お・と・た・の
スズヤ ケイ
お・と・た・の
「──ストーップ! やめやめ!」
気持ちよく歌っていた途中で、ハルカが音楽を止めてしまった。
「なによー、せっかく盛り上がるところだったのに」
水を差された私は、口を尖らせて抗議をする。
「ちゃんとメロディー追ってる? サビの出だしが大分走ってたよ」
「えー、そう?」
ハルカが片眉を上げているのを、私はピンと来ないままに見詰め返した。
「もう。今回はソロじゃないんだからさ。ちゃんと呼吸合わせてよね。二人の息が合ってないと、ビシっといかないんから」
そう言って、ぷくりと頬を膨らませるハルカ。
そんなところはまだ子供っぽいなぁ。
「うーん。デュエットって思ったより難しいね。いつも一人でやってるから」
私は曲調を確認するために、指を振りながら鼻から息を小刻みに吐き出す。
「そうだよ、深いんだよデュエットは。でもばっちり決まるとめちゃめちゃ気持ちいいんだよ! それをカナにも知って欲しくてさ」
目を輝かせて、ハルカはデュエットについて語り始めてしまった。
まずい、こうなると長い。
「分かった、分かったってば。何度も聞いたよ。だからこうして付き合ってるじゃない」
私はハルカの口上を遮って、次の曲を予約した。
「私は実践派だからさ。習うより慣れろってことで、もう一回行こう」
「……もう、そうやっていつも人の話聞かないんだから」
ハルカは怒ったように見えても、結局やれやれとばかりに曲に合わせて歌い始めた。
今私とハルカは、カラオケ店の一室にいる。
突然「歌いに行こう!」と誘われて、フリータイムで入室してからもう3時間が経っていた。
私達は、カラオケで録音した歌を動画サイトに投稿している、いわゆる「歌い手」仲間だ。
元は知り合いでも何でもなく、別々にソロで活動していた。
通っている高校も違う。
けれどお互いに似たジャンルが好みだったので、いつしかSNSでやり取りを始め、偶然にも近所だった事もあって、今ではこうして実際に会ってお茶したりもする仲だ。
最近ハルカは他の歌い手さんとコラボして、合同作を投稿するのにハマっている。
今回はその相方に、私が選ばれたのだ。
私は今まで一人だけで歌っていて、他人と歌合せをした事がない。
他でもないハルカからのお願いだからこうして付き合っているけど、正直あんまり乗り気じゃなかった。
だって……
「──あー、ほらまた! ここで走ると次の
こんな具合ですぐにダメ出しを食らってしまうのだ。
本当は、一人で伸び伸び歌うのが好きなんだ。
他人を気にしないで、自分だけの世界に浸っていられるから。
一人で歌っている時には、採点でテンポがずれるような事は無かった。
けれど二人で歌うと、どうしても走ってしまう。
ハルカの歌声は好き。
……でもなんでかな。
一緒に歌っていると、言い方は悪いけど、雑音のように聞こえてくる。
自分の声に混じりあう異物。それから逃れたくて、つい先へ先へと気が急いてしまう。
そんな感覚が抜けずに、どうにも良くない調子のまま練習をしていた。
「……ちょっと休憩しよ」
ハルカが音源を止めて提案した。
私も無言で頷いた。
噛み合っていないリズムは、やっぱり楽しくない。
「……私って、自己中なんだなー」
ソファに座り込んで、すっかり中の氷が解けたグラスを持ち上げながら、私はぽつんと呟いた。
「お、気付いたの? 進化したね」
ハルカが悪戯っぽく笑いかけてくる。
「何よその上から目線は」
「だって、そんな自己中の友達でいてあげてるんだよ? いくら感謝されても足りないよ」
「うわぁ……別に頼んでないし」
恩着せがましい言葉に、私は露骨に顔をしかめ、ストローをくわえて中身を吸い上げた。
……嘘だ。
本当は感謝してる。
私は、人から近寄りがたいとよく言われてきた。
自分でも、極端な人見知りで、一人でいる方が好きだと自覚している。
けれどそんな私にも初対面から馴れ馴れしく、あっという間に打ち解けて、こんな風に誰かと笑い合う楽しさを教えてくれたのはハルカだ。
だから、そのお返しのつもりで今回の無理難題を引き受けた。
でも、どうしよう。
本当に、自分がここまで協調性が無い奴だったなんて思わなかったな。
「どうしたらいいんだろ……」
思わず口からもれた弱音。
ハルカは、それを受け止めてくれた。
「カナ。ちょっと手を出して」
「ん?」
言われるままに、私はハルカに向かって手を伸ばした。
「オーイェー、ハンドシェイク!」
ハルカはおどけた言い方で、がしりと握手をしてきた。
沈んだ気分を和ませようとしてくれたのだろう。
その手はじわりと汗が滲んでいたけど、ぽかぽかと温かく、不快じゃなかった。
「今度は何の嫌がらせ?」
照れ隠しにわざとそんな事を言う私に、ハルカはニカッと笑ってみせた。
「私さ、カナの声大好きなんだ」
「え、ちょ、何? いきなり」
なんだか告白されたような変な気分になって、私はどぎまぎしてしまった。
「いきなりじゃないよ。最初にメッセージ送った時も、あなたの声が大好きです! って書いたの忘れた?」
ハルカが握った手にきゅっと力を込めた。
「……忘れてないよ」
私も、ハルカの声が好きだったから。
そう言われて、とても嬉しかった。忘れるはずない。
「良かった。じゃあさ、私の声は好き?」
「……うん」
おちょくっている様子はなかったので、私は少しだけ迷ってから素直に頷いた。
やっぱり、なんか恥ずかしい。
「ふふ、うれしー! ありがとう!」
ハルカはふんわりと見惚れるような笑顔で、握ったままの手を上下に振った。
「でね。そんな大好きなカナの声と一つになれたらいいなって思ってるんだ」
「できるなら、私もそうしたいよ」
私はハルカの顔を真っ直ぐ見られなくなって、視線を手元に落とした。
温かい。
今、私達は繋がっている。
「ね、小学校の音楽の授業でさ、カスタネットでリズム取るのってやらなかった? タンタンタンタンって」
「あー、あったあった」
私が相槌を打つと、ハルカがまた手をぶんぶんと振った。
「じゃあさ、ちょっとこのまま声出ししてみようよ。こうね、手をカスタネットだと思って。こっちでリズム取るから、それに合わせて。ラーラーラーラーってさ」
言いながら、握ったままの私の手を上下に小気味よく動かすハルカ。
「……ん、わかった」
意図が呑み込めた私の声を合図に、ハルカはリズムを刻み始めた。
1、2、3、4。
ブンブンブンブン。
1,2,3,4。
手を振って、正確な四拍子を刻む。
「イチ、ニ、サン、ハイ! ラーラーラーラー」
「ラ、ラーラーラー」
緊張して出だしでいきなりつまづいてしまったけど、ハルカは首を横に振って続けるように視線を寄越している。
私は頷いて、声を出す事に集中し始めた。
ブンブンブンブン。
『ラーラーラーラー』
ブンブンブンブン。
なんだか、クラスみんなでやったお遊戯会を思い出す。
でも、そっか。
本当に、私は自分の事しか頭になかった。
何かを誰かと共有する。
こんな基本的な事を置き去りにして、私は突っ走っていたんだ。
それをハルカは教えてくれようと……
『ラーラーラーラー』
今私は、ハルカと繋がっている。
手だけじゃなく、音声で。
まるで一つの生き物として溶け合うようなイメージで、その心地良い響きに身を預ける。
1、2、3、4。
1、2、3、4。
規則正しいテンポ。
正面にハルカの顔がある。その唇の動きに、自分のものもリンクさせる。
雑音が、消えた。
『ラーララーラララーラーラーラー』
重なっている。
いつの間にか、単調な四拍子から課題曲のメロディーにすり替わっていた。
それでも、私とハルカの声はずれていない。
握手のリードのおかげだ。
あれだけ耳障りに思えた他人の声が、自分の声と一体になっているのは、とても不思議な気分だった。
折り重なって生まれた音は、まるで、もう一人違う人が歌っているかのよう。
『ラーララーララララーララーララー!』
ハルカの導きに合わせて、手と喉を弾ませる。
デュエットは二人三脚と同じだ、とハルカが言っていたのを思い出した。
一人だけ先に走って行っちゃいけない。
相手に半身を預けて、二人一緒の歩幅で走る。
それができて、初めてハーモニーになるんだ。
『ラララーラララーラララララー!』
私はもうハルカに振り回されるまでもなく、自分で腕を振っていた。
採点でピタリと音符を踏めた感触。それと同じ快感が背中を走る。
自然と声にも張りが出て、笑顔が溢れて来た。
大きく口を開けるハルカも、目尻が落ちそうなほど緩んでいる。
人と一緒に歌うって、こんなに楽しいんだ。
私は声を上げながら、空いた左手でリモコンを操作した。
「やっばい、超アガってきた! このまま手を繋いで歌おう! なんか、今ならいける気がする!」
「オッケーオッケー! 絶対いけるって! 綺麗にハモろうぜ!」
ハルカがマイクを握った左手の親指をぐっと掲げて見せる。
イントロが始まり、私達は同時にシャウトしながら曲の世界へ飛び込んでいった。
私は今……過去最っ高に!
音を楽しんでいる!!
お・と・た・の スズヤ ケイ @suzuya_kei
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