とある男と時間の相関

古博かん

第二回お題作品「走る」KAC20212

 男は、走る。


「ああ。時間が迫ってくる、すぐ後ろに迫ってくる。いくら突き放そうとしても、全力で走っても、気が付くと、すぐ後ろに迫っているんだ」


 走りながら、なぜ、自分が、こんな目に遭わなければならないんだと嘆く男の背後には、散り散りになりながら、ふわふわと漂う時間が舞っている。


No time to be running.

Time is just running out.


 チックタック、チックタック。

 男の周囲には、時を刻む無機質な音だけが鳴り響く。男は、流れ続ける音に急かされながら、気も狂わんばかりに、ただ、ひたすらに走り続ける。


「ちくしょう、ちくしょう。何で、こんな目に遭わなければならないんだ」


 悔しさと怒りを滲ませる男の足は止まらない。ただ、ひたすらに走りながら、呑気に漂う時間を振り払いながら、虚空を掻きむしる。

 男の目の前には、細切れになった時間のカケラが、頼りなく浮かんでいる。するとまるで、捕まえたらアディショナル・タイムでも得られるかのような錯覚に、男の目が眩む。

 

 時間がない、時間が足りない。

 時間がない、時間が足りない。

 

 一種の強迫観念に近い妄想が、息の上がる男の思考を徐々に蝕んでいく。周囲を漂う無機質な時間は、バラバラになったまま、そこら中に散らかっている。


No time to run.

Just running out your time.


 カチコチ、カチコチ。

 走る男の焦燥をよそに、時間は、ただ静かに一定の音を刻み続ける。ただ、無情に時を刻み続ける。


「ああ。時間がない、時間が足りない。どうしたらいいんだ。いつまで、こんな事を続けさせる気だ」


 苦しい息のもと、男は誰にとなく心情を吐露し、しかし、足を止めることはない。休むこともない。ただ、周囲に溢れかえる音の波に揉まれるように、ひたすらに走り続ける。


 時間が欲しい、時間が足りない。

 時間が欲しい、時間が足りない。

 

No time for running.

Running out, running out your time.


 男の周囲で、時間は、ただ一定の速さで流れ、そして気まぐれに漂っている。男はこんなに、齷齪あくせくしながら走り続けているというのに、目に映る時間は、どいつもこいつも、なぜこんなに怠惰たいだなのだ。


「ああ、そうだ。こいつらは、自由な時間なんだ。足りない分を、これで補ったらいいんだ」


 名案だと思った男は、すぐさま目の前に漂っている時間に手を伸ばす。自由になる時間を捕まえたくて、虚空に散らばっている時間に手を伸ばす。

 時間は自由を奪われたくなくて、伸びてくる手を、するりとかわす。


 「あ。待て。この、一つや二つ、いいじゃないか。何で逃げるんだ。待て、この」


 腕を伸ばした先の時間は、どいつもこいつも、するり、ひらりと男の手をかいくぐる。

 だから、男は追いかけた。

 どこまでも、時間を追いかけた。


It is time.

Now time to be running.


 ピピピ、ピピピ。

 男の周囲で、けたたましく時間を告げる単調なアラームが鳴り響く。それは、どこまでも、どこまでも男に付きまとい、絡みつく。


 だから、男は走り続ける。

 時間が、追いかけて来るんじゃない。

 時間は、初めから、そこにある。

 誰彼ダレカレ構わず、ただ単純に、そこにあり続ける。


 時間が、追いかけて来るんじゃない。

 男が、追いかけているのだ。

 

 そして、男は走る。

 今日も、明日も、明後日あさっても、明明後日しあさっても、その先も延々と、走り続ける。


「ああ。時間が迫ってくる、すぐ後ろに迫ってくる。いくら突き放そうとしても、全力で走っても、気が付くと、すぐ後ろに迫っているんだ」


 走りながら、なぜ、自分が、こんな目に遭わなければならないんだと嘆く男の背後には、散り散りになりながら、ふわふわと漂う時間が舞っている。

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