It’s funny!

維 黎

第1話

 ピンポン♪ ピンポ~ン♪


 コンビニの自動ドアが開くと同時に軽快な電子音が鳴る。

 店から出ようとすると、同じタイミングで入ってきた他の客と肩が軽くぶつかった。


「「あっ! すいません!!」」


 間髪入れず、これまた同じタイミングで謝罪の言葉を口にしたので見事にハモる。

 お互いに照れ隠しのような笑顔を向けると、もう一度軽く互いに頭を下げ合い、特に揉めることなく店の外へ出る。そのまま駐車場に止めてある車へ。


「どうしたの? 何かあった?」


 車内から見えていたのだろう。車に乗り込んだ途端、助手席から声がかかった。


「ん? あぁ、ちょっと肩が軽くぶつかっただけだよ。別にたいしたことじゃない」

「そう? それならいいんだけど。嫌よ? 変なもめ事とか。せっかくの新婚旅行なのに」

「大丈夫だって。相手の男の人も謝ってくれたし。お互い笑顔で別れたよ。そうそう。さっきぶつかった人だけど、アニメで見るようなすっごい細目してたんだよ。ほら、よくあるだろ? 目が横線一本みたいな細目のキャラ」

「うそでしょ? あんな目をした人ってリアルで見たことないわ」

「ほんとだって」


 車のエンジンスイッチを押しながら夫は新妻に笑いかけた。

 軽く車体が震えるとヘッドライトが点いて正面を照らす。すると、小さなかわいらしい車がヘッドライトに照らされて闇夜に浮かび上がった。その車に気付いた妻がつぶやく。


「――あれ? あの車って――」


 ツードアタイプの小さく丸いコロッとした車。イタリア製フィアット500。

 国民的人気アニメの主人公の泥棒が乗っている車と同じ車種。

 ヘッドライトに照らされた真っ赤な車体は、まるで新車のように光を弾いている。


「可愛い! 私も免許とってあの車に乗ろうかな」

「あの車、見た目以上に窮屈そうだよ? 今のキミなら大丈夫だろうけど将来的に……」

「ちょっと!? 将来的にどうだって云うのよ!」


 最近、少し幸せ太り気味な妻に意味ありげな目線を送った夫に対して、顔の横で握りこぶしを作り頬をぷくっと膨らませて『怒ったぞ』ポーズを作る妻。


「あはは、ごめん、ごめん! ――それじゃ、行こうか」

「もうッ!」


 コンビニの駐車場から車道へと出る。


 夫婦は北海道に新婚旅行に来ていた。明日が最終日。もうすぐ日付が変わろうかという時刻。

 新婚旅行初日に日本一長い直線道路をタクシーで通ったのだが、その時に夜の道路も通ってみたいと妻が言ったので、夕方にレンタカーを借りて今からドライブという予定だ。

 初夜も無事に終え、次の日以降も愛を確かめ合ったので、最後の夜くらいは趣向も変えてみようかという思いもあった。

 10分ほど前にホテルを出発したのだが、日本一長い直線道路に差し掛かる手前で夫が急に尿意をもよおしたので、コンビニに立ち寄ったというわけだ。


「昼間とはずいぶん雰囲気が違うね」

「――うん、そうだなぁ」

「――なんだか静かね。私たち以外の車も見ないし」

「うーん。都心じゃなければこの時間は真夜中って時間だし、こんなものじゃないのかな」

「まだ0時過ぎなのにね。都内じゃ考えられない」


 トイレに立ち寄ったコンビニからここまで、道路沿いの歩道を歩く人影もなければ対向車の一台も見かけない。四車線の幹線道路にしてはずいぶんと交通量が少なく感じられる。


「――人気もないし車も一台も走ってないし……。ちょっと気味悪いかも」

「いいじゃないか。せっかく北海道まで来たんだから。これで夜中でも人で溢れかえってたりしたら都内にいるのと変わらないじゃん。それにほら――。一台も走ってないってことないよ」


 夫はそう云うと一瞬、顔と目線を車のバックミラーに向けて妻を促す。バックミラーには後続車のヘッドライトが照らされていた。


「あ、ほんとだ」


 身体をひねって直接後ろを確認した妻は夫に応える。

 夜の闇に包まれてどんな車かはわからなかったが、確かに二つのヘッドライトが揺れていた。


「だろ?」


 信号が赤に変わった為、ブレーキをかけて速度を落とし車を停止させる。


「――うん……って、えっ! ぶつかる!!!」


 自分たちが乗っている車は信号で停止しているのに、背後から照らされるヘッドライトの光量が増え車体周りが明るくなる。

 バックミラーが光で白く染まるのを見た妻が、驚きの声をあげたのも無理はない。


「!?」


 夫婦そろって肩をすくめて衝撃に備える――が、特に何も起こらなかった。

 恐る恐る目を開けてみると、背後から照らされバックミラーの反射が眩しいが、どうやらギリギリで衝突しなかったようだ。

 二人して安堵の息を吐く。

 安心した途端、今度は怒りに似たイライラが芽生える。


「――ちょっと! やめようよ!」


 夫が運転席のドアを開けるのを見て、妻は制止の声をかける。


「大丈夫だって。ちょっと様子見で声をかけるだけだよ」


 妻に答えながら右足を地面に下ろした瞬間、後ろの車が後退していく。


「なっ!? おい、ちょっとッ!!」


 夫は慌てて外へと出るがその時にはかなりの距離をバックしたらしく、車体の輪郭が見えないほどで、小さくなったヘッドライトだけしか車の存在を確認できなかった。


「ねぇ、ねぇってば! 信号、青になったよ。もう、行こうよ!」


 妻に促され運転席に戻る。


「――ったく。何だったんだ、あれ」

「もう、いいじゃない。ね」


 その後10分ほど走ったが、対向車もなく後ろからのヘッドライトも見えず、信号で止まっても後続車が来ることはなかった。


「――終わりまであとどれくらいかしら」

「看板から20分くらい走ったからあと10分くらいってところかな」

「……もう、もどろっか」


 あの後から会話もなく、なんとなく白けた雰囲気が車内に漂っていた。


「そう――だな」


 夫の方もその雰囲気を感じていたのか賛同する。

 タイミングよく信号が青で交差点に差し掛かったので、Uターンをしてホテルに戻ることにした。



 5分ほど走ったころ、反対車線に二つの小さな光が見えた――かと思うとずいぶんと速い感覚で光が大きくなっていく。

 その対向車がすれ違った瞬間、夫婦の乗った車がすれ違う余波でかすかに振動した。


「おいおい。何キロ出してんだ、あの車」


 あっという間の出来事で、バックミラー越しに確認しても暗闇の道路しか映っていない。

 

「暴走族?」

「――かなぁ?」


 夫は首を傾げつつ赤信号の前で車を止める。

 すると、どこか遠くの方から甲高い音が聞こえてきた。それは子供のおもちゃにあるラッパが鳴らす、プーという音に似ている。


「何の音かしら?」

「なんだろう?」


 その音は後ろの方から聞こえ、徐々に大きくなっているようだった。


「「あっ!」」


 バックミラーに二つの光が映ると二人の声が重なる。

 なぜだか衝突しそうになった車と、さっき猛スピードですれ違った対向車のことが思い浮かぶ。


「ねぇ!!!」

「っきしょー!! なんだって云うんだッ!!」


 信号はまだ赤のままだったが、かまっていられない。背後からの恐怖に急き立てられて夫は車を急発進させる。

 確信する。後ろからクラクションを鳴らしながら、猛スピードで車がやってくることを。

 案の定、メーターが90キロを示した辺りでぴったりと背後につけられた。

 

「止めて! ねぇッ! 止めてよ!!」

「無茶云うな!」


 今の状態でブレーキを踏めば確実に追突される。このスピードで事故ればただではすまない。


「くそっ! くそっ! なんだよッ!! くそったれぇぇ!」


 カーチェイスが始まってから5分もたっていないはずだが、夫婦にはその数分間は永遠に続いていると感じられた。


「シートベルトはしてるな! 何かに掴まってッ!!!」


 一か八か。後ろの車から逃れてどこかへ避難する。

 中央分離帯がないので反対車線への車線変更に支障はない。対向車が来ないことを祈るのみ。

 アクセルをべた踏みする。

 一瞬だけでも車間距離を稼いで追突を防ぐ。


(いち……にい……さんッ!!)


 同時にハンドル操作。

 大きくハンドルを切るとスピンして転倒してしまうので、少しだけハンドルを右に切る――と、同時に腕をピンと伸ばしてハンドルを固定して思いっきりブレーキを踏む。

 車体はまっすぐのままでブレーキをかけなければ、この時点でもスピンして転倒してしまうからだ。

 

 タイヤと地面がこすれる派手な音。

 一瞬とも永遠とも思える時間が経過する。

 恐る恐る目を開けた夫婦の目の前にはいくつもの自動販売機。ギリギリぶつかってはいないようだった。

 

「はぁぁぁぁぁぁ」


 どちらともなく長い息を吐く。

 車は無人の自販機コーナーで停車していた。


「――死んだと思った」

 

 妻の震える声に夫は無言だったが大いに同感だった。

 二人は脱力しきって身じろぎする気力さえ出ない。

 しばらくして一台の車が夫婦のレンタカーに横付けして止まる。

 自動販売機の光に照らされたその車は、赤い車体のフィアット500。


「いやぁ、追いついて良かった! あの、コンビニで財布落としましたよ?」


 アニメでしか見たことがないような細目で、にこやかな笑顔と共に財布が差し出される。しかし夫婦は感謝の念よりも受けた恐怖に対する怒りしかなかった。


「ふざけるなッ!!」

「ふざけないでッ!!」



※※※


 

「――どうだった? 首都高の正面衝突事故。事件性ありそうか?」

「まだなんとも――」

「片方の車――反対車線を走ってきたフィアット500だっけ? そっちの運転手はまだ見つかってないんだろ?」

「えぇ。もう一方は若い夫婦なんですが――どちらも即死でした」

「――また年寄りが間違って高速の降り口から侵入したんじゃねーか?」

「いえ。フィアットの運転手は40歳前後だと思われます。衝突された夫婦の車のドラレコに映ってたんで――ただちょっと奇妙なんスけど」

「何が?」

「いえ、鑑識からの報告だとドラレコに映っていたフィアットの運転手、衝突する直前笑顔だったらしいんスよ。で、なんか叫んでたみたいで――」

「何を叫んでたっていうんだよ?」

「それが――」



――追いついて良かった!


  

                     ――了――

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