俺を育てた幼馴染がイケメンで羨

水原麻以

俺を育てた幼馴染が女なのにイケメンで羨

ネカフェに暮らす作家、音橋はパートの介護保険施設職員である。

正職員の島田が「無理筋だ!」と自分の手に余る仕事を丸投げしてきた。みんな平等に忙しい。そんな「やってはいけない無茶ぶり」をしてきた。

コロナ対応の告知や、人身事故への対応も、過剰なクレームも二人分やれという。

無理難題の連続で、非常勤の彼には、それを断る権利もない。


しかし、介護保険の利用者からの無茶ぶりも重なり、音橋は、なんとかして、小説家の仕事を本業にしたいと考えつつ、投稿サイトでの創作活動に全力投球する......のだが! ! !



――耐え切れず介護事業所『かけはしケア』の施設長に直談判した。

「いいわけだとおっしゃる? 『できない』はいいわけですか。じゃあ、この、介護事業所は、根性論で、利用者の要望を一身に引き受けていらっしゃるのでしょうか?。その無理筋に、俺の心は、もう折れてしまいます。」


取り付く島もない。そんなムチャクチャにスタッフ一同の心も挫けた。

とうとう全員が退職して事業所は潰れた。島田の横暴もついえた。


「あぁ、俺の小説家人生も。浮かぶ瀬も救命ボートも浮き輪を投げ入てくれ人もいないのか」

悶々と暮らすうちに資金が尽きた。コロナ禍でカフェが大幅値上げしたからだ。


――――そして、岡橋は介護施設に、住み込みで入居する事に。

しかし、新米介護職員岡橋には、まだ、介護施設での仕事はない。

なぜならば…

「無理筋だ」と、利用者から無茶ぶりをされているのが、介護施設長だったからだ。

「あの島田さんって新人? 元かけはしケアの人じゃない。あそこ潰れたんでしょ。何だか怖いわ」

女性利用者たちがこぞって嫌がった。

「でも韓流スターのパク・ピョンピョンみたいな顔なら別だわ」

「ここって附属病院に形成外科があったでしょ。施設長、あいつに手術させなさい。もちろん自費で!」

ここの女は無慈悲だ。要介護者なのに世話をしてくれる人の人権を認めない。

そして、利用者が、やってはいけない無茶ぶりをした事により、施設職員がまた一人、二人と逃げ出した。

ついに、島田のポジションが《介護職員岡橋》の仕事となった。

「今さら泥船に居残れというか」

音橋はタイミングの神様を恨んだ。しかし住所不定無職を理由にしてしがみついている。それならば現状に対してノーと言えない。

音橋は言い訳棒を振り回して戦う覚悟を決めた。

気持ちを切り替えると不思議なパワーがみなぎってきた。

「今の俺には言い訳の神様が憑いている!」

「いいわけ」の神様は、『介護利用者は被保険者であることを言い訳にして無茶な仕事を要求しているのだ。この施設は、やりたい事が、まだ決まっていない人のために、言い換えれば働き口が決まっていない人のために任務を提供している。無理筋と無茶ぶりが妥協を許さない!だったら、お前もやりたいように仕事をしろ!』――と、言う。


『よいか!ここでは無理筋が主語だ。ならばお前も無理筋を無理筋で打ち返せ!』


いいわけ棒が金色に輝いた。


「そうですか!」


音橋はキラキラと瞳を潤ませる。

無茶振りで、音橋は、「いいわけ」棒を使っている。

「塩気が足りない。どうにかしてくださいよ」

「無理筋です!」

「個室にしてもらえない?あのジジイがアタシを触るの」

「介護保険的に無茶です!」

次から次へと押し寄せるクレームを豪快に打ち砕いた。


しかし......それでも、介護職員は、「無理筋だ」と言っている人が多い。

介護施設長は、介護利用者の無茶ぶりに、「いいわけ」で応じたが、介護職員は、

「無理筋だ。」

「無理な仕事」

「仕事が増え…」

「無理な職場」

「休まないと…」

「無理なシフト」


夜勤と日勤をローテーションする施設はザラにある。

これを月に8回もすれば体内時計が壊れてしまう。

定時にあがることはまずない。


夜勤が明けたら開けたで記録用紙の記入作業、早番スタッフに引き継ぐ間の排泄介助、身体介助、朝食の下準備、自分以外の残業が山ほどある。


「あの人は休んだり…私が休めなかったり、マジもう無理」

と、言う風に無理筋に翻弄されていた。


職場にハチャメチャのクラスターが渦巻いている。


『介護施設でやりたい事は決まっていないので、やりたい事が、まだ決まっていない人』が、この無茶ぶりに応えるのが、『無理筋だ』『無理な仕事』『会社の休まずに自分でやらなければならない仕事』「やりたい事」「仕事」........。

そして介護職員は、「無理な仕事」介護利用者の仕事を、介護施設が「無理筋だ。」「無理な仕事」…


「うわーーーっ!」

とうとう、介護福祉士の太田が絶叫した。そのまま救急搬送されていった。


「休まないと、介護施設長から怒られる」

フロアリーダーの室井が青ざめたまま食堂を回遊している。

太田の労災が認定され行政の指導が入った。

「休まずにやらないと、会社の迷惑」

「仕事」

大半の介護職員が「無理筋だ」と抵抗した。ただでさえ人手不足の業界だ。法定休暇を満足できるほど暇ではない。

「無理な仕事」

「休んだりせず働くべき仕事」

そうなのだ。利用者は24時間生きている。彼らは食事も排泄もする。無理筋、無茶ぶり、どうこう以前の問題だ。

介護のニーズすなわち生きることじたいが誰かに無茶ぶりを強いているのだ。

「休ませてはいけない仕事」

上下のフロア担当者からも反対論が出た。


音橋のいいわけ棒がぽっきりと折れた。

「利用者さんが死んじゃったら言い訳できませんよ」


もう、わけがわからない。

施設は苦肉の策として人材派遣会社に縋った。

そして出会いの奇跡が起きた。

「先輩…すよね?」

「音橋…く…ん?」

地元中学の嵐のような虐めから守ってくれた、一個年上のクールビューティー。

背もげんこつ一つ分だけ高い少女はサラサラの髪をなびかせるナースに成長していた。

「いやいやいやいや、IT業界に進んだんじゃなかったっすか?」

音橋は自分の記憶違いを心配した。いや、畑違いの転職をしたのは琉璃の方だった。

「AIに仕事を奪われちゃったの。単純なコードは深層学習に置き換わる時代。だったら、ぜったい機械化できない職種に就こうと思った」


負けず嫌いは相変わらずだ。弱音を力づよい言葉で上書きする。

「寄り添う相手は機械より人間っすよね」

長い影法師が距離をちぢめる。


西日が先輩にオレンジと黒の陰影をつける。

「辛くなると屋上へ出勤しなければいけなくなる」

さすがの琉璃も夜勤の連続はこたえているようだ。昼夜逆転の生活は想像以上に消耗する。だいいち、日中は働くという常識が熟睡を妨げる。

やがて瑠璃がいうように疲れ果てて屋上から天国に出勤せざるを得なくなる。


「先輩はやりたいことがあったんっすよね?」

音橋は彼女の未練を見破った。対する自分はどうか。

しかたなく住み込みで働いている。

琉璃は少し考え、こぼした。

「わたしは…やりたい事が決まっているんだから休まなくてもいいけどさ」

「俺はいきるために会社の言う事を聞かなければならない。そして追いつめられて屋上に出勤する」

先輩後輩の関係は天国に続く階段で交叉する。


「使命感に突き動かされている、と錯覚してるのでは?」

音橋は勇気を出して憎まれ役になってみた。

琉璃はムッとする。

「宿命だし適役だ確信してる。『やめてくれと会社の側からはいえない』と言われてる」

かけがえのない人材なのだ。

「やりたいことはやり遂げたけれど、会社は何もしてくれないのではないか」

音橋はブラック企業の美辞麗句を指摘した。実際、島田が退社するまで余剰部品のような扱いだった。


「私、やりたくない事は全部やめたから。私は会社で何も言われたことはないし、私はそんなこと望んじゃいけない様な人間だから…わざわざ会社の人に言われるまま『やらなくて良いいい訳』をしただけだから。」


つまり、琉璃先輩は好きな仕事を選べる立場にあるのだ。自分の派遣先を自由に裁量できるって、けた外れのやり手だ。

そして、自分で希望した以上は、ノーと言えない。


「先輩、本当はIT業界に戻りたいんでしょ?」

音橋は背中を押してみた。

『私のような人間が会社を辞めていいのか』

琉璃は葛藤する。



翌日、二人は揃って退職願を出した。

しだれかかるほど瑠璃が酔っ払った結果、終電間際の屋台で意見が一致した。


二人を「無理筋」の渦中に捉えている力。その正体は「しがらみ」だ。


そこで企業という利潤追求・福利厚生の相反する無理筋から離れてみることにした。


音橋は琉璃のアパートに転がり込むわけにもいかず、ネカフェに戻った。


二人はつかず離れずの間隔をたもち、三か月が過ぎた。

音橋は相変わらず日雇い派遣を検索している。


「本当に今までやってきた事、やってきたんだよ、私は、ただ『やりたい様にやりたい。』この気持ちをちゃんと伝えたくて、会社をやめて転職活動をして少しがたついている会社に行ったんだ。」


琉璃は髪を切り、耳を出していた。そして介護現場のズボンからスカートに履き替えていた。

「探し物は見つかりましたか?」


音橋は差し入れの崎陽軒シウマイを喜んだ。


「そんなことをしても覇気を焚きつけたところで億劫な気持ちが強すぎて、結局、何もできずじまい、何をするのも嫌になった。」

「先輩、力み過ぎっすよ」

リクライニングシートに沈む音橋。「人間をダメにするハットリの椅子。お値段それなり」という商品名が憎らしい。


「今は普通の会社に行く選択をしたから。私じゃなきゃ!は封印したの…て、君はどうなのよ?!」


ひょいパクっとシウマイをつまみ食いする。


「あっ、観賞用にとっておいたのに」

音橋が身を起こす。

「私は私なりの海を回遊してるの。君はどうなの?」

「俺はレーゾンデートルに脅迫される生き方は願い下げです。施設を辞めて頭が冷えたんですよ。利用者たちは生きたいッ!とも、生かされたいッ!とも思ってない。ただ、生きるという前向きな無理筋ん中に生きてるんです。だから俺もそうありたい」

すると、琉璃はスマホのブラウザを立ちあげた。

「いつまで休載してるの?」

痛い所を突かれて音橋は仰け反った。

小説を忘れたわけではない。無理やりな再開が嫌なだけだ。

キャラだって生きている。動けと言われて無理筋な活躍をしたくないだろう。


「やりたい、やりたいと言っていれば、きっと私ならやっている」

琉璃はスケジュール管理アプリを披露した。


「停まると死んじゃうから、やりたいだけなんじゃないの?」

音橋は回遊魚という言葉尻をとらえた。


「私は私でいれるか出来るかを知りたいんだよ。知って、考えて、本当は無力なんじゃないかっていう不安を消したいの」


「そんな不安なんて消せるわけないよ」と音橋はいう。


思いやりのない事を言われて、琉璃の負けず嫌いが疼いた。


「わたし――知ってるんだあ…」

琉璃はネカフェのガラス越しに福祉車両を見た。ナンバーはかつての勤務先のものだ。車体は塗り替えてある。

「何を…って、あっ」

音橋は彼女の視線を追って気づいた。

「あなたねぇ。やりたい様をやりたいって決めてる時は全然、何もやってなかったじゃん。もし、そうであろうが、なかろうが。言い訳ばっかり」


音橋はゴロンと不貞腐れた。そして、負け惜しみを唸った。

「大器晩成、至福千年、満を持してってね」

琉璃はその言葉を聞いて失望した。

が、ひざ掛けに隠れた紙片を見逃さなかった。


固有名詞が羅列してある。

琉璃はふっとかわいらしく笑った。

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