一目惚れ

えながゆうき

一目惚れ

 俺には彼女がいる。友達からは「リア充爆発しろ」と散々言われているが、もちろん怨念だけで俺たちが爆発することはない。

 告白は俺からした。一目惚れだった。これを逃したら、次のチャンスはいつになるか分からない。俺は俺で、必死だったのだ。


 そんな俺の心境を知ってか知らずか、彼女は顔を赤くして「うん」と言ってくれた。

 それから俺たちは付き合い始めたものの、なかなか進展しなかった。というよりか、まったく進展していない。未だに手を繋いだだけである。


 俺は彼女ともっと仲良くなりたかった。しかしそこにはある問題があった。

 どうも彼女が俺との間に一線が引いているような節があるのだ。これは俺にとって由々しき事態だった。

 もしかして、俺に気を遣って「うん」と言ったのではないだろうか。


 それを思ったとき、背中に嫌な汗が流れた。俺は彼女を愛している。だが、彼女は俺なんかよりも、もっと別の人を好きなのではないだろうか。

 居ても立っても居られなくなった俺は、思い切って彼女の心の内を聞くことにした。


 彼女の心がこちらを向いていないのであるならば、諦めるしかないだろう。

 俺の方に振り向かせることができるのか? いや、できないだろう。俺はいたって普通の高校生だ。イケメンでもなければ運動ができるわけでもない。頭の出来も普通なのだから。


「話があるって、何よ」


 彼女がジロリとこちらを向いた。幸いなことに、この日の屋上には誰も人が居なかった。これなら誰にも邪魔をされずに二人で話すことができる。


「もしかしてさ、俺に気を遣ってる?」

「何よそれ?」


 隣に座った彼女が上目遣いで聞いてきた。どういう意味? と言いたげな瞳をこちらに向けた。ややつり気味の目がこちらを睨みつける。


 はい可愛い。さすがは俺の嫁。


「いや、ほら……」


 今さらになって迷いが生じてきた。だが、彼女のためだ。好きでもない男と無理して付き合うことほど、不幸なことはないだろう。

 付き合ってくれ、と言い出したのは俺だ。ならば、ケジメを付けるのも俺だ。後で泣くのも俺だ。


「何だか距離感があるような気がしてさ……気のせいだったらごめん」


 言った、言ったぞ。俺はうつむいた彼女を心臓の鼓動を大きくしながら見つめた。時間の流れが遅い。もう十分以上は経過したように思えた。だが時計を見ると、まだ屋上にきてから数分しか経っていない。


「私たち、高校で初めて会ったのよね? それとも以前にどこかで会ったことがある?」

「いや、ないね。初めてだよ」

「そ、そう。それで……一目惚れして私に告白したの?」

「そうだよ」

「それって……ビビッときたからなの?」

「ビビッと?」

「だってほら、私、普通じゃない? 顔も普通だし、頭も良いわけじゃない。体も、そんなに。それに目だって――」


 彼女が普通? そんなはずはない。そんなことがあるものか。


「何言ってるんだよ。俺は好きだよ、その少しつり上がった目。それに付き合い始めてから気がついたけど、笑うと垂れ下がるところも好き」


 こちらを見上げた彼女の瞳が大きくなったのがハッキリと分かった。こんな顔をするんだ。そう言えば驚いた顔を見るのは初めてだな。うん、この表情も可愛い。と言うか、もしかしてだけど、何をやっても可愛いんじゃないか? さすがだ俺の嫁。


「それに小さな身長が俺の中でストライク。腕の中にすっぽりと収まりそうでいとをかしだよ」

「いとをかしって……」


 彼女がつぶやいた。そういえば、いつか自分の身長が低いことを気にしていたことがあったな。俺は全然気にしてないって言ったんだけど、冗談だと思ったのかな? 本当に気にしてないのに。


「それにBに限りなく近いAなところも好き」


 彼女が両手で胸元を押さえてキッと睨みつけてきた。でもそんなの関係ない。俺は続けるぞ。


「ボーイッシュな短い髪も好き、艶やかな黒い髪も好き、背筋を伸ばして顔を上げて歩く姿も好き、繋いだ手があったかいのも好き、俺のくだらない話に付き合ってくれるのも好き、俺のテストの成績を気にしてくれるところも好き、それから……」


 もうやめて、とか細い声が聞こえた。まだまだ続けられるが、あまりに弱々しい彼女の声に驚いて言葉が詰まった。両手で顔を覆っているが、耳まで真っ赤になっている。


 いかんいかん、彼女への思いが先走り過ぎた。こんなにがっついてしまったら嫌われてしまうかも知れない。

 ……もしかして、これが原因? やばい、やらかした!?


 あわあわとしていると、ようやく気持ちが落ち着いたのか、彼女が顔から両手を離した。

 やらかしたままではいられない。何とか挽回せねば。


「だから好きになったのは、ビビッときた直感からじゃなくて、論理的思考に基づいた直観からの一目惚れだよ」

「ふ、ふ~ん、そうなんだ~」


 興味がなさそうなフリをしているが、目が泳いでいる。それに顔は真っ赤なままだった。もしかして、これはチャンスなのでは? 俺はそっと彼女に顔を近づけた。

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