毎日話しかけてくれる女の子、実は僕が昔離れ離れになった幼馴染だと気づいてない

さーど

【そんなことあるかなあ……】

「なんだかねえ……」


 今日の授業が終えた秋の放課後。僕の高校の、目立たぬ位置にある人気ひとけのない図書室。

 そんなところで、僕の隣に座る女の子が人差し指を額にえながらそう零した。


 その子は自然なダークブラウンの髪を低い位置にまとめ、あどけなさの残るおかお

 そこに薄いメイクをしていて、そして笑顔の絶やすことを知らない明るい性格。


 そういう、パッと見、図書室にいるのはどうにも違和感の残る女の子。

 そんな彼女──名を千鶴ちづるさんという──は、今日図書室に来ていた。


 入学して少しした春に僕としてから、彼女は何故だか毎日ここに来る。

 決まって、席は端に座る僕の隣。そして、毎日僕に話しかけてくる。


 ──え?あ、えっと。恐縮ではあるけど、僕と千鶴さんは一応なんだ。

 昔はその明るい性格で、絵本を読みたかった僕は外に連れ回されたものだ。


 まあ、今と変わらず笑顔の絶えない可愛く元気な女の子だから、好きだったけどね。

 ──あっ、幼馴染として好きだった、だよ。当時は男女とかわからなかったし、ね。


 けれど、僕達が6歳の頃。僕の家の都合で、千鶴さんとは離れ離れになってしまった。

 理由は……まあ、率直に言うなれば離婚だ。これだけでも、不幸なのに……


 でもまさか、高校が同じで、こういう形で再会するとは思わなかったけどね。

 昔は二つの不幸で気が沈んでいた時期もあったけど、今は幸運だと思う。


 まあそれだとしても、そんな彼女が毎日ここに来る理由は分からないままだった。

 察する通り、彼女はクラスに友達は多い。本来は、ここに来るいとまはないはずだ。


「どうしたの?」


 懐かしく感じつつ、疑問に感じつつ。

 僕は本から視線を外して、眉を寄せている千鶴さんにそう呼びかけた。


 彼女は額を指で抑えながらも、キラキラ光る瞳をこちらに向ける。


「……えっと、光希みつきくん。もうこの際に言っていいかな?」

「『この際』って言い換えれるほど、今って変わった事態なのかな?」


 思わずツッコんでしまった。本当に今は何の変哲へんてつもない、いつもの風景だ。

 まあ、一応答えは気になったので「うん」と僕──遅いけど光希です──はうながした。


 千鶴さんは僕のツッコミに特に触れることなく、首を傾げて口を開く。


「やっぱり光希くんと話してるとね、凄く懐かしい感じがしてくるの」

「……どういうこと?」


 それって当然のことじゃないのかな?僕も毎日そう感じてるし。

 理由としては勿論、幼馴染だから。わかりきったことだとは思うんだけど……


 そんなことを思いながらそう返すと、千鶴さんはさらに続ける。


「なんだか、昔仲が良かった女の子の雰囲気に似てるっていうか……」

「うん?」

「失礼かもって思って言ってなかったけど、実は毎日ここに来てる理由ってそれなんだよね」


 ……えっと、僕と離れ離れになってからできた女友達のこと、かな?

 僕の覚えてる限り、遊んでた時代に千鶴さんにそんな子はいなかったと思うし。


 でも、その女友達の子と僕の雰囲気が似てるのか。なんだかプライドが傷つくなあ。

 まあ、それがわかってたからこれまで千鶴さんは言ってなかったんだと思うけど。


 で、その子と僕が似てるからこういう形で打ち明けてくれた感じ、かな?

 ……僕じゃなくて、その子で懐かしく感じているのか。なんだか悲しいな。


 ……まあ、離れ離れになってからの千鶴さんの事が聞けるいい機会だ。訊いてみよう。


「そうなんだ。その子はどんな子なの?」


 相槌を打ち、質問。シンプルなボールを投げると、千鶴さんは唇に人差し指を当てた。


「えーっと、大人しくて優しい子だよ。……あ、これじゃ光希くんと丸々被っちゃうね」


 指を離してそう言ったかと思えば、今度は頬に人差し指をあてる千鶴さん。


 再会して気づいたけど、千鶴さんは人差し指を顔の一部に当てるくせがある。

 昔、あごの下にいつも拳を当てていたけど、その名残なのかな?


 閑話かんわ休題。


 話の流れから、どうやら千鶴さんはその子と僕の差別点を探しているようだ。

 ……大人しいのは認めるけど、僕って優しいのかな?あんまり自覚はないなあ。


「ん〜……え〜?っとぉ……いやぁ……」

「………」

「………あっ!」


 百面相のように表情を変えて考える千鶴さんを眺めていると、千鶴さんが顔をあげた。

 その子と僕の差別点が思いついたのかな?


「性別が違う!」

「そりゃあその子は女の子だからね?……あと、声が大きいよ」


 いくら人気がないとはいえ、図書委員の人はいるんだし静かにしないとね。

 ……いや、そもそもとしてこうやって話をしていること自体がダメなのかな?


 ……ソレハサテオキそれはさておき

 まさかの最初から明かされている性別が出てくるとは……


「性別という根本的なことが違う時点で、その子はその子、光希くんは光希くんなのだよ」

「どういうこと?」


 突然説明されても、全くもって意味がわからないんだけど……

 あ、さっきのは別のツッコミの方がよかったかな。''誰だよ''みたいな。


 ……そういう問題でもないか。


「……とりあえず、僕に似た子なのはわかったよ。じゃあ、その子との思い出を聞きたいな」


 馬鹿みたいな僕の考えを打ち消すように、僕は次の質問を投げかける。

 千鶴さんもこの質問に応答するためか、今度はこめかみに人差し指を当てた。


「ピピピピピッ……」

「ス〇ウター?」


 かと思えば、龍玉でお馴染みな機械の擬音を漏らす千鶴さん。相変わらずノリのいい。


 千鶴さんは恒例こうれいになっている僕のツッコミを華麗にスルーし、顔を上げた。

 何か思い出した……いや、閃いた?のかな。


 ……あ、この漫才?は前からのやり取りだから、千鶴さんもそれをわかってのことだ。

 別に、一方的に無視されてるわけじゃ……ないですよ?本当ですから!


ブンセキカンリョウイマカラからブンショウカ文章化スルする

「ロボット?そして文章化はまだなんだね」


 突然棒読みになったから、それに対応したツッコミを僕は投げる。


 千鶴さんと僕は住む世界線は違うけれど、千鶴さんもこんなサブカルネタは好きらしい。

 それがあって話しやすいのは、僕的にはとても幸いだった。漫才の幅も広がるし。


 閑話休題。二回目。


「……その子はね、いつも絵本を読んでいた子なの。いつも絵本に興味津々だった子」

「うん」


 昔の僕と全く同じだな。まあ、似てるって言ってるんだしこれくらいは……

 ──うん?なんだか、千鶴さんの顔に影ができている……?


「それで、その子を無理矢理連れ回す私……今思い出すと、最低なことをしちゃった……」


 嫌なこと?を思い出したようで、千鶴さんは血の気を失った顔で頭を抱える。

 僕は千鶴さんに追いつけず、ただただ「大丈夫……?」となだめるしかできない。


 千鶴さんは手のひらをこちらに向けて、「大丈夫だっ……」とダンディーに言った。

 この流れがしたかっただけなの?というか、女の子なのに声がとても低い……


「まあ、そんな私に着いてきてくれるとても優しい子だったの」

「関係は諸々もろもろあったんだねさっきの。あと、まだ人柄……?」


 質問と違う答えが返ってきたと思って首を傾げると、千鶴さんは「まあ待て」と言った。

 察するとおり、またもやダンディーな声で。ハマっちゃったのかな?


「で、私って今みたいにはっちゃけてたから、男子の方が友達多かったのよね」

「うん」


 知ってます。昔と性格はあまり変わった無くて、なんだか安心してました。

 あまりに度が外れた方に行かれたら、僕は千鶴さんとまともに会話出来る自信が無い。


 そんなことを考える僕を他所よそに、千鶴さんは続ける。


「でも、女子だからって男子にハブられてた時期があったんだよね」

「表現がド直球すぎない?」


 オブラートさんも仕事させて貰えなくてビックリしていそうだ。

 自分で言いながら思ったんだけど、オブラートさんとは……?


「それで、その子は男子と遊びたいと主張する私を尊重してくれたの」

「うん」


 転校と少し前に僕もそれをやった気がする。『男女なんて関係ないでしょ』って。

 そしたら割と素直に頷いてくれたけど。


 もしかして千鶴さん、僕と離れ離れになってからまた男子に遠慮されるように……?

 あの時お礼を言ってくれたけど、再発って……なんだか申し訳なくなるな。


「『男女なんて関係ないでしょ』って主張してくれて、男子は素直に頷いてくれたの」


 一言一句同じことをその子も言ったのか。ナイスガッツ、見知らぬ女の子。


 まあ、今の僕としては''男女は関係ある''って意見になっちゃうけどね。

 思春期を迎えたら見える女子の魅力。それを感じたら……''関係ない''なんて言えない。


「あの後に向けてくれた笑顔……女の子なのに、すごくカッコよかったなあ……」


 うっとりとした笑顔で、懐かしさを噛み締めるようにそう零す千鶴さん。

 カッコいい女の子……昔の事ってことだから小さい子だろうけど、とてもいい。


 ……というか、ぼちぼち思ってたんだけど名前がわからないからやりづらいね。

 一応、名前を訊いてみようかな。


「さっきから思ってたんだけど、その子の名前ってなんていうの?」


 もっと早く言うべき僕の言葉に、千鶴さんはきょとんとした顔をする。

 すると、思い出したのか「ああ」と─前置きして、すぐにその名を──


「''みっちゃん''って言うの。本名は思い出せないんだけど……」

「………!?」


 僕は唖然とした。あまりにも衝撃しょうげき的な言葉に、何も言えなくなっていた。

 いや、え?あの、もしかして……


 ……察する通り、昔、僕は千鶴さんに『みっちゃん』と呼ばれていた。

 語呂がいいからか、''つ''を小さくしたからかの由来は覚えてないけどね。


 そんな僕の昔の愛称を、今目の前で、千鶴さんが口にした。

 二人も同じ愛称で呼ぶわけないし、もしかして今の話って全部僕のことだったの……?


 瞬間、羞恥しゅうちで顔が熱くなった。先程の印象的な笑顔が、僕に向けられたものだからだ。

 その時の僕が、『カッコよかった』と。うっとりと、噛み締めるように……


 ……なんで、真っ先にそこに気づくんだ。僕というやつは。


 その時。長々と話していたからか、その時に下校時間を知らせるチャイムがなった。


「あっ、帰ら──ッ!そういえばおつかい頼まれてるの忘れてた!また明日ね!千鶴さん!」

「え?あっ、うん。また明日」


 あまりに僕に都合のいいタイミングだ。この顔が気づかれぬうちに退散しよう……っ!

 いつもは一緒に帰る千鶴さんだけど、今この時はこの顔を見られたくない……!



 □



「はあっ、はあっ……」


 玄関のドアに項垂うなだれながら、僕は全力ダッシュで生まれた荒い息を整える。

 丁度階段から降りてきた姉に奇異きいの目で見られたけど、そんなの気にする暇もない。


 ……ダッシュしていて少し落ち着いた。そして、重大なことに思い至る。

 千鶴さんは、だと思っていたことだ。


「……いや、なんで?」


 率直にそう思った。というか、言葉として盛れてしまっているほどに動揺どうようしている。

 たしかに今よりは大分弱々しい体だけど、まさか性別を間違えられるとは……


「そんなことあるかなあ……」


 とあるライトノベルで、男の子だと思っていた幼馴染が女の子だった話はあるけどさ。

 まさかそれを逆ver.、それも自分視点で味わうことになるとは、ね……


 ……光希って名前も、女の子に間違えられる可能性はあったのかな?

 いや、名前を覚えられてなかった以上それに影響したのは幼い頃だけか……


 ……それが今でも続いてるんだけど。


 それはさておき、どうしたものかなあ。

 ……いや、今すぐにでも正体を明かすべきなんだろうけどさ。


 でも、それなら千鶴さんはどんな反応をするんだろう。


 さっきみたいな例実は女だった!なら萌えるからいいけど、今回男だった!は……真顔不可避かもしれない。

 それも、冴えない陰気な僕なら特に……


 ……本当にどうしよう。明かすべきなのかな、幻滅されないかな……?

 ……そもそも、どうしてなんだろう。


 毎日話しかけてくれる女の子が、実は僕が昔離れ離れになった幼馴染だと気づいてない

、なんて……

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