走る窃盗犯とパトカー

矮凹七五

第1話 走る窃盗犯とパトカー

 俺は今、走っている。

 何故、走っているのか。それは警察に追われているからだ。

 何故、警察に追われているのか。それは宝石店でダイヤモンドの指輪や真珠のネックレス等、金目のものを盗んだからだ。警察が追いかけてくるのは、店主が通報したからだろう。畜生め!

 後ろを見るとパトカーが、サイレンを鳴らしながら、俺を追いかけてくる。うるさいわ! サイレンの音!

 斜め前方に公園が見えてきた。そこに逃げ込もう。


 公園のベンチには体格の良い精悍な男が、足を組みながら腰掛けている。俺の事をじろじろと見ているようだが、気にしない。

 視界に公衆便所が入ってきた。俺は走りながら公衆便所に入った。

 公衆便所内の個室の扉を開くと、そこには和式便器があった。白い便器には茶色いものが所々に付いている。「きったねえな!」と愚痴をこぼしながら、俺は便器の中に飛び込んだ。

 管の中をウナギのように体をくねらせながら進む。管の中を抜けると、俺は下水道に躍り出た。臭い! 糞のような臭いがする。

 流石にここまで追ってくる事はないだろうと思っていると、サイレンの音が聞こえてきた。まさかと思って音のする方に振り向くと、パトカーが見えた。しつこい!

 俺は汚水が流れる下水道の中を走る。ひたすら走り続ける。後ろからはパトカーがサイレンを鳴らしながら、俺を追いかけてくる。

 俺の脇に、はしごが見えた。俺は、はしごに飛びついた。そして、はしごを登っていく。頭上にマンホールの蓋があったので、それをはねのけた。頭上に青空が見える。


 下水道から出てきた俺は繁華街を走っている。繁華街には老若男女様々な人間がいて、にぎやかだ。彼らの視線は俺の方を向いているようだが、そんな事は気にしていられない。後ろからはパトカーが相変わらず、俺を追いかけてくる。

 電気店が見える。俺は電気店の中に駆け込んだ。電気店に入ってすぐの所に、テレビが展示してあった。黒い枠を持つ三十二型のテレビだ。テレビ画面には髭面のオッサンが、荒野をバックにして映っている。俺は、すかさずテレビ画面の中に飛び込んだ。


 俺は荒野に躍り出た。褐色の大地には草がぽつぽつと生えている。俺の視界に、オーバーオールを着た小太りのオッサンが入ってきた。オッサンは腰を抜かしたのか、尻餅をついている。

 オッサンをじっと見ていたら、またサイレンの音が聞こえてきた。後ろを振り向くとパトカーが見えた。こんな所にまで追いかけてくるのかよ!

 俺は走り出した。荒野をひたすら走り続ける。

 サイレンの音と共に「ドドドドド」という音が聞こえてきた。

 振り向くと、鼻に一本の角、頭に二本の角を生やした四足歩行のがっちりした体格の生き物――トリケラトプスがパトカーと並走していた。

 何が何だかわからないけど俺は走り続ける。

 前方に木が見える。とてつもなく巨大な木だ。上の方が雲に隠れていて見えない。

 そのまま走り続けていた俺は、その木に辿り着いた。俺はパトカーを撒くため、木登りを始めた。


 俺はひたすら木を登り続ける。

 また、サイレンの音が聞こえてきた。下の方を見ると、パトカーが俺に向かって、木を登りながら走り続けているではないか! 相変わらずのしつこさだ。

 俺はゴキブリのように素早く木を登り続ける。上の方を見ると少し先が白くなっていて、視界が悪い。雲の中に入ったようだ。

 俺の周囲に閃光が走っている。稲妻だろうか。俺の上の方から氷の粒が降って来る。ひょうだ! 俺の体にいくつもの雹が当たった。痛い……

 それでも俺は登り続けた。雲を抜けると周囲は暗闇へと変化していった。

 まだまだ俺は登り続ける。周囲にはきらきらした星々が見える。

 登り続けていると、上の方に引っ張られるような感覚を覚えた。登れば登る程、その感覚は強くなっていった。その感覚の強さが極限にまで達した時、俺は手を離してしまった。

 すると、俺は吸い込まれるように、どんどんと上昇していった。


 周囲の暗闇はピンク色に変化していった。

 俺は頭上を見る。目の先に褐色に広がっているものが見える。

 褐色に広がっているものは地面だ。

 このままだと頭から地面に衝突してしまう。

 俺はダンゴムシのように体を丸める。そして、くるくると体を回転させながら地面に


 辺りを見回すと、二足歩行をする生き物が何体かいる。

 彼らは人間と似ているが、人間とは明らかに異なる特徴を持っている。肌は灰色。体毛は無い。頭は大きく、手足は細い。黒い目は大きく、白目が無い。いや、白目が黒くなっていて、瞳と同化していると言った方がいいのだろうか。鼻は真っ平らで、顔に直接、鼻の穴が付いている状態だ。

 空を見上げる。空は一面、ピンク色。空の方からサイレンの音が聞こえてくる。驚くべきしつこさだが、俺は驚かなかった。

 空からパトカーが落ちてくる。俺は走り出して、その場を離れた。

 俺は走り続ける。後ろを振り向くと、着地に成功したのか、パトカーが相変わらず俺を追いかけてくる。

 直方体の白い建物らしきものが見える。無機質な印象を受けるが、俺が知っている建築物と大差ない。俺はそれを目指して走り続ける。

 建築物らしきものの所まで辿り着いた。扉は何処だ? 周囲を走って扉を探すも、扉が見当たらない。やけくそになって、壁に体当たりすると、俺の体は壁に吸い込まれていった。おっととととと……


 俺は建築物内部の一室と思われる所に躍り出た。後ろを振り向くと、先程と同じような白い壁がある。

 辺りを見回すと、この部屋の中には、先程のような二足歩行生物が何体もいる。二足歩行生物達は白い椅子に腰かけている。椅子は岩石のような質感だ。二足歩行生物達の視線は、前方にあるスクリーンの映像に集中していた。

 スクリーンには、ゆったりとした服を着た一人の男が映し出されている。男は人間である。いくつかの差異はあれども、姿は俺と大差ない。

 俺はスクリーンめがけて突進した。そして、スクリーンに飛び込んだ。


 俺はどこかの部屋と思われる所に躍り出た。俺の目の前には、先程のスクリーンに映し出されていた男がいる。男は尻餅をついている。いきなり現れた俺を見て、腰を抜かしたのだろう。

 部屋の中を見回す。壁は白い。床には畳が敷き詰められている。俺の後ろには十九型の液晶テレビがある。

 俺の前方に扉があるので、そこに向かう。

 扉を開けようとしたが、開かない。どれだけ力を込めても開かない。

 俺の背後からサイレンの音が聞こえる。またか……

 振り向くと、液晶テレビの中からパトカーが出てきた。

 パトカーが部屋の中央に停車した。

 パトカーの中から刑事と思われる人物が現れて、俺に近づいてくる。

「警察だ。窃盗容疑で逮捕する」

「畜生! ここまでか……」

 俺の手首に手錠がかけられた。俺はついに逮捕されてしまった。

 後でわかった事だが、ここは刑務所内の居室だった。どうりで扉が開かないわけだ。

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