夜のグラウンドで嘆く男
紙本臨夢
夜のグラウンドで嘆く男
七不思議。
どの学校にもあるとされる都市伝説。
音楽室の誰もいないのに勝手に鳴るピアノ。
誰も入っていないのに、鍵が閉まっていて、声が聞こえるトイレ。
動く像などなど。
有名なものから学校特有のものがある。
だけど、こんな都市伝説はあるわけがない。
『なんで、女の子じゃないんだよ〜!』
嘆いている男が一人。男は足先がない。そして、なにより少し透けている。
幽霊だとわかりやすい奴だ。
「失礼だな」
『仕方ないだろ〜。モテたいんだよ〜!』
四つん這いになり、地面を殴りながら、嘆く男の幽霊。
恐らく、これがウチの学校の都市伝説の一つ【夜のグラウンドで嘆く男】だろう。
でも、何も問題を起こさなさそうだけどな。
「むしろ、そんなグイグイ来られると女性って、怖いと感じるんじゃないのか?」
『グッ……。この爽やかイケメン正論を言いやがるッ!』
「こんなのどこにでもある顔だと思うけど……」
『嘘だぁ! 嘘に違いない! どうせ、モテモテなんだろ! なぁ!?』
「いやいや、嫌がらせをよくされるよ」
『嫌がらせ?』
「靴などがよく盗まれているんだ」
『あっ。ごめん』
「都市伝説のクセに謝らないで」
『念のため聞くが、盗んでいる相手は誰?』
「色んな人だよ。僕が持っているのを発見したら、返してくれる」
『ん? どんな風に?』
「謝ってくれてと言いたいけど、本気で謝ってくれているからわからないんだ」
『どうして?』
「だって、目も合わせてくれないから。それに怒っているのか、顔も真っ赤にしてるし」
『モテてんじゃねぇかぁ!? ふざけんな! 自慢か?! 自慢なのか!? 好きだから物を盗んでんだろ! 心配した俺がバカだったわ!』
地団駄を踏みながら、男の幽霊は叫ぶ。
「そんな愛求めてないから」
『贅沢言うな! もう俺は怒った! さぁ、決闘だ!』
少しなくなっていて、透けている指先を僕に向けて、そんなことを言う。
「ごめんね。僕、剣を使うこととかできないから決闘に答えられないや」
『謝るな! それと、決闘って、剣で戦うわけじゃないから!』
「じゃあ何するの?」
『百メートル走』
「えっ?」
『聞こえなかったのか?』
「いや、聞こえているよ。でも、どうして百メートル走?」
『簡単なことだ。俺は早いから』
確かに簡単なことだ。
「こう見えて、僕は百メートル走の選手だけど、いいの?」
『見ていたから知ってる。お前の長所で負かすから嬉しいんだろ。だけど、その代わり負けた方は罰ゲームを受けてもらう』
「罰ゲーム? もしかして、呪いとか?」
『そんな面倒なことはしない。お前に女の子を連れてきてもらう』
「それで、何をするつもり?」
『お前の体に入り、その女の子と走った後に女の子の流れる汗を舐める』
「うわぁ……」
何言ってんの、この幽霊? 普通に気持ち悪い。
『フフ。引いてもいいさ。でも、実際に引かれるのはお前だ。そして、その事実を広められて、気持ち悪い扱いされるのもお前だ。ちなみに万が一、俺が負けたら、何でも言うことを聞いてやる』
「幽霊に願い事なんて、ないんだけど」
『何でもいいんだ。迷惑だから、消えろでも俺はそれに従う』
幽霊の目を見る。幽霊は真っ直ぐ僕の目を見る。どうやら、本気のようだ。
「わかったよ。でも、準備するから、待ってて」
『あぁ。暇だからいつでも待つ』
「ありがとう」
僕はその場を離れて、制服からユニフォームに着替える。そして、クラウチングスタートするのに必要な、スターティングブロックという道具も取り出す。
幽霊って、スターティングブロックいるのかな?
「まっ、一応持っていけばいいか」
幽霊が待つグラウンドに戻る。
先ほどまでなかった、百メートル走のレーンが引かれていた。
スタート位置に向かう。
『逃げなかったんだな』
「逃げないよ」
『そうか……』
話しながらもスターティングブロックを自分のスタート位置と、幽霊のスタート位置に置く。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
『どうした?』
「あれ何?」
レーンより、少し離れたところを見る。
『七不思議たちの応援団』
「七不思議たちの応援団……」
確かにウチの七不思議たちがいる。
【夜中に勝手に鳴るピアノ】
【音楽室の喋る絵】
【トイレの住人】
【別世界へ繋がるトイレの鏡】
【歩く像】
【動く人体模型】
そして、僕の隣には【夜のグラウンドで嘆く男】。
七不思議が揃い踏みだ。
『まぁ、気にすんな。決闘の邪魔をするほど、アイツらは野暮じゃない』
「気にしないのは厳しいけど、気にしないように頑張ってみる」
『おう。ちなみにスタートの合図は【動く人体模型】がやってくれる。アイツが手を振り下ろしたら、スタートだ』
「うん、わかった。こっちの準備は大丈夫」
【夜のグラウンドで嘆く男】の話を聞きながらも、僕はクラウチングスタートの準備をした。嘆く男も、僕に
『位置について』
男性の声が響く。
僕はスターティングブロックに足をかける。
『よーい……ドン!』
人体模型の手が振り下ろされたのを確認して、僕はスターティングブロックを蹴った。
次の瞬間、隣から暴風が吹き荒れた。
『いぇーい! 俺の勝ち!』
百メートル先から、嘆く男の声が聞こえてきた。その瞬間、すぐに負けを感じ取って、足を止めた。
「でも、ズルくない? 人間の限界を超える速度って?」
『ん? なんだ?』
また暴風が吹き荒れたと思うと、嘆く男は近くにいた。だから、僕は改めて伝える。
「ズルくない?」
『ズルくねぇよ! これも俺のポテンシャルなんだから問題ないだろ?』
「スポーツマンシップって、言葉知ってる?」
『知ってるけど、俺はもう人じゃないから関係ない』
「もう一度! 今度は普通に!」
『えぇ〜、ヤダよ』
『やりなさい』
突然、七不思議たちの応援団の方から少女の声が聞こえてきた。
おかっぱ頭の少女が、応援団の前に一歩踏み出している。
『で、でも……』
嘆く男は少女に少し気圧されていた。
『やりなさい。ズルして勝つなんて、七不思議のプライドが許さないわ。ねぇ、みんなもそう思うでしょ?』
少女は背後の応援団たちに聞く。すると、人型の七不思議たちは頷き、鏡は頷くように、前後に揺れた。ピアノはまるで『うんうん』と言っているかのようなリズムを奏でる。
『わーたよっ! やればいいんでしょ! やれば』
嘆く男は怒りを孕んだ声で宣言する。
「ありがとう」
『あっ、でも、ちょっと待ってくれ』
嘆く男にお礼を言うと、彼は少しジャンプする。すると、その瞬間、姿が変わった。
『よし、これで勝負すっか』
「えっ? その姿って……」
『あぁ、百メートル走の世界記録保持者だ。俺が知っている、その人の最大の力を出せる』
『却下よ。彼と同じような背格好にしなさい』
『で、でも、それだと……』
『文句を言わないで。それとも、彼と同じ背格好だと、勝てないのかしら?』
『わかったよ! ホントに花ちゃんには敵わないや』
『当然! だって、私が一番古くて、有名な七不思議だからね』
花ちゃんと呼ばれた少女は腰に手を当て、『えっへん』とでも言いたげに胸を張る。
『よし、これで文句ないな』
嘆く男の方を見ると、僕と本当に同じような背格好になっていた。
「姿を自由に変えれるの?」
『あぁ、変えれる』
「なら、自分で女の子の姿になって、僕にやらせようとしている罰ゲームをすればいいんじゃないの?」
『わかってないな。他人のだからいいんだよ。自分の汗とか汚いだけじゃん』
「わかりたくない。それに自分でも、他人でも変わらないと思うけどな。成分が一緒だし」
『そうか。お前はそう考えるんだな。お前とは相容れないようだな』
『さて、二人とも準備をして』
花ちゃんに言われた通りに、僕たちはスタート位置に戻り、構える。
やはり、彼の構えは様になっていた。
そして、先ほどと同じように始まる。
『位置について……。よーい……ドン!』
僕たちは同時にスターティングブロックを蹴った。
先ほどとは違い、暴風は巻き起こらなかった。
走った時に起こる風が耳に吹き付ける。
遠くから【天国と地獄】という徒競走でよく使われる曲と、花ちゃんや他の七不思議たちの声援が聞こえてくる。
ただ、真っ直ぐに前を見る。
必死に足を動かす。
そして、ゴールした。
隣を見ると、嘆く男がいた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
『はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……』
僕と嘆く男の息切れが聞こえる。
どっちが勝った?
軽く歩きながら、ゴールに人体模型がいることを初めて知った。
『同着』
人体模型はボソッと、呟いた。その声はスタート時に聞いた声と全然違った。
数分後、息を整えた僕たちはスタート時点に戻る。
「罰ゲームどうしよう?」
『俺が最初は勝ったから、俺の罰ゲームを』
『嘆く男は最初にズルをしたから、罰ゲームを受けてもらわないとね』
『花ちゃんが言うなら仕方ない』
「彼女には逆らえないんだね」
『七不思議の世界も年功序列があるから仕方ない。それよりも、罰ゲームで俺は何をすればいい?』
嘆く男はどこか表情が暗い。
「うーん」
少し考えると、すぐにして欲しいことが決まった。だから、すぐに伝える。
「これからも競争して。練習になるから」
『へっ? そんなことでいいのか? 俺はてっきり消されると思っていた』
「誰にも迷惑かけてないからね」
『そんなことでいいなら、お安い御用だ。なら、これからもよろしく。ちなみに俺の名前は
「僕は
『あぁ。俺が成仏するまで、よろしく』
そうして、僕の一番の練習相手で、一番のライバルが七不思議の【夜のグラウンドで嘆く男】の南雲優希になった。
夜のグラウンドで嘆く男 紙本臨夢 @kurosaya
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