直観で選んだ、バレンタインのプレゼント

無月弟(無月蒼)

第1話

 バリッバリッバリッバリッバリッバリッ。

 バリッバリッバリッバリッバリッバリッ。


 お煎餅をかじる音が、部屋の中に響く。

 あたし、ハナは小学校から帰ってくるなりこたつに入って、一心不乱にお煎餅をかじっていた。


 お腹が空いているのかって? 違う、これはやけ食いしてるの。

 まったく何が悲しくて、バレンタインにお煎餅をかじっているんだか。


 バレンタイン。それは女子が好きな男子に、チョコレートをあげる日。

 または友達に友チョコを渡して、皆で楽しく過ごす日なんだけど。

 あたしが不機嫌な理由。それは好きな男の子に、チョコを渡せなかったためだ。


 本当はあげたくて、綿密に計画を練っていたのに。

 うう、お煎餅がやけにしょっぱく思えてくる。


 バリッバリッバリッバリッバリッバリッ。


 哀しさを忘れるために、袋に入ったお煎餅をバリバリとやけ食いしていると、不意に部屋の戸が開いてママが顔を覗かせる。


「ハナ、なにお煎餅を全部食べようとしてるの。ちゃんとユメくんの分も残しておかないとダメじゃない」


 う、一番聞きたくないやつの事を言ってくれる。

 するとそんなママの後ろから、サラサラとした黒髪ときれいな瞳をもった男の子。夏目夢路が顔を出してきた。


「ごめんなさいねユメくん。なんかハナったら、機嫌が悪いみたい」

「どうかお構い無く。ハナ、お邪魔するね」


 ニコッと微笑むコイツの名前は、夏目夢路。すぐ近所に住んでいる幼馴染みの男の子で、あたしはユメって呼んでいる。

 けど、何が「お邪魔するね」だ。自分が不機嫌の理由だとも知らないで。




 両親が共働きのユメは、家に帰っても誰もいない。だから平日は学校が終わると毎日うちにやって来て、一緒に遊んだり宿題をしたりしている。

 そしてあたしは、そんなユメのことがずっと好きだった。


 ただ長い付き合いだというのに、あたしは今までユメにチョコをあげたことがなかったんだよね。

 だって恥ずかしいじゃない。あたしは可愛らしく照れながらチョコを渡すような、そんな乙女チックなキャラじゃないもの。

 だから今までずっと、バレンタインに興味の無いフリをしていたけど、今年は違う。いつまでも意地を張ってないでちゃんと渡そうと、決めていたのだ。


 とは言え、気合いの入った本命チョコを渡すなんて事はできない。

 今まで興味が無いフリをしていたのに、いきなりそんな事するのは恥ずかしいもの。

 あたしがあげるのは、五円チョコよ五円チョコ。

 しかもユメだけにじゃない。友達みんなに配るつもりで、用意していた。


 つまりはこういう事。せっかくのバレンタインなんだから、たまにはあたしも何かやってみたいと、お祭りを楽しむように装って、皆にチョコを配っていく。

 その途中でユメにも、他の人と同じように渡すのだ。

 ユメとはクラスが違うけど、元々よく一緒に遊ぶ幼馴染み。渡しに行っても不自然じゃないよね。


 スーパーで大量に買った五円チョコを、他の友達と同じようにあげることに何の意味があるのかって?

 うるさーい! あたしにはこれが精一杯なの!

 これじゃああたしの気持ちに気づいてくれないだろうけど、それでもいい。好きな人にチョコを送れる、これが大事なんだから。


 とにかく、これならユメにも自然に渡せるし、もしも誰かに見られても義理をあげただけって言い訳もできる。まさに完璧な計画……だったのに。


 自分のクラスで、まるで銭形平次が投げ銭するみたいに五円チョコを配って、いよいよ次はユメの番。

 だけどユメのクラスに行ってみてビックリ。だってユメの席の回りにはたくさんの女子が集まっていて、たくさんのチョコを貰っていたんだもの。

 しかもどれもみんなきれいにラッピングされた、気合い十分なチョコばかり。

 あんな物よく、照れずにあげれるよね。その積極さが羨ましいよ。


 だけどその様子を見ていると、途端に五円チョコなんかをあげようとしている自分が恥ずかしく思えてきて。あたしはユメに声をかけることなく、Uターンして自分の教室に戻って行ってしまった。


 こんなの渡せない。渡せるわけがない。

 それにユメだって他の子にたくさん貰っているんだもの。あたしのなんて、いらないよね。


 と言うわけで結局ユメをスルーして、五円チョコは全て他の友達に渡してしまった。

 で、放課後になるなりすぐにあたしは帰宅。いつもならユメと一緒に帰るんだけど、とてもそんな気分にはなれずに。家に戻ってお煎餅をやけ食いしていたのである。


 しかしまあ。やって来たユメを見ると、ため息が出る。

 いったい誰にもらったのか、大きめの紙袋を抱えていて。その中にはチョコがぎっしり。いったいどれだけモテるの?

 

「チョコ、ずいぶんたくさん貰ったねえ」

「うん。皆くれるって言うから。まあ、全部義理だけどね」

「はあ? そんなわけ無いじゃん」


 こんな気合いの入ったチョコ達が全部義理だって、本気で思ってるわけ? 

 だけど、ユメは表情を変えずに答える。


「義理だよ。だって義理じゃなきゃ受け取らないって、事前に言ってたもの。その気がないのに、本命なんて受け取れないよ」

「へ、へえー。そうだったんだ」


 きっと渡してきた子の中には、本命のつもりだった子もいただろう。

 だけど釘を刺された以上、義理として渡すしかないということか。


「そういえばハナはどういう風の吹きまわし? クラスの皆に、チョコを配ってたって話を聞いたんだけど、今まではバレンタインには興味がないって言ってなかったっけ」

「えっと、ちょっとね。皆楽しそうにしてるから、今年はあたしもちょっと乗っかろう勝手思って。友達に配るのも悪くないかなーって思っただけ」


 本当はユメに渡したくて、わざわざ手の込んだ事を考えたんだけどね。


「そうだったんだ。で、そのチョコはどうなったの」

「もう全部配り終えたけど」


 たくさん用意していたけど、ユメに渡すのを諦めたことでやけになって。最後は節分の豆のようにバラまいてきてやった。

 だけどそれを聞いた瞬間、ユメが大きく顔をしかめた。


「ふ――――――――ん。全部あげちゃったんだ――――――――」


 不機嫌を隠そうとしない、ジトーっとした目を向けてくるユメ。

 えっ、な、なんでそんな顔するの。


 訳がわからずに混乱していると、ユメはそっぽを向いてふて腐れるように一言。


「俺にはくれないんだね」

「へ?」

「俺一応、ハナと友達のつもりだったんだけど。一番仲が良いって思ってた」

「え、ええー!?」


 そりゃああたしだって、ユメが一番仲良しの友達だって思ってるよ。

 けどそんな一番の友達であるユメのこの態度。何かマズイ気がして、頭の中で警鐘が鳴る。


 ちょっと整理して考えてみよう。


 私は今日、友達みんなにチョコをあげた。

 だけどユメだけにはチョコをあげなかった。

 とっても不機嫌そうなユメ。


 その他ユメの性格や、過去にこんなジトッとした目を向けられた時のことを思い出して、直観する。導き出される結論は……。


「ええと、もしかして自分だけチョコ貰えなかった事、怒ってる?」

「……もちろん」


 背筋が凍るくらいの、冷たすぎる声。

 ちょっ、ちょっと待ってよ!


「待って待って待って! ユメは他の子から、たくさんチョコ貰ったじゃないだからあたしのなんていらないかなーって思ったんだけど」

「いるよ。一番欲しかったもの」


 こっちを見ずに俯いたまま答えるユメ。これは相当怒ってるよ。

 そ、そうだよね。友達皆に配ったのに、自分だけ仲間外れにされたんじゃ、そりゃ怒るよね。

 ああー、あたしのバカ! あたしだって一番あげたかったのに、どうして止めちゃったの!


 ど、どうしよう。今からでもあげたいけど、もう一個も残ってないし。

 いや、何か打開策はあるはず。


 考えろ、考えるんだ。

 必死に頭を回転させる。そして手に取ったのは、さっきまでバリバリかじっていた、袋に入ったお煎餅。

 あたしはおずおずと、ユメにそれを差し出した。


「ご、ごめんユメ。チョコはもうないけど、代わりにこれ受け取ってくれる?」

「これって、煎餅?」

「そ、そう煎餅。食べかけだけど、まだ半分残ってるから。皆にあげてた五円チョコよりもずっと量があるし、ユメだけ特別だよ!」


 ああ、我ながらなんてアホな事を言っているのだろう。

 チョコじゃなくてお煎餅を。しかもおやつの食べかけを代用するなんてどうかしてるよ。けど、これが今できる精一杯なの。


 それに、ユメが特別って言うのは本当。何一つ嘘を言っていない。

 大丈夫。しっかりと気持ちを伝えれば、きっと許してくれる。長い付き合いだもの、ユメはそういう奴だって直観が、あたしにはあるのだ。


「……これが、チョコの代わりのバレンタイン?」

「そ、そう」

「俺だけ特別?」

「うん、ユメだけ特別。ごめん、渡すのが遅くなって。けど、ユメの事が嫌いなわけじゃないから。むしろ一番好きだよ」


 まるで告白みたいなことを言っているけど、今だけは照れも恥じらいも捨ててちゃんと気持ちを伝えなきゃ。

 するとさっきまで仏頂面だったユメが、クスリと笑みをこぼした。


「……一番好き。しょうがないなあ、許してあげるよ」


 言葉だけ聞くと偉そうだけど、とても優しい声。さっきまでの仏頂面とは一転して、それはもう幸せそうな笑顔を浮かべてくる。

 良かったー、ユメが笑ってくれたー! 


 しかもとっても幸せそうな笑顔で、思わず胸がキュンと高鳴る。

 咄嗟にお煎餅をあげようってひらめいて良かった。ナイスあたしの直観!


 一人喜びを噛み締めていると、ユメは袋の中からお煎餅を二枚取り出して、一枚をあたしに差し出してくる。


「ほら、食べよ」

「うん」


 バリッバリッバリッバリッバリッバリッ。


 二人してお煎餅をかじる音が、部屋の中に響く。

 さっき一人で食べていた時より、ずっと美味しいや。


 こうしてあたしのユメへの初バレンタインは、チョコでなくお煎餅になってしまったけれど。渡せたことに変わり無いので良しとしよう。


 来年はもっとちゃんとしたチョコレートを、渡せますように。




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直観で選んだ、バレンタインのプレゼント 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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