第20話

 

 陽が暮れ、城内に静けさが佇んだ。

 少し前まで湧いていた者たちも、篝火を見ておとなしくなっている。瞳に虚ろをを宿している者が多くなったころ、ようやく夜食の料理が運ばれはじめた。


「皆、暗いな」

「我らもよ。そういうものだろう」


 辺りをうかがいながら食事するシカに、ハツが苦笑いして言った。


 一日目の戦いは、勝利に終わった。味方に死者はいない。上々ともいえる結果だった。しかし思いのほか、敵兵を撃ち減らすことは叶わなかった。

 壁の上からの一斉射撃により、迫る敵に大きな損害を与えたのは最初だけだった。火に巻かれて慌てふためいているうちはよかったが、五千という数の多さが冷静さを取り戻させたのだろう。すぐに体勢を立てなおされ、矢に撃たれた死体を盾にしはじめたのだ。


 敵兵がじりじりと城壁に取り付き、登りはじめたころ、陽は落ちた。奇襲などの特殊な行動がないかぎり、夜間も戦うことはない。士気が落ちるからというのはもちろんのこと、命令等が正しく伝わらずに暴走することもあるからだ。城壁に取り付いて登りはじめていた敵兵は、夜が広がる前に引いていき、初戦を終結させた。


「五百は撃てたろう」

「たぶんな。あまりに少ない。それにあと一刻あれば、壁は登られていたぞ」

「そうだろうな」

「明日はどうなるか」


 どうにもならんと言いかけて、キョウはぐっと言葉を飲みこんだ。


 そばにある篝火が、ばちりと爆ぜる。同時に周囲が静まり、先ほどまで話していたシカとハツも口を噤んだ。


 暗闇に溶け込む、火の赤。

 城壁の下で燃える敵の遺骸を思い出し、首筋に熱と冷気が走った。


 篝火の赤とは別に、壁の向こう側も、赤く明るい。戦が終わった後、矢に撃たれた遺骸の上へ油を落とし、火をかけたからだ。遺骸を放置すると腐敗が広がり、病を得る。油はもったいないが、後を考えれば火で弔ったほうがいい。


「あの火が、敵を寄せ付けないでくれると良いのだが」

「違いないが、臭いがひどい」


 カンが鼻をつまみながら顔をゆがめた。

 人の焼ける臭いとはひどいもので、例えようもない独特の臭いが鼻の奥を刺激する。慣れるものでもなく、しばらく嗅ぎ続けると体調を崩す者もいる。今夜は寝れんかもしれんなとシカが苦笑いすると、そうだなとキョウも顔をしかめた。


 食事を終えると、皆それぞれに身体を休めはじめた。

 声を交わす者は少ない。

 キョウもシカと話すことなく、宙を見ていた。黒い空に揺れる赤から目を背け、飲みこまれて見えなくなった星の灯りを探す。目を細める。すうと息を吸う。むせかえりそうな臭い。戦の汚れが、星の灯りを奪っているかのようだった。


 すうと、風が流れ落ちてくる。

 人の焼ける臭いとは別の、澄んだ風が鼻先をすぎた。


「通ります」


 透き通るような声が、宙を抜けた。

 兵士でも、男の声でもない。幼い子供のような声だった。


「通ります。片付けますので」


 透き通る声は動かぬキョウのそばを抜け、同時に足音を添えた。遠慮がちな、静かな足音だった。


「すまぬ。給仕か」

「はい」

「踏まなければ、飛び越えてもいい」

「そうですか」


 透き通る声はキョウに応え、とんと彼の身体を飛び越えた。細身の、少女だった。布の端から、色白な脚がのぞいている。篝火に染まって赤くも映え、火と風の中を舞っているかのようだった。


「お前を、昼間に見たことがある」

「そうですか」


 キョウの言葉に、色白の少女が短く応えた。目の前の食器をすばやく集め、重ねていく。途中、カンと目が合ったのか、少女はカンに向かって小さく頭を下げた。あわててカンも礼を言い、大きな身体を丸くさせた。


「では、また明日」


 幾十も重ねた食器を器用に持ちあげ、少女は小さく頭を下げた。釣られてカンが再び身体を丸くさせる。隣にいたハツとテイが礼を言い、シカが無言で頭を下げた。


「明日が来ればいいが」


 宙に目を向けたキョウが、こぼすように言った。彼の言葉に、少女の足が止まる。


「来ませんか」

「わからん」

「そうですか」


 少女は透き通る声を落とし、去っていった。同時に、ずしりと風が流れ込んでくる。人の焼ける臭いを帯びた、重い風だった。

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明日になったら 遠野月 @tonotsuki

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