直観探偵しずくの出番です!

夜野 舞斗

直観探偵は見て、事件を解くのです

「この事件の犯人、貴方でしかありえないんですよ! 何故って、それが私の直観ですから!」


 朝からヤバいものを見てしまった。まずいぜ、僕の高校生活。

 ……探偵を自称する茶髪の阿保っ子、緑山しずくは今日も何故か踊り場の階段にある鏡に指を突き付け、自分を犯人だと決めつけていた。彼女の頭のてっぺんにあるアホ毛がふわんと揺れ動き、こちらは笑ってしまうところであった。

 笑いを堪えつつ、たまたま通りがかった僕は彼女にツッコミを入れてあげた。


「あ……ああ……あのな……それ、自分が犯人になってるし、直観って推理を使わずに見てすぐ解決するってことだぞ」

「うん。だから、朝目覚めていたらプリンが無くなっていた事件に遭遇したんだけど、この鏡を見て直観で犯人が分かったの」


 よくよく見ると、しずくの口元にプリンがついているのだが。犯人が彼女であることは分かったが、どういうことかは理解できない。彼女だけは何事か理解できているよう。 

 自分で食べたのを覚えていないのだろうか。


「どういうこと?」

「いやぁ、たぶん、寝ぼけて夜中に食べたんだろうね。私」

「……学校に来る前に口元を拭いとけよ! 顔洗えよ!」

「失礼ね! 洗ったわよ! 口元だけ取れてないだけ!」

「じゃあ、その洗い方を直せ! 後、学校来る前は鏡を見ろ!」

「そんな毎朝、自分にうぬぼれてたら学校に遅刻しちゃうじゃない!」

「鏡ってのはナルシスト専用の道具じゃねえからっ! 身だしなみ整えるために使えってんだよぉ!」


 一通り吠えた後、僕は二階にある自分の教室へ向かおうとしていた。最中、彼女が後ろから声を掛けてくる。


「あれ? なんか、この鏡傾いてない?」

「そうか? まぁ、ぼろっちぃだけだろ」

「だね。ここって、幽霊が出るって噂が立つ位歴史ある学校だからね。男子トイレに出る花太郎さんとか、夜中になるとベートベンの肖像画から冷凍ビームが放たれるとか」

「ちょ、ちょっと個性的だけど……その話はやめてくれ……」


 突然、怖い話のムーブになる。たぶん、彼女に文句をぶつけた僕への報復だ。怖い話を聞くと震えが止まらなくなる僕へ、の。

 僕についてきた彼女が教室に入った時、そんな恐怖状態に追い打ちがかかる。しずくの友人でもある眼鏡を掛けた女子が僕と彼女に話し掛けてきたのだ。


「ねぇ、ねえねえ! 昨日、幽霊が出たのって知ってる?」


 僕はすぐさま教室から廊下の方へ転がり込む。眼鏡を掛けた彼女はあまりオカルトを信じる質ではない。しずくが言うのであれば、ほらだと笑い飛ばせるが。彼女の場合は冗談にならない。

 そのまま廊下に寝転がる僕をよそにしずくは幽霊のことについて、好奇心が溢れるままに尋ねていった。


「えっ? 何々?」

「昨日、部活が終わって午後六時になった位の頃かなぁ。帰ろうとしていた男の子が、西棟の踊り場の階段で足音を聞いたらしいの。ぽつんぽつんと」

「それがどうかしたの? 足音なら人間でも出せるよ」

「いや、その子が言うには後ろを見ても、前を見ても聞こえず。その子が『誰だ』と言ったらとんでもない唸り声が飛んできて」

「ううん……かつらを探してた校長先生が……」

「いや、それだったら姿は見えるんじゃないの?」

「ううん……難解だぁ。その子が嘘を付いてるってことは……?」

「可能性は低いかなぁ。昨日じゃないんだけど、何日か前にも同じ声を聞いてるって……こりゃ、何かあるんじゃないかって思うのよね。って言うか、何日か前に聞いたの自分なんだけど」


 しずくは幽霊の声を聞いたと言う彼女に対し、肩をポンポン叩きながら発言する。


「だったら先に言ってくれればいいのに!」

「いや、だって本当じゃなかったら、馬鹿にされるでしょ! ほら吹きだって」

「そっか。確実性がなかったから、言えなかったんだ」

「ええ。でも、今回の話もあって『午後六時っ位に出る幽霊』って本当に要るんだって思って」

「分かったわ。その謎、解いてあげる! ばっちゃんの友人の親戚の隣の家の人……じゃなくって、ばっちゃんのじっちゃん……あれ違った。ともかく、真実はいつも一つなんだからっ! 直観探偵としてこの目で見るしかないわ!」


 ……僕は怖がりながらも考えていた。その幽霊は確か、五年前に階段の手すりで滑って遊んで事故った生徒だとか、二十年前に失恋して階段から転がり落ちた生徒だとか……滅茶苦茶な噂ばかりが漂っている。

 二つの理由だとしても、まぁ無念なことは間違いないだろうが。

 何がある……そう疑問に思ってしまった僕を僕は呪いたい。


「嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い! 助けてぇ! 帰るぅ、ままぁ!」


 しずくに午後五時半になるまで学校に軟禁されてしまった。どうやら女性一人だと本当に幽霊が出た時、心配だと言うのだけれど。

 いやいや、僕がいたって頼りにはならない。

 「助けて」と何度も叫ぶもしずくは僕の腕を引っ張るばかり。


「大丈夫大丈夫! 幽霊だとしても仲良くなれるんじゃない?」

「いやだぁ! なれないから! 怨霊に呪い殺されて死にたくなぁい! ヘルプヘルプヘルプ!」


 僕は走って逃げようとしたけれど。もう無理だ。真っ暗で誰の声も聞こえない踊り場が目の前にある。西棟の踊り場。朝、しずくが奇行に走って、他の生徒から白い目で見られていた場所だった。怪談が発足した場所でもある。

 帰りたいけれど。そこを通らねば帰れない。

 最悪、午後七時までは職員室が開いているのでそこに逃げ込む手もある。ただ、この泣き顔を先生達に見られたら絶対馬鹿にされる。小さな頃から一緒にいる、しずくに馬鹿にされるのは慣れているが、他の人となると……。

 そこにいるしかない。


「大丈夫! 見つけたらちゃんとカメラを……」

「大じょばねえよ! カメラに映る訳ないだろ! もう帰ろうぜ!」

「直観探偵たるもの。目の前で現場を見るしかないの! 他に推理できないから!」

「探偵として推理できないはちょっと……威張れることじゃないとは思うんだが」

「どうでもいいの! さてはて、もうすぐ出るよ! 後ちょっとで六時!」

「うわぁあああああ!」


 僕の心臓はたぶん、二、三回止まったであろう。ドキドキの中で待って、六時となった瞬間。

 直観探偵しずく、動いた。

 階段から飛び降り、鏡を手で抑えつけたのだ。


「見ちゃったわ!」

「えっ!? あっ、うわぁっ!?」


 何をしているか分からない僕は後ろに幽霊とかがいると思って、階段を尻で滑り落ちる。尻が焼け付く程に痛い。


「この鏡、斜めってると思ったら、誰かが動かしてたんだね。鏡の裏に空洞があって、その中にいたんだよ。本物の幽霊となるであろう……」


 目を見開いた人間がいた。人間はズタズタの服を着つつも財布を持って、今から夕食を買いに行きますと言わんばかりの恰好であった。

 そうか。


「そ、そういうことなのか……?」

「うん! こっそりここに住まないといけない人だったから、教師の目が職員室に集中し、鍵が開いたままになってる午後六時に買い出しに出ないといけなかったんだと思うの。見るからに」

「……そうかそうか草加せんべい……」

「で、自分を見られる訳にはいかないから、幽霊のふりをしてたと。おっさん、元ここの生徒? 借金取りとかに追われてるとか?」


 なんて、直観探偵が調子に乗っている途中だった。驚いてパニックになっていたのか。奴は、突然彼女めがけて飛び掛かってきた。

 しずくも咄嗟とっさには動けない。

 だから、僕が動いた。その手を取り、前へと投げ飛ばす。中学の柔道部で培った一本背負いなら人間に効く。

 僕は額についた汗を拭きながら、言うのであった。


「どうする? 警察に言う?」


 直観探偵は笑顔で一言。


「この人も事情があったみたいだし。今のだってびっくりしただけだろうし。様子を見て上げようよ」

「優しいな」

「いや、おじさんをペットにしている学校なんて他にないからね。名物になるかも……」

「おい……」


 様々な身の危険を感じたのか、おじさんは自ら警察を呼んで運ばれていった。何だったんだろう……結局。

 まあ、どうでもいいか。


 何てことで次の日は有頂天状態の直観探偵しずく。だが、一つ。


「犯人は貴方かもしれないし、私かもしれません! あれ違った。私、なんて言ってたっけ? えっ、決め台詞忘れちゃったぁ!」


 事件を目撃すると、頭がピーンとひらめいて。IQが190にもなる女の子。直観探偵のしずくだが。

 ……推理をしてないのに、どうして僕を幽霊探しに付き合わせたのか。犯人が人間だとは分かっていなかったはずだ。

 それなのに……何故、しずくは僕を……。

 それだけが気になって昼間の授業中でしか眠れない僕なのであった。

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