EP31 司法の正義

 ミラノに置かれた大法廷は佳境に入りつつあった。スッラ家の当主が逮捕され、その裁判がまだ残っているが、大半の判決はすでに決した。


 内訳は死刑と終身禁固が半々程度、無罪は全体の1割ほどだろうか。厳しい判決ではあるが1400年前まで十字架刑を科していたことを思えば、多少人道的と言えなくもない。


 だがこれで元老院の権力は完全に砕かれた。とも言い切れないのだが、それはもはやマルクスの仕事とは言えない。どちらかといえばピーターやルキウスの仕事だろう。


 それにマルクスには新たな使命が課せられていた。


 司法の独立を最初に唱えたのはデモクレイトスだったか、そのあとすぐにテオドシウスが乗っかった。この裁判が終わったのちはナポリに建設されている最高裁判所に移って憲法の番人としての職務を継続しなければならないだろう。


「同志長官、いよいよこの法廷も解散ですね」


「ああ。同志ノリリウス、貴殿の意見には助けられた」


 革命裁判所の判事ノリリウスは革命軍の左派で知識人として活躍していた。中央は権威主義的すぎるとは彼の弁だが、彼の思想はかなりアナキスト的といえる。


 アナキストの判事というとかなり恐ろしく聞こえるが、理想主義者でもある彼はなかなか的確な見解を述べた。と、少なくともマルクスは評価している。


「ナポリで同志のサポートが受けられないのが残念だ」


 同志と呼んでいるのは別にマルクスの趣味というわけではない。革命軍の左右から満遍なく判事が招集された結果、結束が揺らいでいる法廷を結束させるための施策なのだ。もちろん焼け石に水なのは言うまでもない。


「はは、まあ応援してますよ」


 ノリリウスのこの微妙な態度は専制的な中央に思うところがあるためである。直接言ってこないだけ分別があるともいえるが。まあ永続的に活動する機関でもない。あと数週間は持つだろう。






 七つの丘の最高幹部会議はかつて定例だったが、予定を合わせるのが困難になったことで不定期となった。今のところは頻度は落とさずにいられているが、この先はどうなるかはわからない。


 しかしそれでも、七人は秘密裏にローマの地下にいる。それは彼らにとって何が重要かを示すものだった。


「キスピウス、すでに庁舎は完成した。移動の準備を進めてくれ。最高裁判所長官公邸はもうしばらくかかるが、しばらくは判事用の宿舎に入ればいい」


「感謝するパラティウム。そして、肝心の判事の人員についてだが、おおむね充足した。ただちに皇帝の親任を経てナポリへ向かいたい。ゴルゴダ、いいな?」


「ロード・キスピウス、その通りです。訴訟は国家の基本機能。一刻も早く復活させなければ」


 訴訟なしに統治した国はない。その主権を主張する以上は、そこにおけるあらゆる紛争に国家が介入するのは義務なのだ。


「皇帝宮殿も建設中なのでひとまずクイリナーレ宮殿でやりましょう。着き次第連絡をもらえればただちにやります。ロード・ウェリアよろしいですね」


「ああ。私の仕事は今のところ外向きだ。とりあえず宮殿は好きに使ってもらって構わない」


 グレゴリウスはイタリア半島中を回りながら「皇帝に捧げるみ恵みの礼拝」を司式することで暴動の発生を抑制している。それによって各教会は今のところは新政権には好意的だ。


「それと、憲法が教理的に正しいという回勅を出そうと思う」


 グレゴリウスがそれに続けていった。


「それを出すとさすがに教会側が動くだろう。四大総主教座の団結を招くことはないのか?」


 デモクレイトスが発言した。


 ローマとコンスタンティノポリス以外の総主教は今のところ新政権に中立的だが、勝手に教理を解釈するという蛮行にはさすがに抗議するだろう。


「団結はするだろうが、今は動けまい。先のことより生活が安定するまでの時間稼ぎが優先だ」


 手を挙げてカールが賛意を示した。


「ウェリアに賛成だ。すでに反乱の兆候がいたるところに現れている。反乱の妨害はできるだけやった方がいい」


 会議の主な議題が決すると、いつも通り年長順に席を立っていく。今なすべきことなすために。

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敗北と帝国 坂崎 座美 @zabi0908

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