月に愛撫

鹿島 茜

早く逢いたい、あなたに。

 月があまりにも明るい。


 あなたを探して歩き回る夜、どこにいるのかもわからない。あなたのオフィスはすぐそこにあるのに、訪ねることもできずに。もしかしたら外へ出ているかもしれないと、ふらふら歩いて回る。


 まるで、ストーカーのように。あなただけを探して。


 月が明るかった。月明かりが私の白い胸を刺すよう。あなたはいない。どこにもいない。


 あなたに、会いたい。会って、どうしたい?


 わからないけれど、会いたい。


 明るすぎる月明かりに、気が狂いそう。私のすぐ脇を、ゆっくりと車が通り過ぎていく。白いワンピースが大きく揺れる。道に影を作る。街灯が、光る。


 少し、暑い。綿のワンピースが、肌に貼りつく。下着を着けていない胸が、少しだけ気になる。


 あなたにこの胸に触れてほしくて、このワンピースを着てきたの。レースがきれいな、真っ白の服。あなたが、選んでくれた。あれは一週間前のこと。二人で行ったファッションビルで、あなたが見つけた服。


「君に似合うよ。これを着て、満月の夜においで」


「どこへ行けばいいの」


「がんばって、探してみて」


 無茶なこと、言う。広い街の中で、たった一人のあなたを探すなんて。思い当たるのは、あなたのオフィスだけ。人通りの少ない路地裏で、私は歩き続ける。あなたのオフィスの入るビルの道で、虚しく上を見上げて。


 月が、明るすぎる。目がくらみそう。


 ぬるい風がゆるゆると吹いてきて、頬を撫でていく。額をじわりと汗が伝う。


 水が、欲しい。冷たい水が。でも、財布も何も持っていない。持っているのは、スマホだけ。あなたと私を繋ぐ、唯一の糸。


 ねえ、どこにいるの。早く出てきて。


 そして私に触れて。私の柔らかな胸に。


 あなた、お願い。早く来て。




「がんばって、来れたね」


 ビルの玄関から出てきて、あなたは微笑む。腕が伸びてきて、私の手首を握る。そのまま力を込めて、引っ張られた。早足で歩くあなたは、風のように見える。ついていくのが精一杯。


 細い路地に入って、抱きしめられる。ビルとビルの間の空から、月明かりが射し込んでくる。


「いい子だ。ここまで歩いて来たの?」


 私は頷いた。だって、スマホ以外、何も持っていない。いつもより、ほんの少し長く歩くだけ。


「ワンピース、かわいいよ」


 あなたは右手の指先で、白いワンピースの襟に触れた。人差し指をそっと降ろして、私の胸をくすぐる。思わず目を閉じた。


「目を閉じちゃ駄目。僕を見て」


 言われて、目を上げる。優しそうに微笑むあなたの瞳は、とても鋭い。


「じっと見て。目を逸らさないで」


 密やかに胸を愛撫され、身体が震えてくる。汗がじんわりと背筋に浮いてくる。脚ががくがくする。


 お願い、あなた。これ以上は。


 たまらずに、しゃがみ込んだ。心臓がどきどきと大きな音を立てている。


「もう我慢できないの?」


「だめ」


「悪い子だね」


 無理やり立ち上がらされて、ワンピースの裾をめくられる。あなたの手が、太腿をするりと撫でて、何も着けていない私の腰をとらえた。


「あ」


「声を上げちゃだめだよ」


 熱い息で頷いた。あなたの指先が、私の中に割って入ってくる。私から出てくるぬるりとした感触が、ひどく気持ちよく感じた。仔犬がミルクを飲むような音が、静かで喧しい夜の中に響く。


「気持ちいい?」


 意地悪くたずねるあなたの声が、いつもと違う感じに聞こえた。意地悪すぎて、まるで悪魔のようで。


「ねえ、気持ちいい?」


 そんなの、頷くしかない。


 どんなに息が荒くなっても、声は上げられない。ここは、外だから。誰かが通るかもしれないから。


 あなたの指が、ゆっくりと、ゆっくりと動く。仔犬だって、そんなに勢いよくミルクを飲んだら、お腹を壊してしまう。ひどく焦った音がする。気持ちが、溢れてくる。どこまでも。


 我慢できずに上を見上げたら、明るすぎる月が、じっと見ていた。


 その月明かりに、刺し貫かれる。


 あなたの獣のような瞳と、妖しい月明かりに、私は犯される。



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