ランナーズハイ
澤田啓
第1話 走る男
深夜に街を走る一人の男、今となっては珍しくもない光景だが……彼はかれこれ20年の長きに渡りこの習慣を続けている。
彼の名は
フルマラソンの
地元で毎年開催される都市の名を冠したマラソン大会では、一般参加のランナーとして10指に入る程度の記録であると云えば……その
彼が走り始めたのは、地元の県立高校を卒業し市役所に就職した19歳の春からである。
彼は中学と高校では運動部に所属したこともなく、ましてや陸上競技とは無縁の生活を送って来ていたのだ。
その彼が何故に走ることを選択し、市民ランナーとして好成績を残すようになったのか……親も兄弟もそして古くからの友人ですらも、不思議そうに彼のことを語った。
『高梨 雄二はマラソンになんて参加するような人間では決してなかった』
そしてとある年のK市マラソンの大会において、彼は何故か優勝してしまった。
毎年10月開催の大会であったのだが、その年だけは10月に外国の要人を迎えての国際会議が開催されるとのことで、警察による開催日変更要請を請けて、8月の下旬へと日程が変更された大会であったのだ。
その年の8月下旬には太平洋高気圧が猛威を振るい、スタート時の気温は33度まで上がり彼がゴールした
酷暑の中で強行された大会に、アフリカ勢を含む招待選手たちは軒並みリタイアの憂き目に遭い、バタバタと倒れ救急搬送された。
そして彼の目の上のタンコブであった筈の、地元で強豪と呼ばれる市民ランナーの雄たちも……招待選手と同じ末路を辿って一人また一人と倒れ伏し、死屍累々の様相を呈していた。
そんな盛り上がりに欠け、猛暑酷暑の8月に強行されたK市マラソンには『アスリートファーストの精神に
その大会で棚ぼた式に優勝を掻っ攫ってしまったK市職員の高梨 雄二に……批判の声に晒されてリコール運動まで引き起こされてしまったK市の市長は、起死回生の一手として彼に白羽の矢を突き立てたことは仕方のないことであったのかも知れない。
そしてこれから後に記載されるインタビュー記事は、K市の広報誌と地元新聞社であるK新聞社にK市長の
インタビュアー:(以下、イ:)高梨 雄二さん、今回は第◯回K市マラソンでの見事な優勝……おめでとうございます。
高梨 雄二:(以下、高:)あ……はい、ありがとございます。
イ:今回の優勝は自己ベストを大幅に更新される、2時間25分26秒と云うタイムでの優勝でしたが……他の選手たちがコンディションに苦しむ中、何か体調を維持される秘訣等はあったのでしょうか?
高:いや……そんな秘訣とかは無かったんですけど、いつも通りに走っている最中に、あちこちで人が倒れているのを見て笑っていただけですね。
イ:そ、そうですか……しかしライバル選手たちの苦しむ姿を見て、心配とかされたのではないですか?
高:いやぁ、そんな気持ちは全く……微塵も起こらなかったですねぇ。
どちらかと云えば、アイツら全員が死ねば良いのにぐらいのことは考えてましたよ。
イ:あ………そうですか、それはアレですよね……真剣勝負に挑む
高:いいえ、そんな気持ちは持ち合わせていませんので……全く見当外れな質問ですね。
本気の本気でこのクソ暑い最中に走っている連中が、全員死ねば良いのになぁ……と思っていただけですよ。
イ:ア……アハハハハハッ……高梨さんはユーモアセンスに溢れた……楽しい方ですね。
高:はぁ……今まで39年も生きて来て、ユーモアセンスを評価されたことなんてないので……多分……自分はクソが付く程に真面目な人間だと思ってますが……。
イ:そうなん……ですか、それでも結果的には優勝されて、ご自身の働く市役所の市長さんから表彰された時には、感慨もひとしおと云うか……とても嬉しかったんじゃないんですか?
高:いえ……全く嬉しくはなかったですね、このクソ暑い8月にマラソンを開催するとか……正気の沙汰じゃない決定をする市長なんて死んでしまえって思ってましたよ。
イ:ヒッ…………そう……なんですね……。
それもこれも、激走の後で昂った気持ちが全面に出たことによって……アドレナリンがブワーッと出たから……とかなんですよね?
高:いえ……またまた見当外れな質問です。
あの市長……いや……クソ市長には、一日も早く死んで欲しいと、今でも思ってますよ。
イ:アハハ……ハハハ……、と……ところで……高梨さんにとってマラソンとは何なんでしょう?
高:マラソンが私にとって何って話ではないんですが、私は19歳の春からずっとK市の市営斎場で勤務しているんですが……一年目からずっと追い掛けられているんですよ。
ですから……その追い掛けて来るモノから逃げるためには……ずうっと走り続けてないといけませんので……私はマラソンを走りたいのではなく、逃げる目的のためにマラソンを利用していると言った方が正しいのだと思います。
イ:ホェ?………高梨さんは何から逃げているんですか?
高:あぁ………こんな所でクソみたいなインタビューを受けていたから、ヤツが追いついて来ちゃったじゃないですか。
インタビュアーさん、アンタも死んじまえば良いのに。
もうすぐそこまでヤツが迫って来ているので、私はそろそろ走り出さなければなりません。
それでは……クソインタビュアーさんも、ヤツには気を付けてくださいね。
では。
イ:いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
何…………何かが………アタ……シの…………足を……………
この時点でインタビュアーの持っていたICレコーダーの電源は落ち、持ち主であるインタビュアーの姿をその後に見た者はいなかった。
そして……高梨 雄二は今夜も走っている、多分……明日も明後日も……彼が死ぬまでずっと走り続ける運命なのだろうと知る者はいない。
ランナーズハイ 澤田啓 @Kei_Sawada4247
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