不良品
髙橋
1
いよいよ本番だ。この日のためにどれだけ準備してきたことか。
自分にできることは全てやったつもりだ。自分が走るコースは何べんも確認したし、頭の中でシミュレーションもしてきた。コースは楕円状に広がっており、改めて見渡すとただただ広く感じる。想定してきたとはいえ、いざ本番となるとやはり緊張するものだ。
審判なのだろう、コース上にはところどころに人が立っており、こちらを凝視している。
こちらはといえば、みんな様々な表情をしている。緊張でガチガチになっているもの、本人なりのリラックス法なのか口をぽっかりあけているものや、どんな練習をしてきたのやら傷だらけになっているものなどもいた。
かく言う私も先日転んでしまい少々ではあるが傷を負ってしまった。しかしそんなこと構っていられない。伸るか反るか、いよいよ本番が迫ってきているのだから。
そんなことを考えていると隣にいた奴が話しかけてきた。
「やぁ、いよいよ本番だな。緊張してるかい?」
私は正直話しかけられることを鬱陶しく感じた。なぜなら本番前は自分なりに集中力を高めたいからだ。
アスリートが本番前に自分なりの方法で集中力を高める儀式のようなものをすると聞いたことがある。ルーティーンといったか。
もちろん自分をアスリートなんていうつもりはない。私なんていわばどこにでもいるような既製品のようなものだ。それでも自分なりに本番である今日のために必死になって努力してきた。
「命がけ」なんて言葉をしょっちゅう言う奴は信用できないが、しかし今日が一世一代の勝負の日だということは痛いほどに理解している。
だからこそ走り出す前に自分の世界に集中しておきたいのだ。こうやって過去にやってきたことを思い出し、闘志を燃やす。それが私にとってのルーティーンだ。
話しかけられた後、そんなことを考えていると隣の奴はさらに続けて
「俺、今回が初めてなんだよ、いやぁ緊張するなぁ。君も初めてかい?」
どうやらルーティーンに集中させてはもらえないらしい。私は小さくため息をつくと
「そうだね、私も初めてだ」
と仕方なく答えた。まったく勘弁してほしい。
「そうか!君も初めてか!正直不安だったんだ。今日初めてなのは俺だけなんじゃないかって。
いざこうして見回してみるとみんな百戦錬磨のベテランに見えてさ。でも君がいてくれて良かったよ。そういえば緊張したときの対処法を知ってるかい?周りの人全部じゃがいもだと思えばいいらしいよ。君もやってみるといい」
よくしゃべる奴だ。うるさいったらない。私は「それはいいね」などと適当に相槌を打って早く本番になってくれと祈った。
そうこうしているうちにいよいよ本番の時間となった。いよいよスタートまであと少し。
隣の奴が「互いにベストを尽くそう」なんて言ってるがもう知ったこっちゃない。
ゲートがオープンし、みんな一斉に走り出した。
私も快調な滑り出しで、前を走っているものにピタリと続いて走っている。
ふと後ろを見るとさっきまで隣にいたあのおしゃべりの奴が私の後にピタリと続いている。
こいつにだけは負けるわけにはいかない。
コースに沿って順調に走っていると少し妙な感じを覚えた。
あれだけ入念に準備したのに少しも順位を上げることができない。
遅れているわけではない。前を走るものに距離をあけずにピタリとついて走っている。
スピードも落ちていない。
それでも抜き去ることができないのだ。
私は少し困惑しつつも平常心を保とうと努めた。
焦りやとまどいで心がかき乱されると、必ず体にも影響が出るからだ。
しかし、気になってそっと後ろを確認するとやはりあのおしゃべりも離れずにずっと私についてきている。
うるさい奴だったが、なかな実力もあるようだ。もしかしたらあのおしゃべりが彼なりのルーティーンだったのかもしれない。
そんなことを考えていると、前方のコースの脇に人が見えた。中年と若い人物の二人組だ。
彼らも審判だろう。
彼らの横を通り過ぎようとした時、中年の方が私をヒョイと持ち上げて言った。
「見ろ。こういったのを見逃さずにピックアップしていくのが俺たちの仕事さ」
「本当ですね。それにしても、こんだけ速く流れていくのによく見極められますね」
「これも慣れさ。お前も数をこなせばものになってくるよ」
私を見ながら若い方が中年の方に聞いた。
「それはどうするんですか?」
「廃棄だな。売り物にならんよ、こんな傷ついている缶詰」
不良品 髙橋 @takahash1
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