らららら

白里りこ

アンサンブルやりませんか


「悪いけど私、サークルを辞めます」


 私は抑揚のない声でそう伝えた。

 電話口の仲間は引き止めてくれたが、私の意思は固かった。


 ロサンゼルスで出版社に勤める私は、休日にはアンサンブルをやるサークルに顔を出して、トランペットを練習するのが習慣だった。ところが先日、サークル内で、日系人が参加していることを疎んじる発言があった。


 私は揉め事は嫌いだったし、差別主義者がいる団体には所属していることすら虫唾が走った。だから即刻、やめることを決断したのだ。


「同じクインテットの仲間にはもう伝えてあります。団長から他のみんなにもよろしく伝えておいてください。では」


 受話器を置いた。本来なら今日は練習日だったはずなのだけれど、これで予定が空いてしまった。


 私はトランペットケースを持って車に乗り込み、近所の公園に行った。広い公園内では一人で気ままにギターなんかを練習する人がいる。トランペットだってやっていいはずだ。音量はちょっとうるさいだろうけれど。


 どこかいい場所はないかと、池のほとりを散策する。人はまばらで、晴れた空に芝生の緑がよく映えていた。適当なベンチに楽器ケースを置いて、ごそごそ準備をしていると、隣のベンチに座っていた人が突如として銀色に煌めく楽器を取り出した。

 私はびくっとしてそちらを見た。まさか同じことを考えている人がいたとは。


 パーッ。


 その人は綺麗なロングトーンを鳴らした。ほう、と私は聞き惚れた。見るからにアマチュア奏者だが、なかなか悪くない音だ。真っ直ぐで、きらきらしていて、……私と一緒に演奏したらさぞ息が合うだろうな。

 そう思った。ほとんど直観のようなものだった。


 私がポケーッと見ていると、その人はマウスピースから口を離してこちらを見た。そして私の名を呼んだ。


「ミア?」

「へっ?」


 私は思わず日本語で言った。ヒスパニック系のその女性の顔には見覚えがあった。

 大学時代のサークルの先輩だ。


「ハンナ?」

「……やっぱりミアね!」


 ハンナは嬉しそうだった。


「こんなところで会うとは驚いたわ!」

「私も驚きました……どうしてここに?」

「暇な時は一人で練習するのが習慣なのよ」

「へえ! どこかの団体には所属していないんですか?」

「今のところはね。ミアは?」

「私は……たった今辞めてきたところなんです。アンサンブルの団体を」


 肩を竦めた私の頭の中には、自然と、素晴らしい考えが湧き出てきていた。


「ハンナ、私と一緒にデュオを組みませんか?」


 ハンナは瞬きをした。


「悪くない考えだけれど、急にどうしたの?」

「それで、ここの公園で毎月やるライブにエントリーしましょうよ」


 私は勢いこんでいた。


「いいけど」


 ハンナは楽器を持ち直した。


「返事をする前に、ちょっと一曲やってもらえる?」

「もちろん」


 私はいそいそとトランペットを取り出した。軽く音出しをしてから、一曲奏で始める。

 曲目は、日本の唱歌、「浜辺の歌」。


 ぱーぱーぱららーらららーららー、ぱららーららーららー。


 一番を吹き終えた私は、少しはにかんでハンナを見た。彼女は小さく拍手をして、「いいわ」と言った。


「組んであげる。なんだかあなたとなら、素敵なサウンドが奏でられる気がしたわ」

「本当ですか?」

「直観よ。間違いないわ」


 ハンナはにこっと笑った。

 こうして私は、演奏する場を失ったその日に、新たな仲間を得たのだった。

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らららら 白里りこ @Tomaten

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