誰も救われない手紙

ヘイ

優しくない人



「死人の思いなんてのを使って金を稼ぐ奴は気に食わねぇ。それこそ死者への冒涜だ」

『…………』

「必要とするから声を届ける。霊能を騙る人間にゃ一生届かないもんだ」

『私は……』

「安心しろ。お前の言葉は俺がしっかり届けてやる」

 

 彼はしがないカメラマンだった。

 テレビ局に勤め今日もカメラに霊能者を騙る男を映す。

 見えていたのはずっと昔からだった。物心つく前から人には見えない物が見えて、声が聞こえた。

 触れることは出来なかった。

 ただ、テレビを観ていると時折、霊能者を名乗る者が出てきて彼らは基本的に嘘つきなのだと思った。

 カメラのレンズの向こうには静かに語る男がいた。

 

「貴女の娘である少女は貴女の事を責めてなどいない。大丈夫です、震える必要はありません」

 

 諭す様に語る男性と啜りなく女性。

 男性の手は彼女の肩に触れる。パーソナルスペースへの侵入。瞬間に、女性の中の疑心が少しずつ晴れていく。

 

「本当ですか?」

「……貴女は自分の娘が優しくないとは考えていませんね?」

「私の、娘は心優しい少女で……!」

「分かってます。今、私の前には貴女の娘が居ますから」

 

 信じてしまうのだろう。

 見えない物に蓋をしてしまう。見えているのは彼だけだ。

 

『あの、三間みまさん。本当にあの人見えてないんですか?』

「見えてるわけねぇだろ。話したことあるか?」

『いえ……、ただ』

「あやふやな感覚だな。まあ、十中八九見えてねぇよ。俺よりは遺族に寄り添おうとはしてるから信頼されるかもな」

『三間さんならどうするんですか?』

「……俺ならお前の言いたいこと全部探りもしないで、さっさと伝える」

『そっちのが信じやすいでしょうけど』

「いや、見知らぬ他人が自分の娘の言葉をいきなり聞かせても普通は信じねぇの」

 

 ぼそぼそとしたやり取りを隣に浮かぶ少女の霊と行いながらも三間はカメラで霊能者を映す。

 

「俺はお前が伝えたいことある様に見えたんだ」

『うん……』

「そこにゃ信じるもクソもねぇからな……」

『うん』

「お前に許されたのは一方的に言葉を告げるだけだ」

『三間さんって、もしかして優しい?』

「……黙ってろ」

『はーい』

 

 流石に声を抑えるのも面倒になってきたのか三間が指示すると、幽霊の女子高生も口を閉じてしまう。

 

「ありがとうございまーす!」

 

 番組が終了して全員がそれぞれの動きを始める。

 片付けが終わり、仕事も終えて三間がテレビ局の外に出ると女子高生が手を振って名前を呼んでいる。

 

『三間、さーん! お母さん行っちゃうよ!』

「おお、悪い悪い」

 

 大して悪びれる様子もなく三間が謝ると、直ぐに彼女の近くにいる女性に声をかける。

 

「すみません」

「はい?」

 

 振り向けばやはりと言うべきか、女子高生と目鼻立ちはそっくりだ。

 

「私、三間銀治ぎんじと申します」

「はあ?」

「貴女の娘が伝えたいことがある様で」

「何なんですか、貴方」

「『親不孝でごめんなさい』と」

「……それだけですか?」

「はい、それだけです」

「私の事は恨んでましたか?」

「さあ、誰がどんな感情を抱いているかは分かりませんので。ただ、母を一人にしてしまったと自分を責めていましたね」

「そう、ですか」

「貴女が信じられないなら、それでも構いませんよ。吉岡よしおかさん、えーと清音きよねさんからも了解は頂いています」

 

 目の前にいる女性に三間がどう声をかけたとしても、完全には信じてもらえないはずだ。霊能者の言葉には人を信じさせる魔力があったが、三間の言葉に人を信頼させる力はない。

 

「番組関係者の方ですか?」

「はい」

「……何処で調べたかは分かりませんが、貴方の言葉を信じるつもりはありません」

「そうですか」

『…………』

「では」

 

 女性は背中を向けて歩いていく。

 

『お母さん!』

 

 ただ、清音も黙っているわけには行かずに母を呼び、追いかけて、肩を掴もうとしてすり抜けた。

 

『あ……』

「言ったろ、お前に許されたのは一方的に言葉を伝えるだけだ」

『成仏、出来ないんだ……』

「お前が満足してないからだ」

『どうしたら良いの?』

「成仏ってのは未練が晴れて初めて叶うもんなんじゃねぇの? ……お前、本当は恨んでんだろ?」

『母さんの事?』

「違えだろ。お前を殺した女の事だよ」

『……覚えてたんだ』

「触れたがらねぇとは思ってたが、どう考えても未練だろうが。けど、その先は知らねぇ、恨むなら勝手に恨んどけ。それは人間の特権だ」

『私、幽霊だけど?』

「元々人間だろ」

『…………』

「俺は死人の復讐には付き合わないからな」

『そっか……』

「地縛霊でも浮遊霊でも何でもなってろ」

 

 これが彼らの関係の終わりだったのか三間はやる気がなさそうに歩いて行ってしまう。追いかけなければならないのか、清音には分からない。

 

「…………」

 

 なんとはなしに三間が後ろを見れば清音は空に漂っている。

 

『三間さん、私さ……』

「聞こえねぇよ」

『私、皆んなにお別れ言いたい!』

「良いんじゃねぇの」

『だから手伝って』

「……わぁったよ」

 

 別れを告げるという行動に復讐などはないのだろう。だから、三間も応じる。

 

『良いの?』

「お前が言ったんだろ」

『そう、だけど……』

「お前のこの行動にゃ恨みが無いってんなら、俺も構わねえよ」

『……ありがとう。でも三間さん、忙しいんじゃないの?』

「当たり前だろ。合間でやるんだよ」

 

 溜息が吐き出される。

 こんな事をした所で三間には一銭の特にもなりはしない。

 三間は溜息を吐きつつ、自車に乗り込む。

 

「俺にも思う所があんだよ」

『三間さんが?』

「何だ、その俺に人の心がないみたいな言い方」

『別にそんな事言ってないです』

「……俺には姉貴が居たんだ」

『へー、さぞクールな人だったんでしょうね』

「まあ、死んだんだけどな」

『あ、……すみません』

「死んだ奴が他の奴の死なんて気にすんなよ、変な気分だ」

『三間さんのお姉さんってどうなったんですか?』

「家にいる」

『成仏してないんですか?』

「俺が心配なんだと……」

『愛されてるんですね』

「なんだろうな。まあ、俺が早く死ねば姉貴も成仏できる」

『…………』

「冗談だ」

 

 言葉を探している少女の様子に三間は軽く口にした。

 

「……まあ、良くある話だ。姉貴が死んだのはイジメによる自殺だった。終始穏やかで俺には姉貴がどんな苦しみを覚えていたのかもわからなかった」

『…………』

「で、姉貴が何日経っても帰ってこなくて、んで後んなって死んだことがわかった」

『いじめた相手を恨んだんですか?』

「まあ、な。ただ、結局何も出来なかった」

『何でですか?』

「そりゃ、自分の身を守る為だ。俺の姉貴が死んだ事で、俺も好奇の対象。大変な目にあったよ。それこそイジメもあった」

 

 お前だって分かるだろ。

 三間に問いかけられると清音も考え込む様な表情を見せた。思い出していた、自分が死んで直ぐのことを。

 

「そんなんで復讐する気も折れた。姉貴もんな事は望んでなかった」

『強い人なんですね』

「さあな。ただ、まあ、姉貴は俺に代わりに復讐してくれとは言わなかったよ」

『……たぶん、憎いと思うことはあったと思いますよ』

「分かってる。……まあ、所詮は俺の身の上話だ。死んじまったお前が生きている人間の事なんざ気にすんな。大統領が変わっても、総理大臣が変わってもお前にゃ関係ねぇよ」

 

 何とも希薄な感情でポンポンと言葉を紡ぐ物だ。抑揚というものも、余りない彼の語り口は余計に事実であると思わせる。

 車のエンジンをかけ、ギアをドライブに入れてゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

 

『……そういえば』

 

 何かを思い出したのか、清音はポツリと呟く。

 

「何だ?」

『霊能者が偽物であるとは言わないんですか?』

「言うわけねぇだろ。確かにいけすかねぇけど、あの番組じゃあの人を下ろすわけにはいかねぇんだよ、視聴率的にな」

『死者への冒涜って言うのは……』

「別にそう思うってだけの話だ。俺が現状をどうこうする事はない」

『…………』

「後は信頼の差だ。あの人にあるのは霊能者としての信頼。俺にあるのはカメラマンとしての信頼。俺が霊がどうのと言っても信じてもらえないからな」

『だから……』

「今日も居たんだろ」

 

 何となくではあったが三間には彼女を殺した相手に検討が付いていた。

 

『……うん』

「何度も言うが、復讐には手を貸すつもりはない」

『分かってるよ』

「ただ、罪が罰せられるのは当然のことだとは思ってる」

『…………』

「悪いな、何も出来なくて」

『大丈夫だよ。だって私はもう死んでるから』

 

 復讐するには三間の心理的な問題で不可能であり、ただ、彼の中にも善意的な心がある。

 

『生きてる人が何時迄も死んだ人の為になんて思ってたら真っ直ぐ生きてけないよ』

「お前の母さんもか?」

『うん』

「……その言葉を伝えられたら良かったんだがな」

 

 三間は信号に捕まりブレーキを踏んで車を停止させる。

 

『ねえ、これって何処に向かってるの?』

「百均。……手紙買いにな」

『手紙?』

「別れを言いたいって言っただろ」

『うん』

「だからだよ」

 

 別れの挨拶には手紙がちょうど良い。声は届かないかもしれない。それでも伝えたいことは伝えられる筈だ。

 

「会いには行くなよ」

『何で?』

「自己満足してろ。どうせ声も届かないからな」

 

 なら、苦しそうな顔を見るよりは何も知らない方が良いに決まってる。満足できなくとも、悲しくなると言う事はない筈だ。

 

「死んだ奴が死ぬ以上に苦しむ必要なんてないだろ」

 

 後日、彼女の友達らに手紙が届いた。死者からの手紙を読んだ者が一体、何を思ったのだろうか。

 誰かの悪戯だと読まずに捨ててしまったかもしれない。本物だと信じて涙を浮かべたかもしれない。

 きっと彼女の送った手紙は誰も幸せにはしなかっただろう。

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誰も救われない手紙 ヘイ @Hei767

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