君にしか見えない

茉白

君にしか見せない顔

 君はいつも僕を待っている。

 遅刻常習犯の僕を待つのにも慣れてきたこの頃の君。

 今日は絶対君よりも先に着かないと。

 玄関の鏡で身だしなみを整え、僕は家を出た。


 車に乗り込むとエンジンをかける。

 待ち合わせ場所までは10分。あと30分もある。

 僕は余裕で車を走らせた。


 僕はアクセルを強めに踏む。

 車はそれに応えるようにスピードを上げてゆく。

 窓を開けると春風が心地よかった。


 信号待ちで止まると、ポケットを確認する。

 …無い。

 なんで?どうして?あれが無い。

 そういえば、出掛けにジャケットを変えたことを思い出す。

 信号が変わると、家へとUターンする。

 残り時間は25分。


 家に着くとさっきのジャケットのポケットを探る。

 あった。良かった。

 車に戻り、急いで走らせた。

 残り時間まで、あと20分。


 後ろからサイレンが聞こえる。

 あー、やってしまった。スピード違反だ。

 パトカーに止められ、キップを切られてしまった。

 残り時間まで、あと15分。


 もう時間をロスできないのに、こんな日に限って信号に引っかかる。

 少し焦る気持ちを抑えながら慎重に車を走らせた。

 まだ大丈夫。

 残り時間まで、あと10分。


 駐車場に車を止め、待ち合わせ場所に向かう。

 日曜の街は混雑している。

 焦ってなかなかたどり着けない。

 残り時間まで、あと5分。


 君が僕を見つけ手を振る。

 あれ?まだ時間になってないのに。

 僕は不思議に思いながら駆け寄る。

 結局、時間ぴったりに僕は到着した。


「今日は時間通りだね。」君が言う。

「君は時間より早くない?」僕が言う。

「あなたのその顔を見るのが好きなのよ。」

「その顔って、どんな顔?」

「申し訳なさそうな顔。」

「…そんな顔してる?」

実際申し訳なかった。


「誕生日おめでとう。」僕が言う。

「ありがとう。」君が言う。

「これ。」

ポケットから箱を出す。

「何?」

「プレゼント。」


 箱を開くとそこにはダイヤの指輪が入っていた。

 指輪と僕を交互に見つめる。

「僕と結婚してください。」僕が言う。

「……私でいいの?」君が言う。

「君がいいんだ。」


「…考えさせて。」君が言う。

 そんなセリフは予想していなかったので、僕は戸惑う。

「嘘よ。よろしくお願いします。」

 君は笑って僕に言う。

 僕は胸を撫でおろした。

「こちらこそよろしくお願いします。」僕が言う。

 

 もう待ち合わせ場所に走ることもない。

 いつでも君が横にいてくれるのだから。

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君にしか見えない 茉白 @yasuebi

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