第3話 東京シンデレラシリーズ アシェンプテル-麗良と千住-



 「つまり、千住さんは王子ではなかったわけね」

「え?どうゆう意味?」

「だって、駅でキラキラのヒールを拾ったじゃないですか。つまり、ガラスの靴を階段で拾った王子様ですよね。

だから、てっきりその後、美女とお知り合いになったのかと思いました」

「ああ、なるほどそう言うことか。洒落た言い回しだね。でも、僕では全くの役不足だと思うね。僕の場合、いつまでたっても王子にはなれない、辿り着けないんだよ」

「辿り着けない?」

「そ、僕の苗字、千住でしょ?だから、王子までは距離があるからね」

「ああ、いやだわ。千住さんのほうがよっぽど洒落が効いてる」

麗良は、口元に手をやり笑いをこらえた。

「いやいや、使いまわしのジョークを、笑ってくださってありがとう」

二人は、ガラステーブルを挟んで華やかに笑いあった。


 千住基一(せんじゅきいつ)は、麗良との待ち合わせたを約束した後、銀座のデパートを巡って、馴染みのバイヤーにそれとなく、アローム&パルファンのレッスン用アロマについて聞いて回った。

確実とは言えないが、お目当ての香料の調合は2年前の教材として使用されていたものだろうと、大まかに結論づけた。

2年前なら、今使われていても納得できる。

ただ、厄介なのは自宅用学習教材としても、販売されていて、それがフランスと日本だけじゃないというのが、少々面倒だ。 ここから先は、警察に委ねるしかない。


「デパートでは、何か新しい情報を仕入れられたのですか?次回の企画とか」

「うん。なかなか、オリジナルの香水を手掛けられるような土壌は、まだ出来上がっていないから、暫くはコスメ関連の香料に活路を見出そうとは思っているんだけど。

新出さんとの仕事は、本格的なパルファン作りだったから、楽しかったな」

「私もです。香りについてのリサーチは、奥が深くて仕事の幅も広がりました。お礼を言うのは私のほうです」

「フランスの様にトップメゾンとの契約でも取れれば、香り漬けの毎日が送れるんだけどね」


 「千住さんのお名前、基一って、ちょっと珍しくないですか? 最初きいちさんかと思っちゃいました」

「基一は、父が付けた名前で、詩人のキーツからもらったんだ」

「お父様は、キーツの詩がお好きなんですか」

「違う違う、誕生日が同じなんだ。10月31日。誕生日辞典で調べて、同じ誕生日の有名人の中から選んだらしい」

「そんな名前の付け方もあるんですね」

「いい加減だろ。でも、偶然だけど、日本画家の鈴木基一と詩人キーツは、1795年に生まれたんだ。さすがに誕生日は違うようだけど。それを発見して、最初考えていた漢字を止めて、今の基一にしたらしいよ」

「日本とイギリスで同じ年に生まれた、二人のキーツ。なんだか、ロマンチックだわ」

「僕のほうは、ロマンとは程遠い存在だけどね」

「そんなこと言って、ガラスの靴を探す美女と、また出会うかもしれませんよ」

「さっきから言いたくて仕方なかったんだけど、今日の新出さんはすでに、ガラスの靴を手に入れたみたいですね」

「あら、うれしいです。この靴、昨夜買ったばかりなんです」

「実はね、待ち合わせ場所に急ぎ足でやって来るあなたの、足首があまりに奇麗で、つい見とれてしまった。あ、いやらしくて、ごめん」

「その為の靴ですから、たっぷり褒めてください」

「初めて履くハイヒールでも、大丈夫なの?」

「不思議なことに、全然痛みがなく私の足に誂えたみたいに、ぴったりとフィットしていくら歩いても、痛くないんです」

「へえ、魔法の靴ってわけか。どこで手に入れたの?」

「六本木と赤坂の間にある、夜中だけ店を開ける、アシェンプテルというお店です」

「アシェンプテル? へえ、それはまさにドイツ語の灰かぶり姫だね」

「えっ、知りませんでした。ドイツ語ではそう言うんですね。フランス語のサンドリオンはどこかで聞いた覚えがあるのですが。それじゃ、この靴は…」

「間違いなくシンデレラの靴だね。その靴を手に入れたんだから、新出さんこそ、王子に出会えるはずだよ」


 千住は、グリム童話のシンデレラを思い出した。 フランスのペローが書いた童話とは違い、グリム版は、自立し、賢く、アクティブでなかなかに計算高い肝の座った現代的なお姫様だ。王子の心をつかむ心理戦にも長けている。

目の前でほほ笑む麗良が、十分に力を発揮して魅力的な相手を手に入れるのも、

まもなくだろう、と確信していた。




*グリム兄弟によるアシェンプテル (Aschenputtel)はドイツ語の『灰かぶり』の意

*仏語でサンドリヨン(仏: Cendrillon)は同様にシンデレラ(灰かぶり姫)の意

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東京シンデレラ 欠け月 @tajio10adonis

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