取り立てガール・星宮航美の事件簿

緋糸 椎

若き女性債務者の事件

「LINEやってますか?」

 目の前のイケメンに言われて、星宮航美こうみは色めき立った。自称チャームポイントである、クルクルとよく回る目で相手の頭から爪先まで素早くチェックする。

 完璧だ。ルックス、ファッション、身のこなし。話してみれば、トーク力も抜群。おまけに職業は公務員ときた。

「ええ、よかったら〝ふるふる〟しましょ♡」

 イケメン……桜井和馬と航美は互いのスマホを突き合わせ、揺さぶった。航美の頭の上のサイドテールもそれに合わせてユサユサと揺れる。


「ああ、合コン行ってよかった!」

 航美は合コン後の女子会で、大好物の生ビールを一気に飲み干した。同じく合コン参加者であった天河夢子も相槌を打つ。

「すごくいい感じじゃない? 航美、これで彼氏いない歴にピリオドね、おめでとう!」

「そんな、まだ気が早いよォ……」

「そんなことない! でもさぁ航美、お仕事は? って聞かれて銀行員はないわよねェ」

 その瞬間、航美が真顔になった。

「……絶対言っちゃダメよ、私が何をしているかって!」

「言うわけないでしょ、航美がだなんて……」


 そう、星宮航美の職業は借金の取立て……正確にはアブコ債権回収株式会社の正社員で債権回収の現場担当である。

 20世紀の終わり頃にはヤクザ紛いの取立て屋が登場するマンガや映画などが流行ったが、あれはもう昔の話。今は債務者への訪問さえ厳しく制約され、暴力的な行動はもってのほか、債務者から「帰れ」と言われれば、即座に退散しなくてはならない。そこで、航美のように印象のソフトな女性を起用して、債務者との接触の機会を増やしているのである。


 翌朝、まだ少し酔いの残る状態で航美が出社すると上司の天野課長から指示が飛んだ。

「ああ星宮、〝聴牌テンパイ〟のお客さん当たってくれるか」

聴牌テンパイですか……わかりました」

 聴牌というのは会社での隠語で、まもなく時効を迎える債権者のことである。

 消費者金融で返済が数カ月滞納すると、アブコのような債権回収会社、いわゆるサービサーが債権を買い取る。金融業者からの借金債務は5年が時効だが、その途中で債務者が返済の意思表示をすると、そこから5年に伸びる。そこで時効前に何とかコンタクトを取って返済の意思表示をさせる。そうやって相手に知られずに時効を延期する……はたから見れば小狡い気もするが、相手に法的知識があればするりと抜けられ、やがて消滅時効を援用されてしまう。最近はネットでその辺の情報も出回っているので、黒星率も年々上がっている。


 航美はイントラネットで検索したリストを元に電話攻勢をかける。主に男性からかけていく。男は若い女性の声を聞くと警戒心をとく傾向があるからだ。しかし今日はどうもうまくいかない。そうしてリスト内の男性に全部かけたあと、女性の方に目をやる。ふう、と航美はため息をつく。女性が女性の相手をするのは案外やりにくい。どこかやりやすそうなところから……と思っていると、一人の債権者に目が留まった。


 鈴木佳美、26歳。負債総額は213万円。消費者金融ピカピカから借りていたが、滞納して焦げ付き、アブコ債権回収が債権を買い取った。航美が資料とにらめっこしていると、天野課長がぐいと顔をのぞかせてきた。

「気になるんなら、直接訪問してきたらどうだ」

 航美は訪問の必要性は感じていなかったが、不用意に上司に逆らうと後々立場を悪くするので素直に従った。さいわい鈴木佳美が一人暮らししているアパートは会社からさほど離れていなかった。インターホンのない呼び鈴を押してしばらく待つが、何の返答もない。留守かと思い電力計を見ると、ディスクが速く回っている。

「鈴木さんいますか?」

 返事がないので、ドアノブに手をかける。すると、施錠されておらずドアが開いた。隙間から食べ物の匂いがプーンと立ち込める。食事が終わったばかりなのだろうか。さらに覗きこんで航美はハッとした。

 床に女性が倒れていたのだ。航美は思わず中に入り、声をかけた。

「鈴木さん、大丈夫ですか?」

 返事がない。恐る恐る触れてみると、脈がなく呼吸もしていない。すでに事切れていたのだ。航美は驚きと恐怖のあまり、ヘナヘナと座り込んでしまった。突然の出来事に何をしたらいいかわからない。

 ふと、部屋の中を見回して疑問に思った。まるで洒落っ気がなく、おそらく鈴木佳美はファッションにあまり関心がない。

 だいたい若い女性が多額の借金をするのは、高価なブランドファッションなどを買いこむケースが多い。しかし鈴木はそんなタイプではなさそう。借りたカネを一体何に使ったのだろう。そう思いながらあらためて部屋を見渡すと、額に入った年配女性の写真が目に止まった。白装束に厚化粧。母親? 部屋に飾る家族写真としては、妙ないでたちだなと思う。

 少し落ち着きを取り戻した航美は警察に通報した。すると近所の交番から警官がやって来た。挨拶もそこそこに、尋問調で航美に問いかける。

「発見した時の状況、教えてもらえる?」

 航美の説明を警官がメモしていく。その表情は固くて読み取れない。やがて強行犯係だの機捜だのと大勢がつめかけて現場はものものしい空気になっていく。航美は半ば連行されるように警察署へと連れて行かれた。


 取調室へと向かう途中で一人の警官とすれ違った時、互いに「あっ」と声を上げた。

 合コンで出会った桜井和馬だ。

 公務員と言っていたが警察官だったのか……それより、どうみても自分は容疑者だ。いやだ、桜井さんに犯罪者だと思われるなんて……そう思って眼差しで「違う違う」と訴えたが、向こうも忙しいようで、一礼して去って行った。

(終わった……私の春……)

 が、そんな感傷に浸るまもなく、取り調べが始まった。刑事ドラマなどで「第一発見者を疑え」という台詞はよく耳にするが、この時もまさしく犯人扱いだ。見たこと知っていることをありのままに話しているのに、いちいち疑いの目で突っ込まれる。頭の中に「冤罪」ということばが浮かんだ。

(いやだ、このまま私、犯人にされちゃうの?)

 航美はなんとかこのピンチを抜け出す方法を考えた。そもそも鈴木佳美はなぜ殺されたのか? 人間的トラブル……一番考えられるのは借金にまつわることだが、そもそも債権者は航美本人だ。とすると……ふと、航美は部屋に飾られていた年配女性の写真を思い出した。あれは家族写真にしてはどうも仰々しい。どちらかといえば教祖様……そうだ、もしかして鈴木佳美は怪しい新興宗教に入っていて、そのトラブルで殺されたのではないか? 多額の借金も、そのお布施に充てられたと考えれば辻褄が合う。しかし、そのことを目の前の取調官に言っても取り合ってもらえそうにない。どうしようか……とその時、桜井和馬とLINEでお友達申請していることを思い出した。

「あの刑事さん……これって任意の事情聴取ですよね?」

「ああ、そうだが」

「だったら、ちょっと仕事の用事でLINEしてもいいですか?」

「構わないが、出来るだけ手短に」

 航美は携帯を取り出し、早速桜井にメッセージを送った。

──鈴木佳美の口座情報を調べて下さい。ある宗教団体に多額の献金をしている筈です。その団体に殺された可能性が高いと思います!──

 すると即座に返答がきた。

──情報ありがとうございます。早速調べてみます──


 それからも取調官による必要な尋問が続いた。会社には一応事情を話しているが、それにしてもこれほど長時間拘束されると、今後何かとやりにくい。

 そしてほぼ夕方になった頃、取調室に別の警官がやってきて、何やら取調官に耳打ちした。その警官が退出したタイミングで、取調官は気まずそうに言った。

「……よかったな。だ」

 釈放だなんて、この期に及んでまだ犯人扱いなのが気に障ったが、とりあえず解放されてほっとした。


 警察署の出口のところで、桜井和馬が待っていた。

「長時間お引き留めして大変失礼しました。でも星宮さんの情報のおかげで真相究明に至りました。捜査ご協力ありがとうございました」

「……ということは、犯人捕まったんですか? やっぱり彼女が入信していた宗教団体?」

「確かに彼女の死因には、宗教法人天地あめつちさち教団が大きく関わっていますが、今回の事件は殺人事件ではありませんでした」

「……と言うと?」

「教団はいわゆるブレサリアンで、教祖の天地比売命あめつちのひめ、本名天野陽子は根本的に人を生かすのは食物によらず、天地の幸、すなわち光と水と空気だと教えていたようです」

「そんなむちゃな……」

「実際のところ天地比売命は信者に隠れて食事をしていたようですが、鈴木佳美さんは真面目に天野の教えを守っていたようですね。でも、心配した友人が差し入れを持ってきたようで……友人の訪問時には手をつけなかったのですが、一人になってから欲求に抗えず、貪るように食べてしまった……」

「え? まさか食べたことが死因?」

 桜井は頷いた。

「戦国時代、兵糧攻めにあって解放された城の住人たちが、急に大量に食べて次々に死んでしまう……実際そういうことが多々あったようです。鈴木さんも同様のケースのようでした」

「それは……なんと言ったら良いか」

「ところで……本当は警察官なのに公務員だなんて言ってすみませんでした。合コンでは警察官と言うと煙たがられると聞いたものでつい……」

「いえいえ、じ、実は、私も……」

 と言いかけたところで「おーい桜井、事件だぞ!」と上司から呼ばれた。

「すみません、またLINEしてもいいですか?」

 と桜井はいい、航美は頷いた。よかった……まだ春は終わっていないと胸を撫で下ろす航美であったが、借金取りだと分かった時、どんな反応を示されるだろうかと案じると複雑な気持ちになった。



 その後、天地の幸教祖・天地比売命こと天野陽子と教団役員たちは詐欺罪で逮捕され、教団はほぼ壊滅状態となった。

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