ラノベ作家は辛いよ

七野りく

プロローグ

「良し、良し……減っている、減っているぞ! 入荷したのはおそらく三十冊。開店してから2~3時間で、数冊売れているのは、発売日の走りとしてまずまずじゃないかっ! そう思うだろう? さくら君!」

「ふ~ん、今はこれが人気――……あ、今、何か言いましたか?」


 都内某所の巨大書店。

 私は昨今、大人気作である漫画を手に取りつつ、振り向いた。

 そこにいたのは二十代後半の青年。

 帽子を被り、眼鏡をかけ、身長は平均的でやや痩せている。

 何処にでもいるような恰好で、贔屓目に見ても洒落ているとは言い難い。

 青年は私の言葉が気に喰わなかったのか、やや怒りの表情を見せた。


「……君はいったい、何の為に今日着いて来たのだ? 毎回『ついて来なくていい!』と言っているだろう?」

「またまた~。一人だと寂しいくせにぃ~。あと、私みたいに可愛い女子大生を引き連れていれば、先生の印象だって多少緩和—―……」


 そこまで言葉にした後、まじまじと先生を見つめる。

 柱に隠れ、視線の先にある『ラノベ最新刊!』コーナーを監視する怪しい青年。


「…………」


 私は無言で数歩少し距離を取った。

 先生が胡乱気に見てくる。


「……何故、そこで、離れる?」

「え? お巡りさん呼ばれたらいやだな~って」

「わ、私は天に誓って、お上の御世話になるようなことはしていないっ! 精々、作中でキャラを理不尽な目に遭わせているだけだっ!!」

「……それ、大罪なんじゃ?」

「な、んだと?」


 青年はよろめき、衝撃を受ける。この人、私よりも十近く年上な筈なんだけど。

 まぁ……こうして虐めるのを楽しんでいるのは否定しない。

 ――先生は現役のライトノベル作家さんだ。

 大学に出会うまで、その手のものを一切読んだことがなかった私にとって、先生の存在は新鮮で、かつ新しい世界を教えてくれた恩人、と言ってもいい。本人には言わないけど。

 私は動揺している先生に提案する。


「そろそろ、次の書店に行きませんか? 近場、全部回るんですよね?」

「……そう、だな」


 未だ落ち込んでいる先生はよろよろと新刊コーナーへ近づき、可愛い女の子が描かれた御自身の新刊を手に取った

 勿論、見本誌が送られてきているのだけれど、先生曰く『どうしても、こうして買ってしまう。ラノベは初動が命なのだ! 初動でこければ、死あるのみっ!! 私のような、書いても書いても薄氷な作家は、発売日に書店へ走らねばならぬのだっ!!!』。

 とてもとても、世知辛い話だと思う。


「さくら君、行くぞ」

「あ、はーい」


 ぼーっとしていると、エスカレーター手前の先生に声をかけられた。

 応じ――私は先生の新刊を手に取る。

 ま、まぁ、これくらいの貢献はしてあげても罰は当たらない筈だ。

 なお、見本誌をサイン付で毎巻貰っているので、今日買った分は漏れなく布教用となる。私ってば、凄くいい子なのでは? うん。

 自分で自分を褒め称え、私は先生の後を追いかけた。


※※※


「ふむ……出だしの走りとしては、悪くないようだな……」

「そーですねー。あ、ケーキセット二つ。どっちも珈琲。ケーキは、ショートケーキと季節のタルトで」

「畏まりました」


 近くにある本屋及び専門店を巡回し終えた私達は、行きつけの喫茶店へやって来てた。

 先生は先程来、各店の山が削れていたことに御満悦。

 まぁ、何時ものことなので、私はさっさと女性店員さんへ注文する。

 この喫茶店の制服、とにかく可愛いんですよね。私もバイトしてみようかなぁ。

 そんなことをつらつら考えながら、私は水と一口。

 何だかんだ走ったりもしたので、それなりの疲労感がある。

 目の前の先生は、携帯で作品のエゴサ中。

 辛辣な意見を目にしたりすると、半日落ち込むのに、こりない先生。

 そういう時、毎回美味しい料理を作って励ますのはいったい誰だと。

 ……後、目の前に可愛い女子大生がいるんですが?

 今日の為に、わざわざ美容院へ行き、新しい服を着て、細やかですけどイヤリングやネックレスも着けた、二十歳の女子大生が!

 少々イラっとしたので、意地悪を口にする。


「……先生、毎巻、こういうことしなくても良いんじゃないですかぁ? 売れっ子作家ですし」

「む……さくら君、何を言っているのだ? 残念ながら、私は零細作家だぞ? 常に薄氷の上でダンスを踊っている!」

「え~でもでも、昨年の確定申告の数字、凄かったですし~」


 ラノベ作家なんて儲からない。

 大学の友人にはそう聞かされた。

 ――けれど、昨年、先生の確定申告書類を一緒にまとめた私に言わせれば、それは半分嘘。

 勿論、作品を出し続けなければ売上は上がらない。

 でも……世間一般の『儲からない』論には、電子書籍の売上や、コミックスの印税等々の視点が抜け落ちているのだ。

 先生はよく『貧乏暇無し。零細ラノベ作家は書かねば、死!』と叫んでいるけど……日本の平均収入は遥かに超えている。しかも、電子だけで。

 なので――毎巻発売の度にこうして本屋さん巡りをしなくても良いように思えるのだ。まぁ、私個人としては別に構わないけれども。

 すると、先生が顔を顰められた。


「……さくら君、それは間違いだ。ラノベ作家は走り続けねばならない。精神的にも、物理的にも。走らなくても、売上的に許されるのはレーベルの看板作品くらい、だと私は思う。常に丁半博打をしているのがこの業界なのだ。単年売上なぞ……何の指標にもならんよ。私は物覚えも悪いからなっ!」

「ふぅ~ん……そういうものなんですね~」


 それきりお互い無言。

 嫌な沈黙じゃないけど……私はイヤリングに触りました。気づいてくれても良いのにな。

 ケーキセットが運ばれてきた。


「お待たせしました。ケーキはどちらに?」

「あ、はい」「ショートケーキを彼女へ」

「畏まりました」


 女性店員さんが私の前へ小皿を置いてくれた。

 私は頬杖をつき、ニヤニヤ。


「な、何だ?」

「――先生、私の好きなケーキ、覚えてくれたんですね?」

「……それはまぁ……」

「ふぅ~ん♪ 物覚えが悪い先生が、ですね?」

「うぐっ」


 先生が呻かれ、照れ隠しで珈琲を飲まれる。

 あ~もう、可愛いなぁ。

 今のやり取りだけで上機嫌になってしまう。髪や服を褒めてくれないのは減点だけど、許しちゃう。私は寛大なのだ。


「――そう言えば」

「?」


 先生が珈琲カップを置かれ、私を見た。

 頬を掻きながら早口。


「その……き、今日の髪と服、それにイヤリングやネックレス、似合っている、な」

「!?!!! 先生! りぴーとあふたーみー、ですっ!!! 録音しますっ!!」

「するなっ! もう言わんっ!!」


 ――これは、走り続ける先生と並走する私の物語。

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ラノベ作家は辛いよ 七野りく @yukinagi

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