光をもとめて

暗黒星雲

第二十四話 250TRを駆る宇宙犬

 暗闇の中を疾駆する一台のオートバイ。


 シンプルな250cc単気筒エンジンを搭載したスリムなデュアルパーパスモデルだ。漆黒の空間でも、ライムグリーンのタンクがその存在を主張するように浮かび上がる。しかし、そのオートバイを運転しているのは一匹のボストンテリアだった。


 白黒模様の小型犬。そいつがチョコンとシートに座っている。

 スロットルやブレーキレバー、クラッチレバー、シフトペダル等に全く触れていない。それにもかかわらず、オートバイは疾駆する。


「おい、栄吉。起きてるか」

「起きてるよ。ただ……」

「何だ?」

「現状、何が起こっているのか全く理解できん。俺は確か、女優の野々原さんと演劇の稽古をしていたんだ。シナリオについていろいろ意見を交わしていたら、尻から煙が噴き出して、あの、小道具の小刀が俺の頭に刺さって……で、何で俺がオートバイになってんの?」

「ふむ。そこは理解できているんだな」

「不思議なんだけど、自分の姿が客観的に把握できる。ライムグリーンの250TRだけど……何で走ってるんだ。お前さ、スロットルにもブレーキにも手足届いてないじゃん」

「お前ではないぞ。私は栄光ある宇宙犬。名はウォーターズ・エッジ・ウエストだ。しかも博士号を持っている超絶すんごい学者さんでもあるのだ」

「わかったよ。で、その超絶すんごい学者さんが何で犬なの?」

「私はただの犬ではない。人語を操り宇宙飛行士の資格を持っている宇宙犬だ。ちなみに、IQは160……私の英知の前にひれ伏すがよい」

「ひれ伏すって……どうすりゃいいんだ? 俺、今、オートバイだし……って何で俺がオートバイになってんの?」

「うむ。それはだな。世界を救うためなのだ」

「悪い。意味が分からん。それに何? 俺のマフラーから出てる白煙は?」

2サイクルツーストの白煙に決まっとるだろ。オートバイの白煙と言えば2サイクルツーストじゃないか」

「あの……ウェスト博士。俺、今、4サイクルフォースト単気筒の250TRなんですけど……」

「ふふふ。現状ではパワー不足が否めないのでな。貴様の心臓にマッハのエンジンを追加しておいたのだ。次元共有接続でな」

「それ、意味不明です」

「考えるな。感じるんだ。今、貴様は鈍重な単気筒ではなく、超加速を誇るマッハの心臓をもっているのだ。しかもナナハン750ccのH2だ。喜べ」

「でも、車体は250TRだろ」

「まあな。タイヤはブロックパターンのままだから気を付けろよ。パワーをかけすぎると簡単に滑るぞ」

「怖いな」

「ふん。エターナル栄吉がビビってんじゃない」

「そんな事より、何で俺がオートバイになってるんだって話だ」

「そうだったな。貴様は現実世界で、ヤーブスに体を乗っ取られたのだ」

「ああ」

「それじゃあ困るからな。貴様に活躍してもらおうと、オートバイになってもらったのだ」

「なるほど。全然、納得いかねえんだけど」

「それはともかく、さっきも話したが世界を救うためだ」

「世界って?」

「順を追って話そう。ここで言う世界とは、この太陽系の事だよ」

「太陽系?」


 その一言に面食らってしまったのか、栄吉250TRがスローダウンした。


「急げ、あまり時間がない」

「すまねえ」


 再び白煙を噴き上げ、フロントタイヤを浮かせながら250TRが加速する。


「うわ、加速力はマッハだ」

「だから言っただろう。H2のエンジンと次元共有接続してあると」

「わかった。で? 太陽系がどうしたって?」

「古い話になる。遠い昔、銀河系を支配したある帝国が残した英知を司るデバイスがあった」

「うん。知らんけど」

「そのデバイスは、そうだな、本来、宇宙の英知を存分に引き出せる能力を持っていた」

「宇宙の英知?」

「そうだ。人知の及ばぬ、遥かなる高次元存在」

「……わかんね」

「そのデバイスがある時、地球へと飛来したのだ」

「偶然?」

「いや、複数の勢力がそのデバイスを奪い合い、お互いを滅ぼし合いながら戦った末の事だ。それは偶然に見えるかもしれない。だがしかし、遥かなる高次元存在に導かれていたのだ」

「その、遥かなる高次元存在って、神様の事か?」

「そのような簡単な言葉では語りつくせぬ、人知を超えた存在の事だ。その導きとは、この地球に愛と調和、平和と進歩、永遠の輝きをもたらそうとするものだ」

「永遠の輝きねぇ。諸行は無常なんじゃねえの?」

はかなく移ろい行くようで、その実は永遠の輝きを持つ。それが生命なのだ」

「いや、全然わからん」

「まあ聞け。そのデバイスの作用で、我々の地球は驚異的な進化と発展を遂げたのだ。文明の発展と地球の歴史を比較してみればわかりやすいだろう。数千年と数十億年。この驚異的な進歩をどう説明するのだ」

「ああ確かに。偶然ではなく……何かの……そうだな。造物主によるアシストみたいな作用があれば説明しやすいかもな」

「そういう事だ。しかし今、非常に危険な状況となっている。太陽系外縁部に、謎の艦隊が接近中だ」

「謎の艦隊って、ガミラス帝国か? それとも白色彗星帝国か?」

「どちらでもない。先に説明したとある銀河帝国の残党。奴らは地球を制圧し、そのデバイスを奪おうとしているのだ。奪えない場合、巨大出力を持つ重力子砲を使って太陽をブラックホール化しようとしている。あのデバイスは彼らにとって脅威となるからな。そやつらは再び、銀河の統一政府を樹立すべく画策しているのだ」

「それ、本当? こっちにはヤマトもいないし、アンドロメダもいないんだけど」

「確かに、我々には宇宙艦隊としての戦力はない。しかし、そのデバイスが本来の使われ方をしている限り、地球が侵略されることはない」

「本来の使われ方って……」

「愛と調和を育み、平和と進歩を推し進める事だ」

「……ヤバイんじゃねえの」

「その通りだ。現状では悲しい事に、呪詛と怨念、抗争と消滅、そんな事に使われている。その果てにあるものは永遠の闇だ」

「よくわかんねえんだけど、妖刀を巡って争うのではなくて、それを使って平和な世界を作ればいいのか?」

「そうだな」

「そうすれば、例の宇宙艦隊も退けられるのか?」

「ああそうだ。アンコック・ヘミュオン効果によって、侵攻してくる艦隊より強力な絶対防衛兵器が起動する」

「そんな夢みたいな」

「夢を現実化させるのがアンコック・ヘミュオン効果なのだよ。それは人類の進歩と発展であり愛と平和の実現でもある。矮小な呪詛や憑依現象だと認識している時点で情けない限りだ」


 図星をさされた栄吉は再びスローダウンした。栄吉は、彼の恩師である西水にしみず義和よしかず教授の事を思い出す。大学に於いて、偏屈な研究アンコック・ヘミュオン効果に没頭している人だった。栄吉は数少ない教授の理解者であると自負していたのだが、それでも教授の深淵な思想へとたどり着けない浅はかな自分に失望していた。


「ペースが落ちたぞ。遠慮せず飛ばせ」

「はい」


 250TRは再び白煙を吐きながら加速した。そして、漆黒の空間から明るい、緑あふれる郊外へと躍り出た。


「ここは?」

ハザマだ。想念の世界、または仮想の世界と現実の世界との境界だと解釈すればいい」

「俺は何をすれば?」

「うむ。デバイスを本来の所有者へと返すことだ」

「そのためには?」

「あの黒幕を倒すしかないだろう」

「黒幕って、誰?」

「わからない。しかし、見分け方は簡単だ。そいつはどす黒いオーラに包まれているからな」

「俺に見分けがつきますかね」

「大丈夫だ。セブンティAAダブルエーがあれば」


 栄吉は戸惑う。それは何の事だと。そして、250TRは何かの研究所のような施設へと到着していた。


 道路わきにあるプレートには「光子力研究所」と書かれており、その正面には巨大なプールが水を湛えていた。栄吉は、その中から『空にそびえるくろがねの城マジンガーZ』でも出てくるんじゃないかと勘ぐる。それだけ大きなプールだった。


「ところでウェスト博士。この研究所ラボに乗り込むんですよね」

「そうだ。そしてセブンティAAダブルエーで戦うのだ」

「それってよくわかんないんですけど、その前に、俺、オートバイのまんまなんで。どうやって入るんですか?」

「……」

「ウェスト博士?」

「すまん。考えてなかった」


 研究所ラボ前のオートバイとボストンテリア。

 彼らはしばし、その場で固まっていた。


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