってやりたいよ。


 まあそれは置いておくとしてだ。

 流石に可哀想なので高鍋の目を盗んでスマホを机の下に戻して通話ボタンを切った。

 すぐさま文章で連絡を飛ばす。


「テレビっ子も大変だな」


 テレビっ子が全員こうではないけどさ。

 テレビっ子がみんな高鍋だったら怖いし。


「誰がこんな世の中にした!」


 血涙でも流しそうな勢いで、高鍋が慟哭した。

 拳は硬く握られている。


「私だああ、って嘆くことができる話題じゃないとネタにもならなくてつらいよ」

「おう。喧嘩なら買うぞ」


 高鍋が指を鳴らすのと同時に、扉がノックされて開いた。

 入ってきたのは、呼び出した安達。


「あ、安達くん」


 豹変。まさに豹変。

 高鍋がその長髪を撫で付けるようにしながら服を整えてちょこん、と安達の前に立った。


「おー、安達の調子がくるってんぞ」

「延岡!」


 小声で、もちろん安達にも聞こえる声量で高鍋が怒鳴ってきた。

 何を今更。

 さっさとくっつけってんだ。

 こそこそと無駄なことをしていると失敗するのはどこでもネタになってんだろ?


「あの、急にどうしたの?」


 急にも糞も無いと思うのですがねえ。ここ、研究室だし。


「いや、来週の土日空いてるかなって」

「え、うん。もちろん。空いてる空いてる。暇だよ」


 カレンダーに目をやり、そこに書かれている予定は見なかったことにした。


「じゃあさ、ライブ、行かない? ちょうど友達がいけなくなっちゃって」

「うん。行く行くー!」


 どのアーティストかも聞いていないのに、思いっきり食いついたなあ。ま、わかっていたことだけどもさ。


 なんだかんだと言いながら、高鍋と安達の会話は続き、話をまとめ上げれば安達が返っていった。

 高鍋も慌てて荷物をまとめている。今日はもう帰るっていうのはわかったけれど、随分と現金な奴だ。


「ってことだから。じゃ、来週の餌やり代わって」

「へいへい」


 安達とのLINEを適当に流し見しながら返せば、あわただしく動いていた高鍋が止まった。


「あ。もしかしてお前の役に立たないアドバイスは、私を狙っていたからだったりした? やーねー悪いねー。こう見えても私は一筋だからさ。モテル女は辛いわー」

「お前さあ、もうちょっと直観力磨いた方が良いよ」

「図星だからって怒んなって。な、今度一緒に飲んでやるからさ」


 あっはっは、と高笑いをしながら、高鍋が堂々と大股で研究室を出ていった。


「ったく。簡単に引き受けるんじゃなかった。あの女はコクハラどうこうを気にするような奴じゃねえよ。それどころか探るような腹もないだろ」


 ま、恋は盲目ってことかい、安達。

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恋は観をも鈍らせる 浅羽 信幸 @AsabaNobuyukii

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