星の瞬きに模す
星雫々
残像と現像
発車の合図ギリギリで飛び乗った。
顔を上げると疎ましそうな顔をした誰かと目が合う。
真冬だっていうのに前髪はひどく額にはりついて、ゆらゆらと蛍光灯が蜃気楼を見せるのを合図にぎゅっと目を閉じつつ肩で息をした。
抱き寄せたマフラーがチクチクと疼き、耳に刺したピアスが首元をシャラシャラと滑る。
ひどく擽ったくおもえた。
ここ数日、雨が降らなかったせいでひどく乾いた空気に苛まれた唇が舐めても意味を成さなくて、どこかへ転がってしまったリップクリームを恨んだ。
発車音とともに次の駅の知らせが来る。
私は留まったままでも、ちゃんと箱は次へと進んでくれる。走らなくても、闇は光を見つけて代わりに貫くのだ。
私なんかよりうんと賢い。
地下鉄が発車して背の方へと下がっていく時に闇に包まれる安心感は、夜闇のそれに似ている。
地下鉄はずうっと夜だ。
黎明を迎えたって夜の鼓動が抑えきれなくなる。
薄らと瞳を開くとトンネルの中でたまに光が見えて、それが星や月にも見えた。ドアが開くと光がさして、それは都会の高揚感に近い。
たまに思い描いた場所でないところにたどり着いて、それでも降りて、匂いを感じて、発車音が啼くのを横目に小さく笑ってエスカレーターをのぼり、また反対側のホームで渋谷を目指す。
チカチカと主張する右側に目をやると、鏡のように自分を模したガラスが行き場をなくして佇んでいた。
どこかへ向かっていても、強かに私だと言い張るのでスマホのカメラ側をそちらに向けてやると画面に揺らぐ像が映しだされる。
ひとつ押したサイレントのシャッターで保存された一枚をSNSに加工してアップした。
残像も現像もここにいる。
乗せたこの箱がプラットホームにたどり着き、否応なく左足を踏み出した私が、いま、向こう側の方で落ちた星と同じスピードで、走り抜けることが出来たなら。
星の瞬きに模す 星雫々 @hoshinoshizuku
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